この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Foods (Basel, Switzerland)
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
何を明らかにしようとした研究か
ジャンロウ(醤肉)は、醤油や甜麺醤などの調味ソースで豚肉を漬け込み、そのまま自然乾燥・熟成させて作る中国の伝統的な食肉製品です。中国西南部の四川で作られるものは、比較的おだやかな温湿度のもとで乾燥と熟成が進む点に特徴があり、長期の塩漬けに頼る生ハムや、燻煙を用いるベーコン、スターターカルチャー(発酵用に添加する微生物)を使う発酵ソーセージとは作り方が異なります。
研究チームによれば、こうした発酵・乾燥食肉については完成品の品質や香りの研究は多いものの、ジャンロウについては熟成の途中で何が起きているのかが十分に調べられていませんでした。水分が抜けること、塩がしみ込むこと、脂質が酸化すること、味と香りの成分が生まれること、そこに棲む細菌の顔ぶれが移り変わること——これらがどう関わり合って進むのかが分かっていないため、熟成のどの時点が節目なのか、品質管理の目印になる成分は何かを特定しにくい状況にありました。著者らはこの空白を埋めることを目的とし、熟成が進むにつれて脱水と塩の蓄積が進み、それに伴って理化学的な性質、風味に関わる成分、細菌叢が動いていくだろうという仮説を立てて調査に臨みました。
どのように調べたか
著者らは豚バラ肉を一定の大きさに切り、醤油・甜麺醤・食塩・砂糖・酒と、八角、シナモン、花椒、丁子、生姜粉といった香辛料を合わせた漬け込み材料で処理しました。超音波処理と真空タンブリング(減圧下で肉を回転させ調味液をなじませる工程)を経て4℃で7日間漬け込み、水洗いと予備乾燥を行ったのち、成都の冬の気候を模した10.5℃前後・湿度65%の恒温恒湿装置に吊るして35日間熟成させています。試料は5日ごとに採取されました。
分析は複数の角度から行われました。乾燥と塩の浸透を追うために水分量と食塩量を、脂質の酸化を追うために過酸化物価とTBARS値(酸化が進んだ後にできる物質の量の目安)、そして抗酸化酵素であるSODの活性を測定しています。味については、味の種類ごとに反応するセンサーを並べた電子舌と、遊離アミノ酸(たんぱく質が分解されてできる、うま味や甘味・苦味のもとになる成分)の定量を組み合わせました。香りについてはガスクロマトグラフィー質量分析で揮発性成分を調べ、さらに16S rRNA遺伝子の解析で細菌群集の移り変わりを追跡しています。加えて、香りに寄与しうる成分の中から熟成段階を見分ける手がかりになるものを選び出すために、機械学習モデルによる順位付けも行われました。
報告された主な結果
水分量は熟成の開始時の74.60 g/100 gから35日目には45.87 g/100 gまで有意に減少しました。ただし後半になると減り方はゆるやかになり、著者らは脱水の大半が前期から中期に起きたと述べています。逆に食塩量は熟成を通じて増え続け、35日目に3.67 g/100 gで最大となりました。この二つの変化から、25日目あたりが急速な脱水からゆるやかな段階へ移る節目にあたる可能性が示されています。
脂質の酸化は熟成期間を通じて進行し、過酸化物価は0.009から0.017 g/100 gへ、TBARS値は2.32 mg/kgから25日目の8.95 mg/kgへと有意に上昇しました。ただし25日目から35日目にかけてTBARS値に有意差はなく、著者らはこれを酸化が止まったのではなく、二次的な酸化生成物の生成と消費がつり合った状態を反映している可能性があると説明しています。なお、訓練された評価員による官能評価は行われていないため、これらの変化が好ましい香りにつながったのか、そうでないのかは直接には判定できないと明記されています。SOD活性は25日目に4.8 U/mgタンパク質で最大となった後に低下しましたが、著者らはこれを食肉中に残った酵素の抽出されやすさの変化などを反映したものとして解釈すべきで、酸化ストレスへの生きた応答とみなすべきではないと注意を促しています。
味の面では、遊離アミノ酸の総量が31.85 mg/100 gから25日目の313.98 mg/100 gまで大きく増え、その後35日目には233.85 mg/100 gへ減少しました。前半・中盤の増加はたんぱく質やペプチドの分解によるもので、後半の減少は微生物がアミノ酸をさらに代謝したことを反映すると述べられています。うま味に関わるアスパラギン酸とグルタミン酸の合計は4.85 mg/100 gから30日目には67.73 mg/100 gまで増加し、なかでもグルタミン酸が主役でした。電子舌の結果でも、主成分分析によって前期・中期・後期の試料がそれぞれ分かれて分布し、熟成段階ごとに味の輪郭が変わっていく様子がとらえられています。
香り成分では、アルコール類、アルデヒド類、酸類、エステル類が主要なグループでした。アルコール類は10日目に132.30 mg/kgで最大となった後、15日目には29.60 mg/kgまで急減します。酸類は15日目の224.31 mg/kgを頂点として35日目には50.76 mg/kgまで減る一方、エステル類は熟成後期に最も多くなり、35日目に933.18 mg/kgに達しました。著者らは、後期に酸が減ってエステルが増える動きは、有機酸がアルコールと結びついてエステルになる反応と整合すると述べています。アルデヒド類は25日目に762.29 mg/kgで最大となりました。揮発性成分全体のパターンを見ると、0日目から20日目までが一つのまとまりを作り、25日目以降は段階ごとに分かれていて、20日目より後に香りの構成が大きく組み替わったことが示されています。
この研究が示すもの
著者らの報告からは、四川ジャンロウの熟成が一つの反応だけで進むのではなく、水分の移動、塩の浸透、酵素によるたんぱく質や脂質の分解、酸化、そして微生物の代謝が組み合わさって進んでいく過程であることが読み取れます。とりわけ、脱水の速度、脂質酸化の様相、遊離アミノ酸の蓄積、香り成分の構成という複数の指標が、そろって20日目から25日目あたりを境に性格を変えていた点は、熟成の節目を客観的にとらえるうえでの手がかりになります。
著者らはこの研究の狙いを、ジャンロウの品質と風味がどう移り変わるかを明らかにし、熟成の管理や風味の改善、伝統的な製法の標準化の土台を提供することにあると述べています。経験と勘に頼ってきた伝統食品の作り方を、測れる指標の言葉で描き直す試みだといえるでしょう。
著者:You X(Cuisine Science Key Laboratory of Sichuan Province, Sichuan Tourism University, Chengdu 610100, China.)、Wang T(College of Life Sciences and Agriculture & Forestry, Southwest University of Science and Technology, Mianyang 621000, China.)、Yuan H(Cuisine Science Key Laboratory of Sichuan Province, Sichuan Tourism University, Chengdu 610100, China.; Faculty of Food and Biological Engineering, Chengdu University, Chengdu 610106, China.)、Tang W(Cuisine Science Key Laboratory of Sichuan Province, Sichuan Tourism University, Chengdu 610100, China.; Faculty of Food and Biological Engineering, Chengdu University, Chengdu 610106, China.)、Wu H(Cuisine Science Key Laboratory of Sichuan Province, Sichuan Tourism University, Chengdu 610100, China.; Faculty of Food and Biological Engineering, Chengdu University, Chengdu 610106, China.)、Xu X(Cuisine Science Key Laboratory of Sichuan Province, Sichuan Tourism University, Chengdu 610100, China.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):You X, Wang T, Yuan H, et al. Dynamic Changes in Flavor-Related Compounds and Bacterial Community Structure During Sichuan Jiangrou Ripening. Foods (Basel, Switzerland) 2026-09-15. DOI: 10.3390/foods15183258. 原著ライセンス:CC BY.