著者の所属・活動拠点の国は、ロシアです。
掲載誌:Agrarian science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的と調べ方
野生のイノシシは世界の多くの地域で狩猟の対象となり、肉の供給源にもなっています。著者らによると、イノシシ肉は栄養価が高く、たんぱく質が多く脂肪が比較的少ないため、健康を意識する消費者にとって魅力的になり得ます。一方で、野生動物の肉には生物学的・寄生虫学的・化学的な危険が伴い、獣医学的な管理と衛生基準の徹底が必要だとされています。
本論文は、こうしたリスクを既存の研究から整理する二部構成のレビューの第2部です。第1部では肉の特徴、規制の枠組み、重金属や放射性物質を扱いました。第2部では、感染症と寄生虫のリスク、塩素系の有機汚染物質(農薬やPCBなど)、マイクロプラスチックを取り上げています。
著者らは、系統的レビューの報告指針であるPRISMA 2020に沿って、Scopus、PubMed、eLibrary、Google Scholar、Science Directの各データベースをロシア語と英語のキーワードで検索しました。対象は、家畜のブタではなく野生のイノシシについて、安全性に関する量的なデータを含む原著研究や系統的レビューです。両部を合わせた文献は166件で、そのうち86件が第2部で使われています。結果は数値を統合する解析ではなく、テーマごとに文章で整理されています。
寄生虫と病原体のリスク
イノシシは食用に狩られる一方で、人にうつる寄生虫症の宿主や感染源にもなり得ます。特に旋毛虫症(トリヒナ症)は、加熱が不十分なイノシシ肉が世界的に主な感染源の一つとされます。論文が紹介するアルゼンチンの研究では、49頭中5頭の筋肉から旋毛虫の幼虫が見つかりました。また、吸虫の一種アラリア・アラタによるアラリア症は、ヨーロッパで「再興しつつある病気」と位置づけられています。ドイツ・テューリンゲン州の研究では、イノシシの37.5%がトキソプラズマに対する抗体を持っていました。
細菌についても多くの報告がまとめられています。リステリア菌は扁桃(へんとう)から検出されており、解体や内臓の処理に特別な注意が必要だと指摘されています。ある比較研究では、イノシシ肉の表層は豚肉より細菌数が多かった一方で、筋肉の深い層は基準を満たしていました。このほか、結核菌が家畜の結核根絶の妨げとなっていること、イノシシを狩ったり解体したりした人のブルセラ症の事例、扁桃からのエルシニア菌の検出(調査個体の44%)なども紹介されています。
抗菌薬が効きにくい耐性菌も取り上げられています。イタリア・リグーリア州のイノシシから得たサルモネラ菌260株では、94.6%が少なくとも1種類の抗菌薬に耐性を示しました。ヨーロッパのイノシシでは、多くの抗菌薬を分解する酵素(ESBL)を作る大腸菌の蓄積傾向も報告されています。抗菌薬を直接与えられていない野生動物でこうした菌が多いことは、人間活動に由来する耐性菌や耐性遺伝子による環境汚染を示すと解釈されています。
ウイルスでは、食べ物を通じて感染するE型肝炎ウイルスが重要な病原体とされ、ポルトガルではイノシシ352頭の1.7%に抗体が見つかりました。アフリカ豚熱は人の健康を直接脅かすものではありません。ただし、イノシシの個体数や狩猟規制を通じて、肉の流通に影響すると説明されています。感染リスクを下げる方法として、皮はぎや内臓摘出への注意、低温での保管・輸送の維持、解体時の高い衛生水準、適切な調理が挙げられています。
化学汚染物質とマイクロプラスチック
分解されにくい有機汚染物質の体内濃度は、環境がどれだけ汚れているかを映します。そのため、イノシシなどの狩猟動物は環境汚染の指標として監視する価値があると著者らは述べています。報告では、PCB(ポリ塩化ビフェニル)の特定の種類や、農薬DDTが分解してできる物質が脂肪組織から検出されています。ポーランド北東部の研究では、28種類の農薬成分が見つかり、分析したイノシシ肉42検体すべてに残留がありました。セルビアでは、工業地域の狩猟動物ほど塩素系の汚染物質が多いことも報告されています。
イノシシは除草剤が使われた畑でも餌をとるため、除草剤の主成分であるグリホサートの監視も必要だとされています。マイクロプラスチックについては、人里近くのイノシシがごみ捨て場などでプラスチック包装の残りを食べる可能性があります。このため著者らは、イノシシ肉に含まれるマイクロプラスチックを調べる必要があると指摘しています。
レビューが示すこと
著者らは第1部と第2部の結果をまとめ、イノシシ肉は価値ある持続的な食料資源になり得る一方で、多くの要因が絡む複雑な汚染の特徴を持つと結論づけています。と殺前に生きた状態で検査できない点や、違法な捕獲の問題もあり、獣医学的・衛生的に高いリスクを持つ食品と位置づけられています。
論文は、イノシシ肉を安全に食べるには獣医衛生検査と適切な加熱処理が前提になると示しています。そのうえで、監視体制の改善、科学的根拠に基づく基準づくり、消費者向けの明確な指針が求められると述べています。
原著論文の著者・所属:Ya. M. Rebezov(Gorbatov Research Center for Food Systems; Yaroslav-the-Wise Novgorod State University)、M. B. Rebezov(Gorbatov Research Center for Food Systems; Yaroslav-the-Wise Novgorod State University)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ya. M. Rebezov, M. B. Rebezov. Safety of wild boar (Sus scrofa) meat: potential risks (scientific review, part 2). Agrarian science 2026-08-09. DOI: 10.32634/0869-8155-2026-408-07-41-51. 原著ライセンス:CC BY.