この研究は、韓国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Animals
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の背景と目的
地球温暖化にともなう海水温の上昇は、養殖業にとって切実な問題になっています。論文によれば、韓国の沿岸海域の海面水温は1968年から2024年までの長期的な傾向として約1.58℃上昇し、これは世界平均(0.74℃)の約2.1倍にあたります。著者らは、2024年には韓国南岸で28℃を超える水温が9月下旬まで続き、養殖場で大量死が発生したこと、高水温による死亡にともなう経済的損失が約9700万米ドル(1430億ウォン)と推定されたことを紹介しています。ヒラメ、キツネメバル、マダイといった従来の養殖対象種は、28℃を超える水温に長くさらされると成長の停滞や死亡率の上昇を招くとされ、より高水温に強い新しい養殖種を探すことが課題になっています。
そこで注目されたのがイサキ(Parapristipoma trilineatum、英名 threeline grunt)です。日本南部から南シナ海にかけて分布し、日本や中国では漁業資源・養殖対象として重要ですが、韓国では商業的な養殖は行われていません。既報では約30℃の水温でも良好に成長することが確認されており、高水温耐性のある候補種と考えられています。ただし問題は逆方向にもあります。韓国周辺の海は季節変動が大きく、冬季には水温が10℃前後まで下がります。もともと比較的温暖な環境に生息する魚にとって、この寒さを越せるかどうかが養殖の成否を左右します。著者らはこの点を確かめるため、韓国南岸の海面いけすで冬を越すイサキの生理的な反応を調べ、この種の生息適水温の範囲内にある済州島の陸上水槽で飼育した同種と比較しました。
何をどのように調べたか
研究チームは、亜成魚(平均体重約80g)と稚魚(平均体重約20g)の2つのサイズ群を用意しました。魚のサイズによって水温への耐性が変わることが知られているためです。2024年8月19日に亜成魚3000尾と稚魚5000尾を韓国南岸の統営市へ運び、140トンの海面いけす2基に収容しました(海面いけす群)。残りの亜成魚600尾と稚魚700尾は済州島の研究所内の30トン円形水槽で飼育を続けました(陸上水槽群)。飼育条件と水温・日長はそれぞれの場所の自然環境にしたがい、市販の配合飼料を1日2回、見かけの満腹まで手給餌しました。なお論文は、各条件・サイズごとに水槽やいけすは1基のみで、独立した反復区を設けていないことを明記しています。
サンプリングは2025年1月から4月まで、毎月20~25日に行われました。24時間絶食させた後、亜成魚20尾と稚魚40尾を無作為に選び、体重・全長・標準体長、内臓重量・肝臓重量を測定して、体重増加率、体重と体長の日間成長率、熱成長係数(TGC。水温を考慮して成長効率を表す指標)、日間摂餌率、肥満度、内臓重量指数、肝臓重量指数を算出しました。あわせて全魚体の水分・粗タンパク質・粗脂質・灰分といった一般成分、血漿の生化学指標(AST、ALT、ALP、総コレステロール、トリグリセリド、グルコース)、肝臓の抗酸化・ストレス指標(GPX、CAT、SOD、MDA、コルチゾール、HSP-70)を測定しています。4月の最終サンプリング時には残存魚を数えて生残率を求めました。
実験期間中の水温は、陸上水槽で最高29.5℃(9月16日)・最低12.7℃(2月19日)、海面いけすで最高28.7℃(9月14日)・最低9.2℃(2月26日)でした。11月以降は陸上水槽のほうが概して高く、月平均水温は2月に陸上水槽13.4℃・海面いけす9.7℃、3月に14.1℃と9.9℃という差がありました。溶存酸素、塩分、pH、アンモニア態窒素、クロロフィルaは両環境ともに魚類養殖に許容される範囲内であり、著者らは生理反応に影響した主な環境要因は水温だったと考えられると述べています。
報告された主な結果
生残率は、亜成魚で陸上水槽群92.0%に対し海面いけす群77.2%、稚魚で陸上水槽群96.3%に対し海面いけす群75.8%でした。成長についても、亜成魚・稚魚のいずれでも陸上水槽群のほうが体重増加率、日間成長率、熱成長係数が高く、海面いけす群では摂餌量と日間摂餌率が低い水準にとどまりました。著者らは、越冬性能の評価では一般に70%を超える生残率が許容水準とされ、この地域で養成段階にある主要養殖種の冬季生残率が通常70~75%であることを踏まえると、イサキの75.8~77.2%も許容範囲内とみなせると論じています。
一方で、サイズによる差が目立ちました。稚魚では熱成長係数の差が約40倍に達し、著者らは小型魚のほうが同じ環境でも成長に対する代謝的な負担が不相応に大きいことを示すと解釈しています。肥満度、内臓重量指数、肝臓重量指数といった生物学的指標にも海面いけす群と陸上水槽群の間で明確な違いが現れ、とくに低水温にさらされた稚魚での低下が亜成魚より顕著で、水温感受性がサイズに依存することが示されました。
体組成では、海面いけす群の粗タンパク質含量が期間を通じて低下し、逆に粗脂質含量は増加する傾向がみられました。著者らはこれを、成長の抑制と低水温による摂餌制限でタンパク質の蓄積が減ったことに加え、長期的なエネルギー制限下で体内のタンパク質が相対的に多く利用されたことの反映と考えています。血漿の総コレステロールは期間中に低下傾向を示し(亜成魚では陸上水槽群342.6→127.2mg/dL、海面いけす群290.3→136.3mg/dL)、稚魚の海面いけす群ではトリグリセリドが596.0から1477.8mg/dLへ増加する傾向がみられました。また稚魚の海面いけす群では、2月以降の血漿グルコースが陸上水槽群より有意に低く、著者らは長期の低温ストレスによる体内グリコーゲン貯蔵の漸進的な消耗を示唆するものであり、海面いけす群での著しい摂餌低下がこれを悪化させたと考えられると述べています。
肝臓の抗酸化酵素(GPX、CAT、SOD)は期間を通じて概ね両群で安定しており、著者らはイサキが今回の条件下で大きな酸化ストレスを受けることなく代謝の恒常性を維持していたことを示唆するとしています。血漿コルチゾールと肝臓HSP-70にも明確な傾向はみられませんでした。ただし4月の亜成魚では、海面いけす群の肝臓MDA(脂質過酸化の指標)が陸上水槽群より有意に高く、著者らは今回のデータではその原因を特定できず、水温以外の要因も関与しうると明記しています。主成分分析では説明力が比較的低く、実験群の明確なクラスターも認められなかったことから、越冬中の生理反応は単一の一貫したパターンではなく複数の生理経路にまたがって変動していた可能性が示されました。階層的クラスタリングでは、稚魚が2月から4月に飼育環境ごとに分かれる傾向を示した一方、亜成魚では環境ごとの明確な分離はみられませんでした。
この研究が示すこと
著者らは本研究を、イサキの越冬性能を評価し海面いけす条件下での養殖可能性を検討した初めての報告と位置づけています。韓国南岸の海面いけすでは陸上水槽より生残率と成長が低く、生物学的指標や体組成にも変化が生じたものの、生残率は越冬の観点から許容できる範囲にとどまりました。同時に、亜成魚は大きなエネルギー貯蔵を動員して生理的な恒常性を保てた一方、稚魚はより早く代謝的な限界に近づくという、サイズに依存した違いが浮かび上がりました。
温暖化で夏の高水温が養殖の脅威になるなかで、高水温に強い魚が冬の低水温をどう乗り越えるかという問いに、実際の養殖現場の規模で答えを出した研究です。論文は、こうしたサイズ依存の制約に対しては、越冬前のエネルギー蓄積を高める脂質強化飼料の給与や種苗生産時期の前倒しといった管理上の工夫が考えられるとしつつ、それらの検証は今後の課題であると述べています。
著者:Seong Il Baek(Subtropical Fisheries Research Institute, National Institute of Fisheries Science, Jeju 63610, Republic of Korea)、Yong‐Woon Ryu(Subtropical Fisheries Research Institute, National Institute of Fisheries Science, Jeju 63610, Republic of Korea)、Kang-Hee Im(Subtropical Fisheries Research Institute, National Institute of Fisheries Science, Jeju 63610, Republic of Korea)、Kwang-Min Kim(Subtropical Fisheries Research Institute, National Institute of Fisheries Science, Jeju 63610, Republic of Korea)、Jin Woo Park(Subtropical Fisheries Research Institute, National Institute of Fisheries Science, Jeju 63610, Republic of Korea)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Seong Il Baek, Yong‐Woon Ryu, Kang-Hee Im, et al. Evaluation of Overwintering Performance of Threeline Grunt (Parapristipoma trilineatum) in Sea Cages Along the Southern Coast of Korea. Animals 2026-09-09. DOI: 10.3390/ani16182841. 原著ライセンス:CC BY.