著者の所属・活動拠点の国は、イタリアです。

掲載誌:Nutrients

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

この総説が取り組んだ問い

代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)は、肝臓に脂肪がたまる病気です。2023年に、従来の「非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)」という呼び方から改められました。新しい定義では、肝臓の脂肪蓄積に加えて、過体重または肥満、血糖の異常や2型糖尿病、高血圧、中性脂肪の高値、HDLコレステロールの低値のうち少なくとも一つがあることを診断の条件とします。著者らは、MASLDを肝臓だけの病気ではなく、全身の代謝の乱れや慢性的な炎症が肝臓に現れた状態として位置づけています。

論文によると、MASLDは世界的に非常に多い病気です。欧州連合と英国の成人では約30.4%が該当すると推計され、現在の代謝面の傾向が続けば、2050年には成人の半数を超える可能性があるとされています。MASLDは心筋梗塞、心不全、心房細動などの心血管疾患や、肝臓以外のがんとも関連することが報告されています。

一方、がん治療に使われる薬の一部は、心臓や血管に害を与えることが知られており、「がん治療関連心血管毒性」と呼ばれます。がん患者には、高齢で過体重や肥満、代謝異常を抱え、MASLDを併せ持つ人が少なくありません。それでも、現在のがん治療前の心臓リスク評価では、肝臓の脂肪化や線維化(組織が硬くなる変化)の評価は通常含まれていません。

著者らは、肝臓病、心臓病とがん治療(腫瘍循環器学)、栄養学の三分野がこれまで別々に論じられてきたと指摘しています。そのうえで、三分野をつなぐ作業仮説として「MASLD–腫瘍循環器学トライアングル」という枠組みを提案しました。MASLDが、がん治療による心臓へのダメージを強める要因になりうるか、そして食事や生活習慣への介入がそのリスクを和らげうるかを検討することが、この総説の目的です。

どのように文献を検討したか

この論文は、新たな患者データを集めた研究ではなく、既存の研究を整理して論じる「ナラティブレビュー(叙述的総説)」です。研究チームは、PubMed、Scopus、Web of Scienceという三つの医学文献データベースを、2026年6月までの文献を対象に体系立てて検索しました。

重視したのは、国際的な診療ガイドライン、系統的レビュー、メタ解析(複数研究の結果を統合する手法)、ランダム化比較試験、大規模な観察研究です。生物学的な仕組みを説明するために必要な場合は、動物実験などの基礎研究も参照しました。

著者らは、扱う論点ごとに根拠の強さを区別しています。MASLDと心血管疾患、MASLDと肝臓以外のがんとの関連は、確立した臨床的根拠に支えられているとしました。これに対し、MASLDとがん治療関連心血管毒性との関連は、直接の臨床的根拠がまだ限られた「新たに浮上しつつある段階」と位置づけています。がん治療前のリスク評価に肝臓の評価を組み込む考え方も、前向きな検証が必要な仮説として扱っています。

報告された主な内容

著者らは、MASLDとがん治療中の心筋細胞の傷つきやすさを結びつける、もっともらしい経路として、四つの分子レベルの「軸」を挙げました。一つ目は、細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアの機能障害と、それに伴う活性酸素の過剰な発生です。二つ目は、炎症を引き起こすタンパク質複合体「NLRP3インフラマソーム」の活性化と、代謝異常に伴う慢性炎症です。三つ目は、血管の内側を覆う内皮細胞で一酸化窒素の働きが損なわれることです。四つ目は、TGF-βという因子や、肝臓の線維化に関わる肝星細胞を介した、線維化を促すシグナルです。

論文によれば、肝臓で脂肪がたまり、炎症を経て線維化へ進む一連の代謝・炎症の流れが、血管内皮の機能低下や心筋の構造変化にも関わり、抗がん剤による酸化ストレスに対して心筋細胞を弱くしている可能性があります。ただし著者らは、これらの経路は観察された関連を説明する生物学的に妥当な仮説であり、因果関係の決定的な証拠ではないと明記しています。

心血管との関係では、MASLDに関連する心血管リスクは脂肪の量だけでなく、肝臓の線維化の程度によってより一貫して左右されることが紹介されています。また、肥満のない「やせ型」のMASLDも決して軽い病型ではなく、体重そのものより代謝の乱れが心血管の不良な経過に大きく関わるという見方が示されています。

食事面では、地中海式の食事パターン、一部の微量栄養素、新しい代謝系の治療法が、先の四つの軸と同じ仕組みのネットワークに働きかけることが報告されています。著者らは、これらが臨床応用に向けた手がかりになる可能性があると述べています。さらに、この枠組みを実際の診療に移すため、治療前の評価、治療中の経過観察、治療後の長期フォローという三段階からなる多職種の診療の流れを、今後の介入研究で検証すべき案として提示しています。

この総説が示す意味

この総説の要点は、MASLDを、がん治療による心臓・血管への害を強めうる要因として、しかも改善の余地がある要因として捉え直したことにあります。著者らはこの見方に基づき、がん治療前の心臓リスク評価に肝臓の状態の評価を組み込むこと、そしてミトコンドリア・炎症・血管内皮・線維化という共通の経路に働きかける手段として個別化した栄養指導を活用することを提案しています。

同時に、MASLDとがん治療関連心血管毒性の結びつきは、現時点ではまだ検証を待つ仮説です。著者らは、肝臓・心臓・がんの経過をまとめて評価する指標を用いた前向きな介入研究と、多分野が連携する体制が必要だと結論づけています。肝臓、心臓、がん治療を別々に見るのではなく、つながった一つの問題として考える視点を示したところに、この論文の意義があります。

原著論文の著者・所属:Francesca La Rocca(Department of Clinical and Experimental Medicine, University of Catania, 95122 Catania, Italy)、Graziella Privitera(Department of Clinical and Experimental Medicine, University of Catania, 95122 Catania, Italy)、Calogero Geraci(Cardiobesity Group, 93100 Caltanissetta, Italy; Cardiology Unit, Azienda Sanitaria Provinciale of Caltanissetta (ASP), 93100 Caltanissetta, Italy)、Valentina Morello(Indipendent Nutrition Biologist, 93100 Caltanissetta, Italy)、Giulio Geraci(Department of Medicine and Surgery, “Kore” University of Enna, 94100 Enna, Italy)、Valentina Paternò(Department of Medicine and Surgery, “Kore” University of Enna, 94100 Enna, Italy)、Ciro Santoro(Department of Pharmacy Health and Nutritional Science, University of Calabria, 87036 Rende, Italy)、Roberta Esposito(Department of Clinical Medicine and Surgery, Federico II University Hospital, 80131 Naples, Italy)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Francesca La Rocca, Graziella Privitera, Calogero Geraci, et al. The MASLD–Cardio-Oncology Triangle: Dietary Patterns, Metabolic Remodelling and Implications for Cancer Therapy Tolerance. Nutrients 2026-08-04. DOI: 10.3390/nu18152527. 原著ライセンス:CC BY.