著者の所属・活動拠点の国は、インドです。
掲載誌:Scientific Reports
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
輸入に頼るゴカイ餌をめぐる問い
ゴカイの仲間である多毛類は、エビや魚の養殖で重宝される餌です。特に、卵を産ませるために育てる親エビや親魚の成熟を促す餌として使われます。インドの養殖業は、こうした多毛類の多くを輸入に頼っています。著者らによると、輸入にはコストがかかるうえ、病原体を持ち込むおそれや供給の不安定さといった問題もあります。
一方、インドの沿岸には、地元で豊富に採れる多毛類もいます。ただし、それらの栄養価、病原体を持っていないかという安全性、そして正確な種の特定については、これまで十分に調べられていませんでした。研究チームは、チェンナイ近郊の干潟に多く生息しながらあまり活用されていない種、マルフィサ・マドラシ(Marphysa madrasi)に注目しました。この種が地元で調達できる持続可能な養殖用の餌になりうるかを評価することが、研究の目的です。
干潟での採集から遺伝子・組織の分析まで
調査地は、インド南東部タミル・ナードゥ州チェンナイ近郊のエンノール・クリークです。研究チームは2024年1月から6月まで毎月この干潟を訪れ、実際に採取が行われている地点で、地元の人々と同じ方法で多毛類を掘り出しました。スコップで深さ1.5〜1.8メートルほどまで掘り進め、泥の中から虫体を取り出すという作業です。1回の採集で得られた8〜12キロほどの多毛類の中から、この種の個体を選んで研究室に持ち帰りました。
まず、種を確かめる作業を行いました。体の形態を顕微鏡で詳しく観察し、もとの種の記載や近縁種の情報と照らし合わせました。成体は全長220〜310ミリほどでした。あわせて、ミトコンドリアの遺伝子領域(COIなど)の塩基配列も調べました。この領域は種を見分ける「バーコード」としてよく使われます。
次に、安全性を調べました。対象は、エビ養殖に大きな被害を与える二つの病原体です。一つは白点病を引き起こすホワイトスポット症候群ウイルス(WSSV)、もう一つはエビの消化器官に寄生する微生物エンテロシトゾーン・ヘパトペナエイ(EHP)です。WSSVについては、遺伝子を高感度に検出するリアルタイムPCR法で調べました。さらに、組織の薄い切片を顕微鏡で観察し、感染による組織の異常がないかを確認しました。最後に、たんぱく質や脂質などの成分と、脂肪酸の組成を分析しました。
主な結果:独立した種で、検出可能な感染はなく、たんぱく質が豊富
遺伝子の解析では、マルフィサ・マドラシはインド太平洋域に広く分布するM. mossambicaやM. regalisと近縁でした。一方で、これらとは区別される独自のまとまりを形成しました。配列には近縁種との明確な違いがあり、形態の特徴も合わせて、独立した種であることが裏づけられたと著者らは報告しています。
病原体の検査では、WSSVを調べた個体のいずれからもウイルスの遺伝子は検出されませんでした。組織の観察でも、筋肉や腸などに炎症や変性は見られませんでした。WSSVやEHPの感染を示す変化も、EHPの胞子も確認されていません。研究チームは、調べた個体に検出可能な感染はなかったと結論づけています。
栄養分析では、たんぱく質の割合が約52%と高く、養殖の餌として使われている他の多毛類と同程度でした。脂質は約7.5%で、著者らが餌生物に必要とされる目安として挙げる5%を上回りました。灰分(ミネラル分)は試料100グラムあたり約23グラムと多めでした。ただし、このうち試料100グラムあたり約9.6グラム分は酸に溶けない成分で、砂などの消化されない鉱物が含まれていると著者らは見ています。繊維はごくわずかでした。
脂肪酸の組成には偏りがありました。全脂肪酸の84.6%を飽和脂肪酸が占め、なかでもステアリン酸が最も多く含まれていました。多価不飽和脂肪酸は全脂肪酸の7.05%にとどまり、検出されたのはオメガ3脂肪酸のDHAだけでした。著者らは、飽和脂肪酸が多いことは酸化しにくく保存に向く可能性があるとする一方、養殖する生物によっては必須脂肪酸を補う必要があるかもしれないとも述べています。
地元の資源を活かす手がかり
この研究は、インドの干潟に暮らす在来の多毛類が、たんぱく質に富み、調べた範囲では主要なエビの病原体が検出されなかったことを示しました。高価な輸入品に代わる、地元産の餌の候補となりうることを示す成果です。一方で著者らは、エンノール・クリークではこの種がすでに盛んに採取されていることも指摘しています。野生の個体群を守りながら利用するために、持続可能な採取と管理が欠かせないと強調しています。
原著論文の著者・所属:P. Atchuthan(Centre for Ocean Research, Sathyabama Institute of Science and Technology, Jeppiaar Nagar, Rajiv Gandhi Salai, Chennai, 600119, India)、Muthuswamy Jaikumar(Indian Centre for Climate and Societal Impacts Research (ICCSIR), VRTI Campus, Mandvi Kachchh, Gujarat, India)、Dineshram Ramadoss(Biological Oceanography Division, CSIR-National Institute of Oceanography, Dona Paula, Goa, 403004, India)、Rengaiyan Periasamy(Centre for Marine Living Resources and Ecology, Ministry of Earth Sciences, Kochi, Kerala, 682508, India)、Anil Kumar Behera(Biological Oceanography Division, CSIR-National Institute of Oceanography, Dona Paula, Goa, 403004, India)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):P. Atchuthan, Muthuswamy Jaikumar, Dineshram Ramadoss, et al. Wild-harvested Marphysa madrasi for biosecure aquaculture: nutritional profiling, pathogen screening, and phylogenetic assessment. Scientific Reports 2026-09-18. DOI: 10.1038/s41598-026-68090-9. 原著ライセンス:CC BY.