著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Frontiers in Molecular Neuroscience
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:進行を食い止める手立てを探す
パーキンソン病は高齢者に多い神経変性疾患です。動作が遅くなる、安静時に手足が震える、筋肉がこわばるといった運動症状に加え、においが分かりにくくなる、便秘、睡眠の乱れなどの非運動症状も現れます。原因は一つではなく、遺伝的な要因や環境要因、細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアの不調、脳内の炎症、酸化ストレス、たんぱく質の品質管理の乱れなどが関わると考えられています。腸内細菌のバランスの乱れが発症や進行に関わる可能性も指摘されています。
現在の治療は、不足したドーパミンを補う薬や脳深部刺激療法が中心です。これらは症状を和らげますが、病気の進行そのものを止めることはできません。そこで著者らは、病気の根本的な過程に働きかけうる方法の一つとして、ケトン食に注目しました。この論文は、ケトン食がパーキンソン病にどう作用しうるのか、そして臨床でどの程度の効果が報告されているのかを、これまでの研究から整理した総説です。
ケトン食とはどんな食事か
ケトン食は、炭水化物を大きく減らし、脂肪を多くとる食事法です。1920年代に、薬が効きにくいてんかんの治療法として開発され、それ以来100年以上にわたり薬剤抵抗性てんかんの確立した治療として使われてきました。論文によると、一般的な方式では総摂取エネルギーのおよそ70〜85%を脂肪、3〜5%を炭水化物、10〜20%程度をたんぱく質が占めます。
炭水化物が極端に少ないと、体は主な燃料をブドウ糖から脂肪酸へ切り替え、肝臓で「ケトン体」と呼ばれる物質がつくられます。これは絶食時に近い代謝状態で、「栄養性ケトーシス」と呼ばれます。著者らは、これは糖尿病などで起こる危険なケトアシドーシスとは根本的に異なり、体の酸と塩基のバランスを崩さない、調節された状態だと説明しています。ケトン体は血液から脳へ入りやすく、神経細胞の代わりのエネルギー源になります。
考えられている作用の仕組み
著者らは、ケトン食がパーキンソン病に対して複数の経路から働きうることを、主に実験研究をもとに整理しています。まずエネルギー供給です。パーキンソン病の脳では、ブドウ糖をエネルギーに変える働きが低下していることが知られています。代表的なケトン体であるβ-ヒドロキシ酪酸は脳に取り込まれてエネルギー産生に使われるため、ブドウ糖をうまく利用できない状況で神経細胞のエネルギーを支える可能性があります。
次に、ミトコンドリアの働きや酸化ストレスへの影響です。研究報告では、β-ヒドロキシ酪酸がミトコンドリアを新たにつくる仕組みを後押ししたり、細胞を傷つける活性酸素を減らしたり、抗酸化物質グルタチオンを増やす経路を活性化したりすることが示されています。パーキンソン病のラットモデルでは、ケトン食によって脳の線条体という部位のグルタチオンが増え、ドーパミン神経が毒性物質から守られたと報告されています。ただし著者らは、こうした抗酸化作用についてパーキンソン病患者での直接的な臨床的証拠はまだ限られていると述べています。
さらに、脳内の炎症を抑える働きも挙げられています。パーキンソン病では脳の免疫細胞であるミクログリアなどが過剰に活性化し、炎症が神経を傷つける悪循環が起こります。動物モデルではケトン食がミクログリアの活性化と炎症物質の放出を抑えたと報告されています。また、パーキンソン病の中心的な原因たんぱく質であるα-シヌクレインなど、異常なたんぱく質を分解・除去する「オートファジー」と呼ばれる細胞内の掃除の仕組みを、ケトン体が促す可能性も示されています。
このほか著者らは、腸内細菌の構成を変えることを通じた脳と腸の連絡への影響、遺伝子の働き方を調節するエピジェネティクスへの作用、神経を育てるたんぱく質BDNFの増加、そして治療薬レボドパの吸収を助ける可能性を取り上げています。レボドパは腸で特定のアミノ酸と吸収を競い合うため、食事内容の変化が吸収に影響しうるという考え方です。ただし腸内細菌に関する知見の多くは、パーキンソン病以外の研究から得られたものだと著者らは明記しています。
臨床研究で報告されていること
動物実験では、中鎖脂肪酸を用いたケトン食が、パーキンソン病を模したマウスでドーパミン神経の損傷を大きく和らげたと報告されています。人を対象にした研究としては、78人のパーキンソン病患者を対象としたランダム化比較試験で、通常の薬物療法にケトン食を6か月間加えたグループは、対照グループに比べて症状評価尺度の点数、日常生活動作、運動機能がより大きく改善したとされています。
また、12週間の探索的研究では、乳製品を減らした改良型ケトン食で栄養性ケトーシスが維持され、運動症状の評価、動的なバランス、生活の質が改善し、便秘の悪化や過度の体重減少はみられなかったと報告されています。8週間の予備的なランダム化比較試験では、ケトン食が安全に実施でき、特に非運動症状の改善でより効果的だったとされています。
この総説が示すこと
著者らは、現時点の研究結果から、ケトン食は通常の治療に上乗せする補助的な方法として実行可能であり、運動症状と非運動症状の両方を和らげる可能性があると結論づけています。一方で、これまでの臨床研究は参加者が少なく追跡期間も短いこと、脂質異常、腎結石、骨粗しょう症といった長期的な副作用の懸念があり、パーキンソン病患者での利益とリスクのバランスはまだ十分に分かっていないことも強調しています。
つまり、ケトン食がパーキンソン病の治療を支えうるという手がかりは、仕組みの面からも初期の臨床研究からも集まりつつあるものの、確かな効果と安全性はまだ確立していない段階だということです。著者らは、実施する場合には個々の患者に合わせた食事計画と、専門職による管理や定期的な確認が欠かせないと述べています。
原著論文の著者・所属:Yuzhao Ye(Department of Neurology, Hainan General Hospital, Hainan Affiliated Hospital of Hainan Medical University)、Shuzhu Li(Department of Neurology, Hainan General Hospital, Hainan Affiliated Hospital of Hainan Medical University)、Tao Chen(Department of Neurology, Hainan General Hospital, Hainan Affiliated Hospital of Hainan Medical University)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Yuzhao Ye, Shuzhu Li, Tao Chen. Ketogenic diet and Parkinson’s disease. Frontiers in Molecular Neuroscience 2026-08-05. DOI: 10.3389/fnmol.2026.1914756. 原著ライセンス:CC BY.