著者の所属・活動拠点の国は、タイです。
掲載誌:Foods (Basel, Switzerland)
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
研究の目的
ロブスタ種(学名コフェア・カネフォラ)は、収量が多く、病害虫や高温に比較的強いコーヒーです。気候変動のもとで重要性が増しています。一方で、苦味や渋み、土っぽさが出やすく、アラビカ種より市場価値が低くなりがちです。近年は収穫後の処理や発酵の管理を工夫し、高品質な「ファイン・ロブスタ」を目指す動きが広がっています。タイでは、従来の南部に加えて、ルーイ県などの新しい地域にも栽培地が広がっています。
コーヒーの発酵では、豆を包むぬめり層(ミューシレージ)の糖やペクチンを微生物が利用し、有機酸やアルコール、香りのもとになる成分が生じます。ただし、自然に任せた発酵は土地や条件によって微生物の顔ぶれが変わるため、品質が安定しにくいとされます。そこで、選んだ微生物を「スターター」として加え、発酵を制御する方法が注目されています。
研究チームは以前、コーヒー加工の現場から分離した酵母ウィッカーハモマイセス・アノマルスのYWP1-3株が、アラビカ種の発酵品質の改善に有望であると報告していました。さらに、紫外線処理で得た変異株UV22-2についても、ペクチンやデンプンを分解する酵素の働きが高まり、香りに関わる成分の生成が増えたと報告しています。ただし、これらがロブスタ種の加工でも役立つかは分かっていませんでした。また、食品に意図的に加える微生物では、株ごとの安全性確認が重要です。そこで本研究では、2株の安全性に関わる性質を調べました。あわせて、処理方法の異なる二つの発酵で、微生物の変化、液体の成分、味の評価にどう影響するかを検討しました。
何を調べたか
安全性の面では、三つの試験を行いました。一つ目は、血液を含む寒天培地で赤血球を壊す性質(溶血性)があるかの確認です。二つ目は、抗真菌薬イトラコナゾールとクロトリマゾールが、どの程度の濃度で酵母の増殖を抑えるかの測定です。三つ目は、コーヒーのミューシレージ液で酵母を培養し、その上澄みをヒト腸管由来のCaco-2細胞に与えて、細胞の生存率がどう変わるかの調べです。
発酵試験には、ルーイ県で収穫した完熟ロブスタの実を使いました。一つ目の処理は「フルウォッシュト」です。果肉を機械で除き、ミューシレージの付いた豆を水の入ったふた付きタンクで発酵させます。二つ目は「改良型ホールチェリー」です。果肉を除かず実ごと袋に密封し、24時間ごとに開けて混ぜながら発酵させます。どちらも20℃で72時間発酵させました。各酵母株は濃度を3段階に変えて加え、酵母を加えない対照と比べました。
発酵中は、液体に溶けている成分の量の目安となる糖度(°Brix)と、pH(酸性度)を測りました。あわせて、細菌、酵母、乳酸菌、カビのうち培養で数えられるものの数も調べました。発酵後の豆は乾燥・焙煎し、認定を受けた5人のロブスタ専門の評価者が、どの試料かを伏せた状態で採点しました。評価には、80点以上を「ファイン・ロブスタ」とする、コーヒー品質協会(CQI)の評価手順を用いました。
主な結果
溶血性の試験では、2株とも菌の周りに変化が見られず、赤血球を壊す性質は確認されませんでした。抗真菌薬の試験では、増殖を抑える最小濃度が両株ともイトラコナゾールで5.12mg/mLでした。クロトリマゾールではYWP1-3が1.28mg/mL、UV22-2が2.56mg/mLでした。ただし、この酵母の種について「効きやすい」「効きにくい」を判定する公的な基準値はありません。そのため著者らは、これらの値は記述的な情報にとどまり、耐性や安全性の結論には標準的な方法での追加試験が必要だとしています。
細胞試験では、両株とも上澄みの濃度が低めから中程度(12.5%以下)であれば、細胞の生存率はおおむね高く保たれました。25%以上では生存率が下がり、50%と100%では大きく低下しました。ただし著者らは、YWP1-3の高濃度での低下が、酵母を加えずに同じ条件で置いたミューシレージ液と比べて有意な差を示さなかったと報告しています。また、定性的な比較として、中程度の濃度ではUV22-2の方が細胞への影響がやや小さい傾向があったとしています。
発酵中の液体の変化は、処理方法によって異なる傾向を示しました。改良型ホールチェリーでは、糖度が最初の24時間で下がりました。著者らはこれを、微生物が溶けた糖などを活発に利用したことを示すものと解釈しています。pHは一部の処理で最初にやや上がった後、48時間以降に大きく下がりました。報告されている低い2段階の接種濃度では、72時間後におよそ4.1〜4.6まで低下しています。著者らはこれを有機酸の蓄積を示す変化としています。72時間後の糖度は、YWP1-3を加えた試料で最も低くなる傾向がありました。
フルウォッシュトでは逆に、酵母を加えた試料で72時間目に糖度がはっきり上がりました。一方、対照の値は低いまま、わずかに変動するだけでした。最も低い接種濃度では、YWP1-3で約5.3、UV22-2で約4.4に達しています。pHは、最も低い接種濃度の条件で、開始時にどの処理も約7.0〜7.2でした。全体として発酵の中盤に変動が見られたものの、ホールチェリーのように終盤で大きく下がることはありませんでした。
この研究が示すこと
本研究は、コーヒー由来の酵母2株について、発酵での働きと安全性に関わる性質を合わせて調べたものです。調べた条件では溶血性は見られず、細胞への強い影響は高濃度に限られました。一方で、抗真菌薬への反応については判断の基準がなく、さらなる確認が必要だと著者らは述べています。
また、同じ酵母を加えても、果肉を除いてタンクで発酵させるか、実ごと袋で発酵させるかによって、糖度やpHの変化が異なりました。酵母スターターの働きを考える際には、株そのものだけでなく、組み合わせる処理方法も重要であることを示す結果といえます。
原著論文の著者・所属:Thidnithinon P(Department of Microbiology, Faculty of Science, Srinakharinwirot University, 114 Sukhumvit 23, Wattana, Bangkok 10110, Thailand.)、Panyachanakul T(Department of Science and Bioinnovation, Faculty of Liberal arts and Science, Kasetsart University Kamphaeng Saen Campus, Nakhon Pathom 73140, Thailand.)、Samosorn S(Department of Chemistry, Faculty of Science, Srinakharinwirot University, 114 Sukhumvit 23, Wattana, Bangkok 10110, Thailand.)、Dolsophon K(Department of Chemistry, Faculty of Science, Srinakharinwirot University, 114 Sukhumvit 23, Wattana, Bangkok 10110, Thailand.)、Jiamjariyatam R(Department of Chemistry, Faculty of Science, Srinakharinwirot University, 114 Sukhumvit 23, Wattana, Bangkok 10110, Thailand.)、Lorliam W(Department of Microbiology, Faculty of Science, Srinakharinwirot University, 114 Sukhumvit 23, Wattana, Bangkok 10110, Thailand.)、Watanapokasin R(Department of Biochemistry, Faculty of Medicine, Srinakharinwirot University, 114 Sukhumvit 23, Wattana, Bangkok 10110, Thailand.)、Suwannasai N(Department of Microbiology, Faculty of Science, Srinakharinwirot University, 114 Sukhumvit 23, Wattana, Bangkok 10110, Thailand.)、Krajangsang S(Department of Microbiology, Faculty of Science, Srinakharinwirot University, 114 Sukhumvit 23, Wattana, Bangkok 10110, Thailand.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Thidnithinon P, Panyachanakul T, Samosorn S, et al. Biosafety and Fermentation Performance of <i>Wickerhamomyces anomalus</i> Starter Cultures in Fully Washed and Modified Whole-Cherry Fermentation of <i>Coffea canephora</i>. Foods (Basel, Switzerland) 2026-10-19. DOI: 10.3390/foods15203721. 原著ライセンス:CC BY.