この研究は、インドネシアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:World Nutrition Journal
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜこの症例が報告されたのか
頭頸部がんの患者は、治療中に栄養状態が悪化しやすいことが知られています。著者らによれば、頭頸部がんでは患者の30〜50%が低栄養に該当し、低栄養は生存期間の短縮、合併症の増加、治療の中断、治療に伴う副作用の強まりと結び付いているといいます。腫瘍そのものが口から食べることを妨げるうえ、炎症や代謝の変化でエネルギー消費が増え、放射線や抗がん剤の副作用がさらに摂取量を減らす——こうした要因が重なるためです。
著者らは、低栄養が非常に多いにもかかわらず、「悪液質」を伴う重度の低栄養の患者に対して、化学放射線療法中にどのような栄養管理を個別に組み立てたのかを具体的に記した報告は乏しいと指摘しています。悪液質とは、がんなどの病気に伴って体のたんぱく質が分解され、食事を増やすだけでは戻りにくい形で筋肉や体重が失われていく状態を指します。この報告は、そうした1人の患者に実際に行った栄養療法の内容と経過を記述することを目的としています。
患者の状態と行われた栄養管理
対象となったのは、舌の扁平上皮がんと診断された52歳の男性1名です。CT検査では舌全体に及ぶ腫瘤が認められ、舌の付け根や口の底にまで広がって口の奥の空間を狭めており、飲み込みの障害(嚥下障害)が生じていました。この6か月間に意図しない体重減少が10.2kg(19.6%)あり、BMIは16.1でした。著者らは国際的な低栄養の判定基準(GLIM基準)に照らし、臨床的に重度の低栄養およびがん悪液質と評価しています。腫瘍は手術で取りきれない状態だったため、患者は強度変調放射線治療(IMRT、正常な組織への照射をできるだけ抑えながら腫瘍に線量を集中させる方法)を35回に分けて受け、同時にシスプラチンによる化学療法も行われました。
栄養は口からではなく、鼻から胃に通した管(経鼻胃管)を用いた経腸栄養で与えられました。著者らは患者の状態を見ながら段階的に量を増やし、エネルギーは体重1kgあたり40kcalから63kcalへ、たんぱく質は体重1kgあたり2gから3gへと引き上げています。あわせて、ビタミンB群の錠剤を1日3回、ビタミンC 50mgを1日2回、亜鉛20mgを1日2回、葉酸500マイクログラムを1日1回という微量栄養素の補給と、魚油などに含まれるn-3系脂肪酸であるEPAを1日1g補いました。なお著者らは、増量の過程で再栄養症候群(長く栄養不足だった人に急に栄養を与えたときに起こる代謝の乱れ)を示す症状は見られず、追跡した検査でも腎機能の指標は正常範囲にとどまり、高たんぱくの投与はよく耐えられていたと述べています。
1か月後に報告された変化
栄養管理を最適化して1か月後、著者らは臨床的な改善を報告しています。体重は1.8kg(4.3%)増加し、握力が向上し、日常生活を送る力(機能的能力)も改善しました。全身状態を示すカルノフスキー・パフォーマンス・スケールの点数は70から90へ20点上がっています。
体組成の測定(生体電気インピーダンス法による機器を使用)では、除脂肪量指数(FFMI、脂肪を除いた体の量を身長で調整した指標)が15.2から15.8 kg/m²へ、骨格筋指数(SMI)が5.6%から5.9%へ、体脂肪が5.3%から5.6%へと増えたと報告されています。ただし著者らは、これらの値は改善後も低い水準の判定にとどまっていたことも示しています。
著者らはこの報告の限界も明記しています。これは1人の患者についての症例報告であり、観察期間が短く、生化学的な指標が不足し、比較対照がありません。
この報告が示すこと
著者らは結論として、十分なエネルギーと高たんぱくの摂取に微量栄養素とEPAの補給を組み合わせることが、化学放射線療法を受けるがん患者において、栄養状態の悪化を防ぎ、体重を増やし、骨格筋量を保ち、機能的能力を高めるうえで役立つ可能性があると述べています。
治療そのものが食べる力を奪う頭頸部がんでは、栄養への対応はがん治療を支える一部だということを、この1例は具体的に描き出しています。同時に、単一症例という性質上、ここで見られた経過をそのまま一般化できるわけではないことも、著者ら自身が断っています。
著者:Debtia Rahmah(Department of Nutrition, Faculty of Medicine, University of Indonesia, Dr. Cipto Mangunkusumo General Hospital, Jakarta, Indonesia)、Diana Sunardi(Faculty of Medicine Universitas Indonesia, Cipto Mangunkusumo Hospital, Jakarta, Indonesia)、Nurul Ratna Mutu Manikam(Faculty of Medicine Universitas Indonesia, Cipto Mangunkusumo Hospital, Jakarta, Indonesia)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Debtia Rahmah, Diana Sunardi, Nurul Ratna Mutu Manikam. The impact of nutritional therapy in malnourished patient with tongue squamous cell carcinoma undergoing chemoradiation. World Nutrition Journal 2026-08-31. DOI: 10.25220/wnj.v10.i1.0001. 原著ライセンス:CC BY.