この研究は、インドネシアの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Biomedical Journal of Scientific & Technical Research

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF

「パーム油入りか否か」という論争を見直す

育児用ミルク(乳児用調製粉乳)には、母乳に多く含まれる飽和脂肪酸「パルミチン酸」の量を母乳に近づけるため、パーム油やその液状部分であるパームオレインが長く使われてきました。しかし、パルミチン酸の量をそろえても、脂肪分子の中でパルミチン酸がどこに付いているかという構造までは母乳と同じになりません。この論文は、この点をめぐる論争を近年の研究をもとに改めて整理した総説です。

食品の脂肪の大部分はトリアシルグリセロールという分子で、グリセロールという骨格に3本の脂肪酸がつながった形をしています。3か所のつなぎ目のうち、真ん中を「sn-2位」、両端を「sn-1位」「sn-3位」と呼びます。母乳ではパルミチン酸が真ん中のsn-2位に付いていることが多いのに対し、従来の植物油ブレンドでは両端に付いていることが多いとされています。

消化酵素は主に両端の脂肪酸を切り離します。真ん中に付いたパルミチン酸は、分子の残りの部分とともに比較的よく吸収されます。一方、両端にあると「遊離パルミチン酸」として切り離され、腸の中でカルシウムと結びついて水に溶けにくい「カルシウム石けん」を作ることがあります。これにより脂肪とカルシウムの両方が吸収されにくくなり、便の硬さ、腸内環境、骨の発達にまで影響するのではないか、というのが従来の論争の筋道でした。著者は、パームオレインを単純に「良い」「悪い」と判定するのではなく、こうした要因がどう関わり合うのかを評価することを目的としています。

どのように文献を調べたか

本研究は、あらゆる研究を網羅的に集めて統計的に統合する系統的レビューやメタ解析ではなく、文献を読み解いて筋道立った説明を組み立てる「批判的・定性的な文献レビュー」として行われました。主に2020年から2026年に発表された査読付き論文を対象に、医学文献データベースの検索や関連論文の引用をたどる方法で資料を集めています。

集めた証拠は、母乳と育児用ミルクの脂肪の構造、消化とカルシウム石けんの形成、便中の脂肪・ミネラルや便の性状、腸内細菌、骨と成長、そしてこれらの関係を変えうる新しいミルク製造技術、という6つの領域に整理されました。解釈にあたっては、研究の規模や期間、ランダム化試験か観察研究か、比較したミルクが脂肪以外の成分でも異なっていなかったか、といった点も考慮されています。

最も一貫していたのは便中の「石けん」の減少

著者によると、近年の研究で最も再現性が高い結果は、sn-2位のパルミチン酸を増やしたミルクでは、便中に出てくるパルミチン酸の石けんが減るという点でした。紹介されている研究では、16件の試験・乳児1,931人をまとめたメタ解析で、sn-2パルミチン酸を強化したミルクは標準的なミルクに比べて便中の脂肪酸石けんが少なく、骨のミネラル量が多かったと報告されています。また、植物油の一部を牛乳脂肪に置き換えてsn-2パルミチン酸の割合を約10%から約39%に高めた試験では、便中の石けんとカルシウムの排出が減りました。

一方で、便の硬さや回数、消化の具合、成長、腸内細菌、骨への影響は研究によって結果がそろっていませんでした。たとえば、sn-2パルミチン酸が約46%のミルクと約10%のミルクを比べた試験では、便中の石けんやカルシウムは前者で少なかったものの、便の回数・硬さ・量には有意な差がありませんでした。著者は、石けんが減っても、それが目に見える便の変化につながるとは限らず、便の性状にはオリゴ糖などの成分やたんぱく質、ミネラルなど多くの要因が関わると指摘しています。

腸内細菌については、sn-2パルミチン酸を強化したミルクでビフィズス菌が多いなど、母乳で育つ乳児に近い特徴が一部で見られたという研究がある一方、便中の石けんが明確に減っても細菌叢の構成に大きな変化が見られなかった研究もありました。日本の乳児を対象とした観察研究では、便中の石けんが多いほどビフィズス菌の占める割合が低いという関連が報告されていますが、著者はこれが因果関係を証明するものではなく、検証すべき仮説を示すものだと位置づけています。骨についても、便中のカルシウム損失が減ることは裏付けが増えているものの、骨折リスクや将来の骨の健康にまで意味のある違いが生じるかは分かっていないとしています。

成分名ではなく脂肪の「構造」と「全体」で見る

著者は、現代の育児用ミルクには、構造を調整した脂肪、牛乳脂肪、乳脂肪球膜成分、リン脂質で覆った脂肪滴、プレバイオティクス、プロバイオティクス、ヒトミルクオリゴ糖など多様な工夫が加わっていることを強調しています。これらはパームオレインとは無関係に体の反応を変えうるため、古いミルクで得られた知見をそのまま現在のパームオレイン入りミルクすべてに当てはめることはできず、逆に二つの製品の差を一つの原料のせいにすることもできません。

また、母乳の脂肪は膜に包まれた脂肪球という独特の形で存在し、脂肪の種類も数百に及ぶため、ミルクの構造を改良しても母乳と同等になるわけではないとも述べています。

これらを踏まえ、著者は「パーム油入りか、パーム油不使用か」という二分法をやめ、パルミチン酸の結合位置を含む脂肪の構造と、ミルクの成分全体を合わせて評価すべきだと結論づけています。脂肪の消化に近い段階ほど証拠は確かで、便の性状や腸内細菌、骨、成長といった先の結果ほど不確かさが増す、という見取り図を示した点に、この総説の意味があります。

著者:Loso Judijanto(IPOSS Jakarta, Indonesia)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Loso Judijanto. Beyond Palm Olein: Triacylglycerol Stereochemistry, Fat-Calcium Bioavailability, Gut Ecology, and Skeletal Development in Modern Infant Formula-A Critical Review. Biomedical Journal of Scientific & Technical Research 2026-09-29. DOI: 10.26717/bjstr.2026.66.010409. 原著ライセンス:CC BY.