この研究は、オーストラリアの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Clinical Nutrition ESPEN

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

何を目的とした研究か

心不全は、心臓が全身に十分な血液を送り出せなくなる状態で、著者らは世界で5600万人が影響を受け、英国だけでも100万人を超える人に見られると述べています。治療の第一選択は薬物療法ですが、病気の早い段階で生活習慣などの「変えられる要因」に働きかける手段として、食事への関心が高まっていると論文は説明しています。

注目されてきたのが二つの食事パターンです。地中海食は、野菜・果物・魚を多くとり、オリーブオイルとナッツを毎日、ワインを適度に、肉や加工食品は少なめにする食べ方です。DASH食は、もともと高血圧を下げるために考案された食事で、ナトリウム(食塩に含まれる成分)を1日2.5グラム未満に抑え、脂肪の種類は特に指定せず脂肪全体を控える点に特徴があります。

どちらも心血管疾患のリスクを下げることは知られている一方、心不全に対してどちらがどう関連するのかを同じ集団で比べた研究は限られていました。そこで研究チームは、両方の食事への「守り具合」と心不全の発症との関連を推定し、さらに両方の食事の点数計算に含まれていない成分――たとえば多価不飽和脂肪酸(PUFA)――との関連も調べることを目的としました。

どのように調べたか

用いたのは、英国の大規模な追跡調査「UKバイオバンク」のデータです。2006年から2010年にかけて登録された約50万人のうち、24時間の食事内容を思い出して記録する質問票(オックスフォードWebQ)を2回以上答えた人を対象とし、開始時点で心不全のあった人や、摂取エネルギーが極端に多い・少ないと判断された人を除きました。こうして残った12万4777人(平均年齢56歳、56%が女性)を、2024年まで平均12年間追跡しています。

食事の記録から、地中海食は9点満点、DASH食は40点満点の点数を計算し、それぞれ点数の低い順に5つのグループ(五分位)に分けました。最も点数が高いグループと最も低いグループを比べ、心不全の発症または心不全による死亡が起きるリスクを統計モデルで推定しています。このとき、死亡が先に起きると心不全の発症を観察できなくなるため、全死因の死亡を「競合する事象」として扱う手法が用いられました。

統計解析は段階を分けて行われました。モデル1では年齢・性別・喫煙・民族・社会経済的な地域指標を調整しています。モデル2ではさらに肥満(BMI30超)、高血圧、2型糖尿病を加えて調整しました。これらは心不全のリスク要因でもあり、同時に食事から心不全に至る道筋の途中にある「仲介役」かもしれない、と著者らは位置づけています。

報告された主な結果

追跡期間中に2931人(2.35%)が心不全を発症し、441人(0.35%)が心不全で亡くなりました。

モデル1では、両方の食事について、最も守っていたグループのリスクが最も守っていなかったグループより低いという関連が報告されています。地中海食では調整ハザード比0.88(95%信頼区間0.79〜0.99)、DASH食では0.79(0.70〜0.89)で、論文はこれをそれぞれ12%、21%の低下と記述しています。

肥満・高血圧・2型糖尿病も調整したモデル2では、地中海食の関連は弱まり統計的に有意ではなくなりました(0.92、0.82〜1.03)。一方DASH食は有意な関連を保ち、11%低いリスク(0.89、0.79〜1.00)でした。著者らはこのパターンを、高血圧・糖尿病・肥満がDASH食と心不全リスクの間の道筋の上にあることと矛盾しない、と解釈しています。

地中海食に固有の成分を個別に見ると、魚の摂取量や、一価不飽和脂肪酸と飽和脂肪酸の比と心不全リスクとの間に有意な関連は認められませんでした。これに対し、どちらの食事の点数にも含まれていない多価不飽和脂肪酸(PUFA)は、摂取量が多いグループで心不全リスクが約13%低いという関連(0.87、0.77〜0.98)が報告されました。ただし著者ら自身、これは仮説を生み出すための探索的な観察であり、心不全の初期段階にある人がすでに脂質のとり方を変えていた可能性(逆の因果)も一部を説明しうる、と注意を促しています。

著者らが挙げた前提も重要です。最も点数の高いグループでも、実際の食事内容は本来の推奨から離れていました。たとえばDASH食のナトリウムは、最高点のグループでも1日5.39グラムで、推奨の2.5グラム未満の2倍を超えていました。つまりこの解析が比べたのは、本来の地中海食やDASH食そのものではなく、英国の食習慣の中での相対的な近さだと説明されています。またUKバイオバンクの参加者は比較的健康で、社会経済的・民族的な多様性が乏しいため、結果を他の集団へ一般化するには限界があるとしています。観察研究であることから、因果関係は結論できないとも明記されています。

この研究が示すこと

同じ集団の中で二つの食事パターンを並べて比べたこの研究は、どちらも心不全の少なさと結びついていた一方、血圧・血糖・体重といった要因を考慮した後まで独立した関連が残ったのはDASH食だけだったと報告しています。それが食事の中身の違いによるものか、これらの要因を介した働きの違いによるものかは、この解析からは判定できないと著者らは述べています。

また、既存の点数表に入っていない多価不飽和脂肪酸にも関連が見られたことは、地中海食やDASH食の点数だけでは食事の持つ心血管への働きを取りこぼしているかもしれない、という見方につながります。食事と心不全の関係を測る「ものさし」そのものを問い直す視点を、この研究は提供しています。

著者:Lee P Liao(Westmead Applied Research Centre, Faculty of Medicine and Health, University of Sydney, Sydney, Australia. Electronic address: [email protected])、Patroys DePaz(Australian Government Department of Education, Sydney, Australia. Electronic address: [email protected])、Simone Marschner(Westmead Applied Research Centre, Faculty of Medicine and Health, University of Sydney, Sydney, Australia. Electronic address: [email protected])、Liza Thomas(Westmead Applied Research Centre, Faculty of Medicine and Health, University of Sydney, Sydney, Australia; Department of Cardiology, Westmead Hospital, Sydney, Australia; South West Clinical School, University of NSW, Sydney, Australia. Electronic address: [email protected])、Luigi Fontana(Charles Perkins Center, Faculty of Medicine and Health, University of Sydney, Australia; Department of Endocrinology, Royal Prince Alfred Hospital, Sydney, Australia. Electronic address: [email protected])、Sarah J. Zaman(Westmead Applied Research Centre, Faculty of Medicine and Health, University of Sydney, Sydney, Australia; Department of Cardiology, Westmead Hospital, Sydney, Australia. Electronic address: [email protected])

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Lee P Liao, Patroys DePaz, Simone Marschner, et al. Mediterranean versus dietary approaches to stop hypertension (DASH) diets and heart failure risk: A UK biobank study. Clinical Nutrition ESPEN 2026-08-27. DOI: 10.1016/j.clnesp.2026.105067. 原著ライセンス:CC BY.