著者の所属・活動拠点の国は、ブラジルです。
掲載誌:Chemical Papers
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
捨てられがちなコーヒーの殻に目を向けた研究
コーヒー豆の生産では、豆を取り出した後に大量の殻(ハスク)が残ります。論文によると、果実を乾燥させてから豆を取り出す乾式加工が主流のブラジルでは、この殻がおもな副産物で、その量はコーヒー豆の重さのおよそ半分に相当します。殻にはカフェインやタンニンのほか、植物由来の抗酸化成分として知られるフェノール酸類が含まれており、なかでも代表的な成分がクロロゲン酸です。
こうした成分は植物の細胞の中や細胞壁に閉じ込められています。細胞壁はセルロースやヘミセルロースなどでできているため、これらを分解する酵素を加えると成分が溶け出しやすくなると考えられています。酵素を使って水で抽出する方法は、穏やかな温度で行え、有機溶媒を含まない抽出物が得られる点で、環境負荷の小さい方法として注目されています。
研究チームは、カビの一種から得られる複数の酵素の混合製剤「Viscozyme L」に着目しました。この製剤はさまざまな植物原料からのフェノール類の抽出に使われてきましたが、コーヒーの殻に使った研究は見当たらなかったといいます。そこで著者らは、この酵素を使った水抽出でコーヒーの殻からどれだけ成分を回収できるかを調べました。
抽出条件の探索と酵素の効果
研究チームはまず、粉砕したアラビカ種のコーヒーの殻を水に入れ、酵素の量(1、3、5重量%)、温度(45、50、55℃)、抽出時間(20、40、60分)を組み合わせて試しました。複数の条件の影響を効率よく調べるための実験計画法を用い、抽出液に含まれるフェノール酸の総量を指標にしました。
その結果、試した範囲で最も多くのフェノール酸が得られたのは、45℃、60分、酵素1重量%という条件でした。計算による予測値は殻1グラムあたり48.44ミリグラム(カフェ酸換算)、実際の確認実験では47.27ミリグラムでした。酵素を増やしても抽出量は改善せず、温度を55℃に上げると抽出量は低下しました。著者らは、酵素が過剰になると効率が下がる可能性や、高温で酵素の働きが弱まったり成分が分解したりする可能性を挙げています。また、試した中で最も少ない酵素量で最大の抽出が得られたことは、酵素コストの面で利点になると論文は述べています。
次に、45℃で酵素を加えた場合と水だけの場合を、20分、40分、60分の抽出時間で比べました。水を除いた乾燥抽出物の量は酵素ありのほうが多く、水だけの場合に比べてそれぞれ10%、12%、43%上回りました。最大の収率は殻の重さに対して41.60%でした。
抽出物に含まれる成分と性質
抽出物からは、没食子酸、カフェ酸、キナ酸、p-クマル酸、クロロゲン酸の5種類のフェノール酸と、フラボノイドの一種ケンフェロールが見つかりました。最も多かったのはクロロゲン酸で、検出されたフェノール類全体の51〜67%を占め、最大で抽出物100グラムあたり548.9ミリグラムでした。フェノール類の総量と抗酸化能はいずれも、酵素を使った抽出のほうが高く、抽出時間が長いほど高まる傾向が報告されています。
抗酸化能は、不安定な分子(ラジカル)を打ち消す力を測るDPPH法という試験で評価されました。成分量と抗酸化能の関係を統計的に調べたところ、クロロゲン酸の量と抗酸化能の間に非常に強い関連(相関係数0.98)が見られました。ただし著者らは、この試験は1種類のみで、抽出物の抗酸化能を総合的に示すものではないと注意を添えています。
抽出物は、黄色ブドウ球菌や大腸菌など、性質の異なる2グループ(グラム陽性菌とグラム陰性菌)を含む6種類の細菌に対し、いずれも増殖を抑えました。増殖を抑える最小濃度は1ミリリットルあたり8.33〜10.00ミリグラムと比較的高い濃度で、細菌を死滅させるにはさらに高い濃度が必要だったことから、作用は主に菌を殺すのではなく増殖を止める「静菌的」なものと判断されています。食品保存料として使われる亜硝酸ナトリウムと比べると、増殖を抑える濃度は同程度の範囲でした。
さらに、ヒトの皮膚由来の細胞(角化細胞)に抽出物を1ミリリットルあたり50〜400マイクログラムの濃度で加え、24時間後と48時間後に細胞の状態を調べました。細胞の生存率の目安は89.30〜109.39%で、抽出物を加えない対照と統計的な差はなく、試した条件では細胞への有意な毒性は見られませんでした。なお、この試験は細胞の代謝活性から生存率を間接的に推定するものだと論文は説明しています。
研究が示すこと
この研究は、コーヒー生産で大量に生じる殻から、有機溶媒を使わずに酵素と水だけでフェノール類を回収できることを報告しています。少量の酵素と穏やかな温度で抽出量が高まり、得られた抽出物はクロロゲン酸を主成分として抗酸化能や細菌の増殖を抑える働きを示しました。著者らは、この酵素を使って植物成分の抽出物を得る方法が実現可能であり、その用途を食品や化粧品の分野で探ることができると結論づけています。
原著論文の著者・所属:Fabiana Mayumi Saijo(Departamento de Tecnologia, Universidade Estadual de Maringá, Umuarama, PR, 87506-370, Brasil)、Bruno Henrique Figueiredo Saqueti(Programa de Pós-graduação em Engenharia Química, Universidade Estadual de Maringá, Maringá, PR, 87020-900, Brasil)、Suelen Pereira Ruiz(Programa de Pós-Graduação em Biotecnologia Aplicada à Agricultura, Universidade Paranaense, Umuarama, PR, 87502-210, Brasil)、Beatriz Cervejeira Bolanho Barros(Departamento de Tecnologia, Universidade Estadual de Maringá, Umuarama, PR, 87506-370, Brasil)、Vitor Augusto Dos Santos Garcia(Faculdade de Ciências Agronômicas, Universidade Estadual Paulista “Júlio de Mesquita Filho”, Botucatu, SP, 18610-307, Brasil)、Denise Silva de Aquino(Departamento de Tecnologia, Universidade Estadual de Maringá, Umuarama, PR, 87506-370, Brasil)、Camila da Silva(Departamento de Tecnologia, Universidade Estadual de Maringá, Umuarama, PR, 87506-370, Brasil)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Fabiana Mayumi Saijo, Bruno Henrique Figueiredo Saqueti, Suelen Pereira Ruiz, et al. Sustainable recovery of active compounds from coffee husks using enzymatic aqueous extraction. Chemical Papers 2026-10-30. DOI: 10.1007/s11696-026-05885-0. 原著ライセンス:CC BY.