著者の所属・活動拠点の国は、オランダです。
掲載誌:Regulatory Toxicology and Pharmacology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:同じ「家系」の菌株なら安全性を引き継げるか
食品の加工には、微生物がつくる酵素が幅広く使われています。酵素は食品の食感や味、見た目を整えたり、収量を高めたりするのに役立ちます。こうした食品用酵素には、酵素そのもののほかに、酵素をつくった微生物に由来する物質も含まれます。論文によれば、食品用酵素の安全性は主に生産に使う微生物で決まります。具体的には、その微生物が病気を起こさないか、毒素をつくらないかが問われます。
この研究は「安全な菌株系統(セーフ・ストレイン・リネージ)」という考え方を扱っています。安全性が確かめられた一つの親株から派生した菌株どうしは、遺伝的な背景がよく似ています。そのため、同じような条件で育てれば、つくられる不純物の傾向も似ていると考えられます。この前提に立てば、親株や代表的な菌株で得た安全性データを、後から作られた菌株にも当てはめられます。ただし、遺伝子の改変内容が十分に把握され、安全上の懸念がないことが条件です。
研究チームが取り上げたのは、dsm-firmenich社が食品用酵素の生産に使ってきたカビ、アスペルギルス・ニゲルの菌株系統です。目的は、この系統で蓄積された毒性試験データをまとめ、この考え方が科学的に成り立つかを確かめることです。あわせて、今後この系統から生まれる酵素に新たな毒性試験がどこまで必要かも検討しています。
調べた菌株系統とカビ毒などへの備え
アスペルギルス・ニゲルは、土壌や枯れ葉などに広くいるカビです。1920年代からクエン酸の発酵生産に使われてきました。論文によると、このカビは人にとって主要な病原体ではありません。重い感染は、おもに免疫が大きく低下した人で起きるとされています。
一方で、このカビは限られた種類の有害な物質をつくる能力をもっています。一つはカビ毒で、フモニシン類とオクラトキシンAがこれに当たります。もう一つは毒性のある二次代謝物で、シュウ酸がその例です。この系統の祖先株も、毒素がつくられやすい条件で培養すると、フモニシンB2やオクラトキシンAをつくることが報告されています。そこで同社は、この系統で生産する酵素についてこれらの物質を日常的に監視しています。著者らによれば、毒性上問題となる量が検出されたことはありません。
この系統は1960年代から酵素生産に使われてきました。新しい菌株は、いくつかの手法を重ねて作られてきました。生産性を上げるための変異処理と選抜、目的の酵素遺伝子の組み込み、不要な遺伝子の削除などです。組み込むDNAはすべて内容が把握されており、抗生物質耐性遺伝子のように有害となりうる要素は入れていないと説明されています。また、新しい菌株ではゲノム全体を解読し、改変が意図どおりかを確認しているといいます。
10種類の酵素で行った毒性試験の結果
研究チームは、比較的新しい菌株で作った10種類の食品用酵素について、標準的な一連の毒性試験の結果をまとめました。対象には、タンパク質分解酵素、ペクチン分解酵素、3種類のアスパラギナーゼ、グルコースオキシダーゼ、ラクターゼ、リパーゼ、ペルオキシダーゼなどが含まれます。試験は大きく二種類です。一つは、げっ歯類に90日間与えて全身への影響を見る試験です。もう一つは、遺伝子や染色体を傷つける性質(遺伝毒性)を調べる試験です。
細菌を使って遺伝子の変異が起きるかを見る試験では、10種類すべてで変異を起こす性質は認められませんでした。人のリンパ球で染色体の異常を調べる試験では、9種類で異常な細胞の増加はありませんでした。ただし、ラクターゼとタンパク質分解酵素の一つ(プロテイナーゼ)では、細胞分裂を乱す可能性が示唆されました。グルコースオキシダーゼでは、細胞に強い毒性が出る最も高い濃度で、染色体異常のある細胞が統計的に有意に増えました。
そこで研究チームは、この3種類をマウスに投与し、骨髄の細胞を調べる追加試験を行いました。投与量は、体重1キログラムあたり1日2000ミリグラムまでです(酵素製品中の有機物量として)。その範囲で、染色体の損傷を示す細胞の増加は見られませんでした。著者らは、試験管内で見られた強い細胞毒性や染色体への影響は、酵素の働きそのものによると考えています。菌株や製造工程の副産物によるものではない、という見方です。たとえばグルコースオキシダーゼでは、ブドウ糖と酸素から過酸化水素が生じることが原因と考えられるとしています。
論文の要旨によれば、90日間の摂食試験を含む結果から、10種類すべての酵素について、想定された食品用途での全身的な安全性が示されました。
研究が示す意味
著者らは、遺伝子改変を重ねても、この系統の毒素をつくる能力や全身毒性は高まっていないとデータから確かめられたとしています。結論は、この系統の菌株を食品用酵素の生産に使う安全な宿主とみなせるというものです。
論文はさらに、この結果が「安全な菌株系統」の考え方の科学的な裏付けになると述べています。既存データから類推して評価する手法についても同様です。こうした手法は、動物試験への依存を減らすことにもつながります。論文によれば、この系統については、いくつかの安全性評価機関がこの考え方を受け入れています。ただし、すべての規制当局が認めているわけではなく、新たな毒性試験を求める機関もあるとされています。
原著論文の著者・所属:Mélina Galano(dsm-firmenich, Taste, Texture and Health, Alexander Fleminglaan 1, Delft, 2613 AX, the Netherlands. Electronic address: [email protected])、Myrthe W. van den Dungen(dsm-firmenich, Taste, Texture and Health, Alexander Fleminglaan 1, Delft, 2613 AX, the Netherlands. Electronic address: [email protected])、Paola Montaguti(dsm-firmenich, Taste, Texture and Health, Alexander Fleminglaan 1, Delft, 2613 AX, the Netherlands. Electronic address: [email protected])、Mikolaj Welzer(dsm-firmenich, Taste, Texture and Health, Alexander Fleminglaan 1, Delft, 2613 AX, the Netherlands. Electronic address: [email protected])、Hanna E. Abbas Lindfors(dsm-firmenich, Taste, Texture and Health, Alexander Fleminglaan 1, Delft, 2613 AX, the Netherlands. Electronic address: [email protected])
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Mélina Galano, Myrthe W. van den Dungen, Paola Montaguti, et al. Food enzyme safety: an extensive lineage of safe Aspergillus niger production strains. Regulatory Toxicology and Pharmacology 2026-08-02. DOI: 10.1016/j.yrtph.2026.106214. 原著ライセンス:CC BY.