著者の所属・活動拠点の国は、トルコです。

掲載誌:Microbiology Spectrum

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

前糖尿病とは、血糖値が正常より高いものの、2型糖尿病の診断基準には達していない状態を指します。著者らによると、世界の成人の1割以上がこの状態にあり、2型糖尿病や心臓病などを発症するリスクが高いとされています。近年は、腸内に住む細菌の集まりである腸内細菌叢が、体のエネルギー調節や代謝と深く関わっていると考えられるようになりました。

イスラム教のラマダン月には、多くの人が1か月間、日の出から日没まで飲食を控え、日没後と夜明け前の食事に摂取を限ります。これは日常生活の中で行われる一種の間欠的断食です。これまでの研究では、ラマダン断食と体重や脂質、血糖指標の改善との関連が報告されてきましたが、結果にはばらつきがありました。また、腸内細菌叢の研究は主に健康な人を対象とした短期的なものが中心で、前糖尿病の人を断食後まで追った研究は限られていました。そこで研究チームは、前糖尿病の成人を対象に、ラマダンの前後とその後にかけて、腸内細菌叢と代謝の指標がどのように変化するかを調べました。

何をどのように調べたか

研究には、トルコ・イスタンブールの大学病院の内科外来に通う、40〜65歳の前糖尿病の成人17人(男性7人、女性10人)が参加しました。ラマダン開始前の3日以内、ラマダン最後の3日間、ラマダン終了から3か月後の3回にわたって、血液と便を採取しました。参加者には、研究期間中に食事を大きく変えないよう指示されていました。

血液からは、空腹時血糖、過去1〜2か月の平均的な血糖状態を反映するHbA1c、インスリン、インスリン分泌の目安となるCペプチド、コレステロールや中性脂肪などを測定しました。インスリンの効きにくさ(インスリン抵抗性)は、HOMA-IRという指標で評価しています。あわせて、腹囲や腹囲と腰囲の比、体脂肪量なども測りました。

便からは細菌のDNAを取り出し、細菌の種類を見分ける目印となる遺伝子(16S rRNA遺伝子)を読み取ることで、どのような細菌がどの程度いるかを調べました。さらに、検出された細菌の構成から、細菌叢が持ちうる代謝機能をコンピューター上で推定しました。また、年齢と性別をそろえた健康な成人17人のデータを参照として用い、前糖尿病の参加者の細菌叢と比べました。この健康な参照群はラマダン期間を通じて繰り返し採取されたわけではなく、ある一時点の比較対象として位置づけられています。

主な結果

まず、ラマダン前の時点で、前糖尿病の参加者の腸内細菌叢は健康な参照群とは構成が異なっていました。細菌の多様性についても、健康な参照群は、前糖尿病の参加者のラマダン前・ラマダン終了時・3か月後のいずれの時点の値と比べても高かったと報告されています。

ラマダン断食の期間を通じて、前糖尿病の参加者の腸内細菌叢は時期ごとに変化しました。細菌の種類の偏りの少なさも加味した多様性の指標は、ラマダン終了時にラマダン前より高くなりました。3か月後にはラマダン前との差がはっきりしなくなり、部分的に元へ戻る傾向が見られました。細菌叢全体の構成も、ラマダン前と終了時、終了時と3か月後の間で違いが認められました。一方、ラマダン前と3か月後の間には有意な違いはありませんでした。

細菌の種類で見ると、ラマダン前に多かったプレボテラ属の一群は、ラマダン終了時に大きく減り、3か月後には一部回復しました。ラマダン終了時には、ディアリスター属やエシェリキア・シゲラ属などが目立ちました。一方、腸内で酪酸などの短鎖脂肪酸をつくるとされるフィーカリバクテリウム属、アガトバクター属、ロゼブリア属は、時間とともに徐々に増えていきました。ただし、主要な細菌の顔ぶれ自体はどの時点でも共通しており、断食によって入れ替わったのではなく、それぞれの割合が変わったと著者らは述べています。

これに対し、代謝の指標には改善が見られませんでした。HbA1cはラマダン終了時にわずかに高い値を示しましたが、統計的に意味のある差ではありませんでした。インスリン抵抗性を示すHOMA-IRは徐々に上がり、3か月後にはラマダン前の平均2.46から3.56へと有意に高くなりました。Cペプチドも時間とともに上昇しました。中性脂肪はラマダン終了時に下がったものの、3か月後には一部戻りました。体の計測では、腹囲、腹囲と腰囲の比、体脂肪量が、ラマダン終了時と3か月後のいずれもラマダン前より増えていました。

研究が示すこと

著者らは、前糖尿病の成人では、ラマダン断食に伴って腸内細菌叢が時期ごとに組み変わる一方で、それが代謝の改善には結びつかなかったとまとめています。代謝に良いとされることの多い細菌が増えても、インスリン抵抗性や腹部の脂肪はむしろ悪化する方向にありました。著者らは、日没後や夜明け前の食べ方、体内時計の乱れ、前糖尿病に伴う代謝の柔軟性の低下などが影響している可能性を挙げています。そして、日常の食生活のもとでは、前糖尿病の人にとってラマダン断食が本来的に有益とは言えないとの見方を示しています。

ただし、この研究は1施設の17人を対象とした小規模なものです。また、食事の内容や量は正式には記録されておらず、断食そのものの影響と、食事のタイミングや内容の変化による影響を切り分けることはできません。細菌の機能はコンピューターで推定したもので、実際の働きを直接測ったわけではありません。著者らは、こうした限界のため、観察された関連から因果関係や仕組みを読み取ることには制約があると述べています。それでも、腸内細菌叢の変化が必ずしも体の代謝の改善を意味するわけではないことを、前糖尿病の人を時間をかけて追跡することで示した研究といえます。

原著論文の著者・所属:Ihsan Boyaci(Department of Internal Medicine, Istanbul Medipol University Faculty of Medicine)、Busranur Delice(Department of Medical Microbiology, Istanbul Medipol University International School of Medicine)、Fatma Koc(Department of Medical Microbiology, Istanbul Medipol University International School of Medicine)、Suleyman Yildirim(Department of Medical Microbiology, Istanbul Medipol University International School of Medicine; Regenerative and Restorative Medicine Research Center, REMER, Istanbul Medipol University & Research Institute for Health Sciences and Technologies (SABITA), Istanbul Medipol University)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ihsan Boyaci, Busranur Delice, Fatma Koc, et al. Ramadan fasting induces temporal gut microbiome remodeling without metabolic improvement in adults with prediabetes. Microbiology Spectrum 2026-08-03. DOI: 10.1128/spectrum.00742-26. 原著ライセンス:CC BY.