著者の所属・活動拠点の国は、ロシアです。

掲載誌:Agrarian science

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜヒグマ肉の安全性を調べたのか

ヒグマ(Ursus arctos)は、ロシアで狩猟対象となる代表的な動物の一つです。その肉は、ホルモン剤や抗生物質が使われていない「自然な食品」と見なされることがあります。一方で著者らは、野生動物の肉には、動物から人にうつる感染症や寄生虫の病原体が含まれるおそれがあるほか、重金属や放射性物質が蓄積している可能性もあると指摘しています。

著者らによれば、クマ肉の安全性に関する科学的データは断片的で不十分です。そこで著者らは、ヒグマ肉にかかわる寄生虫などの生物学的リスクと化学的リスクについて研究を集めて体系的に整理し、獣医衛生上の検査で優先して取り組むべき点を明らかにすることを目的としました。

どのように調べたのか

研究チームは、Scopus、eLibrary、PubMed、Google Scholar、ScienceDirectといった文献データベースに加え、各国の法令や公開情報も対象に、2000年から2025年までの資料を検索しました。検索語には「クマ肉」「ヒグマ」「狩猟肉」「トリヒナ(旋毛虫)」「重金属」「放射性核種」などを用いています。

採用の基準は、クマの肉の安全性に関する実験データや体系的なレビューを含み、査読を受けた出版物であることです。対象はヒグマに限られず、整理された資料には、福島の原発事故後のアジアのクマや、北極の食物連鎖の頂点にいるホッキョクグマなど、ほかのクマに関するデータも含まれています。一方、数値データを含まない文献、学会の講演要旨、論説、ニュース記事は除外しています。題名、要旨、本文の三段階で絞り込んだ結果、最終的に64本の文献が分析の対象となりました。集めた情報は、肉の性質、感染症と寄生虫のリスク、化学物質による汚染という三つの分野に分けて整理されています。

主な報告内容

肉の性質について著者らは、ヒグマ肉をアミノ酸組成やたんぱく質の質の面で価値の高い食品と位置づけています。ほかの野生動物の肉と比べると脂質が多い一方、水分やたんぱく質、ミネラルの割合は同程度とされます。夏は食べ物の事情から脂肪が少なく品質が下がるため、良質な肉を得るには秋から冬の捕獲が適しているとされています。

生物学的リスクで最も重視されているのは、旋毛虫症(トリヒナ症)です。これは、筋肉に潜む旋毛虫(Trichinella)の幼虫を含む肉を食べることで人に感染する寄生虫病です。クマは死肉も食べる雑食の動物のため、幼虫をため込みやすいとされます。ヒグマでは、寒冷地では主にT. nativa、より温暖な地域では主にT. spiralisが見られ、種類によって冷凍への耐性が異なります。

レビューによると、ヒグマのうち旋毛虫に感染している個体の割合は地域によって大きく異なります。カルーガ州やレニングラード州の0%から、極東の一部の集団の85%まで幅があり、シベリアと極東で特に高い値が報告されています。ハバロフスク地方では人の旋毛虫症の20%、アムール州では17%でクマ肉が感染源だったとの報告も紹介されています。米国とカナダでも、2022年と2023年にクマ肉に関連した集団発生が記録されています。

化学的リスクについては、主に二つの経路が挙げられています。一つは狩猟に使われる鉛弾です。鉛を含む弾は命中すると砕け、その破片が肉の中に散らばります。もう一つは、重金属、放射性物質、分解されにくい有機汚染物質といった環境中の汚染物質が、食物連鎖を通じて体に蓄積する経路です。

スウェーデンとフィンランドで販売されていたクマ肉製品の中には、弾由来の鉛で強く汚染されたものがあったと報告されています。また、販売前の検査に使われるX線画像だけでは、鉛の破片をすべて見つけるのは難しいとされます。ロシア国内では、ヤロスラヴリ州で捕獲されたヒグマの肉で鉛・カドミウム・水銀・ヒ素の基準超過は見られませんでした。これに対してキーロフ州では、鉛とカドミウムが基準値を超えていたと報告されています。有害な元素は、筋肉よりも肝臓や腎臓に多く含まれる傾向がありました。ヤロスラヴリ州とトヴェリ州のヒグマ肉に含まれる放射性セシウム137は、基準値以下でした。クロアチアのヒグマの脂肪組織に含まれる有機塩素系農薬やPCB(ポリ塩化ビフェニル)の濃度は低く、大型の陸生哺乳類としては典型的な水準とされています。比較のために紹介されたホッキョクグマでは、こうした残留性の汚染物質の蓄積が、北極の陸上の捕食動物の中で最も高い水準にあるとされています。

このレビューが示すこと

著者らは、ヒグマ肉は栄養価の高い食品である一方、人の健康に関わる複数のリスクを伴うと結論づけています。生物学的な面で最大の脅威は旋毛虫による寄生虫汚染であり、化学物質による汚染もそれに劣らず重要なリスク要因だと位置づけています。ただし、ヒグマの組織の化学汚染に関するデータは、安全性を総合的に評価するにはまだ不十分だとしています。

優先すべき対策として、著者らは三つを挙げています。捕獲地域にかかわらずすべてのクマの枝肉で旋毛虫の検査を行うこと、汚染の負荷が大きい地域で重金属の監視を強化すること、そして鉛弾の破片を評価するための統一された検体採取方法を整備することです。野生動物は捕獲前に獣医師の検査を受けないため、捕獲後の検査がとりわけ重要になります。このレビューは、クマ肉を衛生上のリスクが高い食品として扱い、地域ごとの違いを踏まえた検査体制を整える必要性を示しています。

原著論文の著者・所属:Y. M. Rebezov(Yaroslav-the-Wise Novgorod State University)、M. B. Rebezov(Gorbatov Federal Research Center for Food Systems)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Y. M. Rebezov, M. B. Rebezov. Assessment of Biological and Chemical Risks to the Safety of Brown Bear (Ursus arctos) Meat: A Scientific Review. Agrarian science 2026-08-14. DOI: 10.32634/0869-8155-2026-409-08-66-76. 原著ライセンス:CC BY.