この研究は、インドの研究機関の研究論文です。

掲載誌:INTI JOURNAL.

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

南アジアで広く家庭的に食べられている発酵米がゆは、タミル語で「カンジ」と呼ばれる伝統食です。研究チームは、こうした伝統的な発酵食品が乳酸菌などの有用微生物や生体活性のある代謝産物を含む一方で、カンジについては微生物学的・代謝的な意味づけの研究が十分でないと述べています。

そこで著者らは二つのことを目指しました。一つは、発酵米がゆの中にラクトバチルス属(乳酸菌の一群)が存在するかを確かめること。もう一つは、その乳酸菌がつくる短鎖脂肪酸(糖を発酵させてできる酢酸やプロピオン酸などの小さな脂肪酸)が脂質の代謝にどう関わるかを、キイロショウジョウバエを使って調べることです。ショウジョウバエは脂質代謝の仕組みがヒトと共通する部分が多く、世代交代が早いため、食事による代謝の変化を調べるモデル生物として確立していると論文は説明しています。

調べた方法

発酵米がゆは、伝統的な方法に沿って用意されました。洗った米を完全に糊化するまで炊き、冷ました後に滅菌した蒸留水に浸し、スターター(種菌)を加えずに28〜30度の室温で24〜48時間、自然に発酵させています。発酵後は液体部分を無菌的に濾して、4度で保存しました。

この発酵液について、著者らは三方向から分析しています。第一に、アルカロイドやタンニン、タンパク質、糖といった成分の有無を調べる定性的な植物化学試験。第二に、物質中の官能基(分子の性質を決める原子のまとまり)を赤外線の吸収から読み取るFTIR(フーリエ変換赤外分光)分析。第三に、乳酸菌の培養に使うMRS寒天培地での分離と、生きた菌の数を数える培養計測です。

さらに、発酵がゆから抽出した短鎖脂肪酸を餌に加え、成虫のショウジョウバエに21日間与えました。比較のため、短鎖脂肪酸を与えた群、高炭水化物・高脂肪食(HCF)の群、脂質異常症の薬であるアトルバスタチンを与えた群が置かれています。各群10匹で、実験は3回繰り返されました。評価には、容器を登る能力をみるクライミング試験と、区画を区切った平面での移動量をみるオープンフィールド試験、そして中性脂肪(トリグリセリド)量の測定が使われました。

報告された主な結果

成分試験では、アルカロイド、タンニン、配糖体、タンパク質、糖が検出され、フラボノイド、サポニン、樹脂は検出されなかったと報告されています。著者らは、糖とタンパク質の存在が微生物の代謝の材料となり、短鎖脂肪酸が生じる土台になると述べています。

FTIR分析では、エステル結合のカルボニル(約1735cm⁻¹付近の吸収帯)、脂肪族の炭素‒水素結合(2920〜2850cm⁻¹の領域)、そしてカルボキシラートに対応する吸収が認められました。論文はこれらを、発酵でつくられた有機酸、すなわち短鎖脂肪酸に関連する官能基の存在と整合する所見として位置づけています。ここで示されたのは官能基のパターンであり、個々の脂肪酸を定量したものではありません。

微生物の分析では、分離された菌はグラム陽性でカタラーゼ陰性、各種の糖を発酵する性質を示し、ラクトバチルス属と判断されました。MRS培地では円形で滑らかな乳白色のコロニーが豊富に生育し、10⁻⁵希釈で最も多くのコロニーが回収され、菌の密度が高いことが確認されました。著者らは、この結果がL. plantarum(ラクトバチルス・プランタルム)を発酵の主役とみる根拠になると述べています。

ショウジョウバエでの試験では、発酵がゆを補った群は高炭水化物・高脂肪食の群よりクライミング能力が良好で、オープンフィールドでの区画横断の回数も増えていました。中性脂肪については、高炭水化物・高脂肪食の群が77.2µg/mgと高い値を示した一方、発酵がゆ抽出物を与えた群は46.22µg/mgと有意に低い値(p<0.05)だったと報告されています。著者らはこれを、短鎖脂肪酸に富むカンジ抽出物が脂質を下げる働きを示した結果とし、脂肪の合成を抑え酸化を促すという既報の仕組みと整合すると考察しています。

この研究が示すこと

この研究が伝えているのは、特別な種菌を使わない家庭的な発酵でも、乳酸菌が十分に育ち、短鎖脂肪酸に関連する化学的な特徴が生まれるということです。そしてその抽出物をモデル動物に与えたとき、中性脂肪の蓄積が少なく、動きも良好だったと報告されました。

著者らはこの一連の結果を、植物化学・微生物学・生化学・行動という異なる角度からの証拠が互いに補い合うものとして示し、安価で入手しやすい伝統的な発酵食品が食事の質と代謝の健康に果たす役割を浮かび上がらせたと述べています。身近な食文化の中にある食べものを、科学の手続きで記述し直す試みとして読むことができます。

著者:Vijayraja Dhanraj(RVS College of Arts and Science, Tamilnadu, India)、Priyadharshan S.(RVS College of Arts and Science, Tamilnadu, India)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Vijayraja Dhanraj, Priyadharshan S.. Short-Chain Fatty Acid Extracts from Fermented Rice Gruel Modulate Triglyceride Metabolism in Drosophila melanogaster. INTI JOURNAL. 2026-09-03. DOI: 10.61453/intij.20260333. 原著ライセンス:CC BY.