この研究は、スリランカ、アメリカ、オーストラリアの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Frontiers in Sustainable Food Systems

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:水を大量に使う稲作の課題

稲は主食作物のなかでも特に多くの水を必要とします。著者らは、稲作が世界の灌漑用水の34〜43%を占め、淡水取水量全体の24〜30%に関わると報告されている点を出発点としています。スリランカの慣行的な稲作では、米1kgを生産するのにおよそ3,000〜5,000Lの水が必要とされ、小麦・大麦・トウモロコシなど他の穀物を大きく上回ります。気候変動による干ばつや水資源の競合が強まるなかで、水の使用を抑えつつ収量を保つ方法が求められている、というのが研究チームの問題意識です。

論文が着目したのは「バイオフィルム微生物肥料(BFBF)」です。バイオフィルムとは、微生物が自ら作り出した粘性の物質(細胞外多糖類など)の中に集まって膜状の共同体をつくった状態を指します。この膜は微生物を乾燥や紫外線などの厳しい環境から守る働きを持ちます。BFBFは、微生物をばらばらの状態ではなく、あらかじめこのバイオフィルムの形にして土に入れる資材です。著者らによれば、スリランカの国立基礎研究所(NIFS)が開発したBFBFについては、土壌の健全性や養分供給、収量に関する報告が既にあります。しかし、灌漑を段階的に制限した条件下で、BFBFが植物の水消費量を減らせるのか、また玄米の品質や安全性にどう関わるのかは、これまで検証されていませんでした。本研究はこの空白を埋めることを目的としています。

何を、どのように調べたか

研究チームは、スリランカ・キャンディのNIFSの温室で、2024年2月から5月にかけて約3か月のポット試験を行いました。組み合わせたのは三つの要因です。第一に品種で、水田向きの「At 314」と畑地向きの「Bg 251」という、いずれも干ばつに強いとされる2品種を用いました。第二に施肥方法で、化学肥料のみ(NPKを340kg/ha)と、化学肥料を225kg/haに減らしてBFBFを2.5L/ha加えた区を比較しました。BFBF区で化学肥料を約65%に減らしたのは、先行研究でBFBFが最もよく働く水準として報告されていた量に合わせたためです。第三に水の条件で、常時湛水(水深2.5cm)、圃場容水量100%、圃場容水量65%の三段階を設けました。圃場容水量とは、水をたっぷり与えた後に重力で抜ける分が流れ去った時点で土が保持している水分量のことで、それを65%に抑えた区がいちばん厳しい水ストレス条件にあたります。

組み合わせは12通り、各3反復の計36ポットで、完全無作為化配置としました。土壌水分はセンサーで1日2回測り、基準を下回るたびに水を加え、その都度加えた水量を記録して1株あたりの総使用水量を算出しています。ポット表面は黒いポリシートで覆い、土からの直接蒸発をできるだけ抑えました。測定項目は、総使用水量と水利用効率、純同化率(NAR:葉の面積あたりどれだけ効率よく乾物を増やしたかを示す指標)と相対成長率(RGR:すでにある重さに対してどの割合で増えたかを示す指標)、穂数や登熟粒の重さなどの収量構成要素、そして収穫した玄米の炭水化物・タンパク質・脂質、鉄・亜鉛、カドミウム・鉛の量です。解析は三元配置分散分析とTukeyのHSD検定(有意水準5%)で行われました。

著者ら自身が挙げている条件の限界もあります。反復が3つと少ないため小さな効果や要因間の相互作用は検出しにくいこと、温室のポット試験であるため水田で起こる複雑な土壌環境の変化までは再現できないこと、試験前の土壌や灌漑水に含まれる重金属量を測定していないこと、玄米の炭水化物などはFTIR(赤外分光)による相対的な指標であって絶対濃度ではないことなどです。

主な報告結果

水の使用量について、論文は施肥方法による差が品種と水条件によって異なったと報告しています。水田向きのAt 314では、湛水条件でBFBF区が化学肥料区より約12%、圃場容水量100%で約11%少ない水量となり、いずれも統計的に有意でした。一方、最も水を絞った圃場容水量65%では約8%の差にとどまり、有意ではありませんでした。畑地向きのBg 251では、どの水条件でもBFBFと化学肥料の間に有意な差は見られませんでした。なお、収量を投入水量で割った水利用効率については、品種と水条件では差が出たものの、施肥方法による有意差は認められていません。

生育指標では施肥方法の効果が現れました。BFBF区のNARは化学肥料区より約33%高く、RGRは約7%高く、いずれも有意差がありました。この差は水条件をまたいで共通して見られたと報告されています。

玄米の成分については、炭水化物・タンパク質・脂質の指標、鉄と亜鉛の濃度、そして穂数や登熟粒重などの収量構成要素は、いずれも施肥方法による有意な影響を受けず、品種や水条件によって変動しました。つまり、化学肥料を約3分の2に減らしてBFBFを併用しても、収量と栄養成分は満量の化学肥料と同等だったということです。これに対して重金属では差が出ており、BFBF区では玄米のカドミウムが34%、鉛が81%低下したと報告されています。

水条件そのものの影響は大きく、品種や施肥にかかわらず、水を絞るほど1株あたりの登熟粒重は湛水の28.73gから圃場容水量100%で13.61g、65%で4.70gへと段階的に減少しました。100粒重も同様に低下しています。水を減らせば収量が落ちるという関係自体は、BFBFによって打ち消されてはいません。

この研究が示すこと

著者らはこれらの結果を、BFBFが稲作の干ばつ対策の候補となりうることを示すものと位置づけています。化学肥料を減らしながらも収量と栄養成分を保ち、水田向き品種では水の使用量を抑え、玄米中のカドミウムと鉛の蓄積を下げたという組み合わせは、水資源の制約と食品としての安全性という二つの課題に同時に触れるものです。

ただし、これは温室での1作期のポット試験による結果です。論文自身が述べているとおり、これらの反応が実際の圃場の規模でも同じように現れるかどうかを確かめるには、複数作期にわたる圃場試験が必要とされています。

著者:Chamudika Gunawardhana(Department of Agricultural Engineering and Environmental Technology, Faculty of Agriculture, University of Ruhuna)、Aravindi Epa(Department of Agricultural Engineering and Environmental Technology, Faculty of Agriculture, University of Ruhuna)、Sidath Ekanayake(Microbial Biotechnology Unit, National Institute of Fundamental Studies)、Mahesh Premarathna(Advanced Microbial Technology Research Center, China-Singapore International Joint Research Institute, South China University of Technology)、Gamini Seneviratne(Microbial Biotechnology Unit, National Institute of Fundamental Studies)、Saman Seneweera(School of Agriculture, Food and Ecosystem Sciences, Faculty of Science, The University of Melbourne)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Chamudika Gunawardhana, Aravindi Epa, Sidath Ekanayake, et al. Biofilm biofertilizer mitigates water stress in rice: impact on growth, yield, and grain quality. Frontiers in Sustainable Food Systems 2026-09-11. DOI: 10.3389/fsufs.2026.1819208. 原著ライセンス:CC BY.