著者の所属・活動拠点の国は、中国です。

掲載誌:Molecules

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

青稞(チンクー)は、中国の青海・チベット高原で栽培されてきた、殻が実から外れやすいハダカ麦の一種です。そのうち果皮が黒紫色の「黒青稞」は、ポリフェノールなどのフェノール化合物やβ-グルカン(食物繊維の一種)を多く含む原料として知られ、近年はクラフトビールの原料としても使われています。

ビールの品質は、麦を発芽させる工程、乾燥・焙煎する工程、酵母で発酵させる工程を通じて形づくられます。著者らによると、黒青稞ビールに関するこれまでの研究は、麦芽の配合比率や一つの工程に注目したものが中心でした。また、大麦・麦芽・ビールの研究の多くは、一つの分析手法だけを使うか、個別の工程に限られていました。そのため、香り成分とそれ以外の成分を、生産の全工程にわたって包括的に追う解析が不足していたといいます。そこで研究チームは、原料の穀粒(K1)、発芽させた麦芽(K2)、焙煎した麦芽(K3)、完成したビール(K4)の4段階を比較しました。香りのもとになる成分と、それ以外の多様な成分がどう移り変わるかを、まとめて調べています。著者らは、こうした統合的な手法で原料から完成品までの香りと成分の関係を体系的に描いたのは、自分たちの知る限り初めてだと述べています。

何をどう調べたか

研究チームは青海省ナンチェン県で栽培された黒青稞を使いました。浸麦と発芽、100〜110℃での焙煎を経て麦芽をつくり、ホップと酵母を加えてビールを醸造しました。

分析には二つの方法を組み合わせています。一つは、空気中に揮発して香りとして感じられる成分を、高い分離能力をもつガスクロマトグラフィー質量分析でまとめて測る「フレーバーオミクス」です。もう一つは、揮発しにくい成分を液体クロマトグラフィー質量分析で幅広く測る「ワイドターゲット・メタボロミクス」です。さらに、各成分が香りにどの程度寄与しているかを、においの感じやすさを考慮した相対的な指標(ROAV)で評価しました。香り成分と、その材料になると考えられる成分との関係も統計的に調べています。

主な結果:工程ごとに異なる香りの変化

4段階を合わせて256種類の揮発性成分が確認されました。検出数は原料で167種類、発芽麦芽で160種類、焙煎麦芽で210種類、ビールで256種類でした。

工程ごとに香りの構成は大きく変わりました。発芽の段階では、ノナナールやベンゼンアセトアルデヒドといったアルデヒド類の割合が増え、エステル類は66%減りました。焙煎の段階では、糖とアミノ酸が加熱で反応する「メイラード反応」に由来する成分が目立ちました。香ばしいナッツ様の香りをもつ2,3,5-トリメチルピラジンは発芽麦芽の198.4倍、フルフラールは20.2倍に増え、リモネンは消失しました。

ビールになると、エステル類が最も多い成分群となり、揮発性成分全体の40.95%を占めました。著者らはこれを酵母の働きによるものと説明しています。一方、きのこや土のような好ましくない香りの原因になりうる1-オクテン-3-オールは、全体に占める割合が10.14%から0.04%に大きく下がりました。刺激的な香りのアルデヒド類も減少しています。香りへの寄与度による評価では14種類の香り活性成分が選び出されました。焙煎麦芽ではトリメチルピラジンとフルフラールが、ビールではイソアミルアルコールと2-ウンデカノンが主な香りの担い手とされました。

主な結果:発酵で大きく変わる成分と、研究の意味

揮発しにくい成分は合計615種類が確認され、23の分類にまたがっていました。工程間で量が大きく変わった成分は、発芽で61種類、焙煎で69種類でした。発酵では325種類にのぼり、そのうち317種類が増加、減少は8種類でした。フェノール化合物とフラボノイドの184種類のうち168種類(94.1%)は、ビールでの量が原料より多くなっていました。これらの多くは発芽と焙煎の間はいったん減り、発酵で大きく増えるという推移をたどりました。完成したビールは、試験管内の測定で高い抗酸化活性(フリーラジカルを消去する働き)を示しました。

香り成分と材料候補の関係を調べた結果、統計的に有意だったのは、フルフラールと、糖代謝の経路の一つであるペントースリン酸経路の中間体(2-デオキシリボース-5-リン酸)の組み合わせだけでした。ほかの組み合わせは傾向にとどまりました。著者らは、比較できたのが4段階の平均値だけだったことが、弱い関係をとらえにくくした一因だと述べています。

著者らは、発芽、焙煎、発酵がそれぞれ異なる形で最終製品に寄与しており、なかでも発酵が香りの形成とフェノール類の増加の両方で決定的な段階だったと結論づけています。ただし、今回のビールは色の濃い特別なスタイルにあたるため、淡色ビールなど他の製法に当てはめる際には注意が必要だとしています。また、ビールの成分にはホップ由来のものも含まれており、麦芽由来の成分と完全には区別できていません。この研究は、原料の黒い麦が一杯のビールになるまでに、香りと成分が工程ごとにどう入れ替わっていくかを、一続きの流れとして示したものです。

原著論文の著者・所属:Hong Wang(Academy of Agriculture and Forestry Sciences, Qinghai University, Xining 810016, China; Key Laboratory of Qinghai Province Tibetan Plateau Agric-Product Processing, Qinghai University, Xining 810016, China; Laboratory for Research and Utilization of Qinghai Tibet Plateau Germplasm Resources, Qinghai University, Xining 810016, China)、Wengang Zhang(Academy of Agriculture and Forestry Sciences, Qinghai University, Xining 810016, China; Key Laboratory of Qinghai Province Tibetan Plateau Agric-Product Processing, Qinghai University, Xining 810016, China; Laboratory for Research and Utilization of Qinghai Tibet Plateau Germplasm Resources, Qinghai University, Xining 810016, China)、Wancai Zheng(Academy of Agriculture and Forestry Sciences, Qinghai University, Xining 810016, China; Key Laboratory of Qinghai Province Tibetan Plateau Agric-Product Processing, Qinghai University, Xining 810016, China; Laboratory for Research and Utilization of Qinghai Tibet Plateau Germplasm Resources, Qinghai University, Xining 810016, China)、Bin Dang(Academy of Agriculture and Forestry Sciences, Qinghai University, Xining 810016, China; Key Laboratory of Qinghai Province Tibetan Plateau Agric-Product Processing, Qinghai University, Xining 810016, China; Laboratory for Research and Utilization of Qinghai Tibet Plateau Germplasm Resources, Qinghai University, Xining 810016, China)、Xijuan Yang(Academy of Agriculture and Forestry Sciences, Qinghai University, Xining 810016, China; Key Laboratory of Qinghai Province Tibetan Plateau Agric-Product Processing, Qinghai University, Xining 810016, China; Laboratory for Research and Utilization of Qinghai Tibet Plateau Germplasm Resources, Qinghai University, Xining 810016, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Hong Wang, Wengang Zhang, Wancai Zheng, et al. Integrative Analysis of Widely Targeted Metabolomics and Flavoromics Reveals Dynamic Changes in Characteristic Metabolites at Different Processing Stages of Black Highland Barley Beer. Molecules 2026-08-31. DOI: 10.3390/molecules31173062. 原著ライセンス:CC BY.