著者の所属・活動拠点の国は、スロベニアです。

掲載誌:Foods

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

ビールの発酵では、酵母が麦汁に含まれるアミノ酸を主な窒素源として取り込みます。アミノ酸は酵母の増殖や発酵の進み方に関わるだけでなく、ビールの香りや味に影響する高級アルコールやエステルといった成分のもとにもなります。

ビール工場では、発酵を終えた酵母を回収し、次の麦汁に再び投入する「リピッチング(酵母の連続再利用)」が経済的・技術的な理由から広く行われています。ただし、回収と再投入を繰り返すと、酵母の生理状態や窒素の使い方が少しずつ変わる可能性があります。これまでの研究では、その影響は麦汁の原料によって異なり、一部のアミノ酸だけに変化が現れる場合も、取り込み全体が乱れていく場合も報告されていました。

研究チームは、工業規模のラガービール製造で酵母を12回続けて再利用し、発酵の段階ごとのアミノ酸の減り方が再利用によって変わるのか、変わるとすれば全体的な変化か特定のアミノ酸に限られるのか、そして製品の品質に目立った違いが現れるのかを調べました。

何をどう調べたか

実験は、作業容量3250ヘクトリットルの工業用発酵タンクで、通常の製造手順に沿って行われました。下面発酵のラガー酵母Saccharomyces pastorianus(TUM 34/70株)を使い、発酵後に回収した酵母を4℃で48時間保管してから新しい麦汁に投入するという操作を、AからLまでの12回の発酵で繰り返しました。

発酵中はおよそ24時間ごとに試料を採り、20種類のアミノ酸の濃度を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)という分析法で測定しました。各回の麦汁では、初めのアミノ酸濃度にいくつかの種類でばらつきがあったため、それぞれの発酵前の麦汁の濃度を100%とした相対値で減り方を比較しています。あわせて、アルコール度数、発酵度、残存エキス、pH、酵母の細胞数や生存率を測り、専門家による官能評価も行いました。

データの解析では、多数のアミノ酸の変化をまとめて全体の傾向を見る主成分分析に加え、発酵終了時の各アミノ酸の相対濃度が回数とともに増減するかを回帰分析で調べました。20種類を同時に検定すると偶然の「有意」が出やすくなるため、多重検定の補正も行っています。

主な結果

12回を通じて、発酵の最終的な状態はほぼ一定でした。最終アルコール度数は平均5.07±0.05 vol%、真正発酵度は83.65±0.47%で、残存エキスやpHにも回数に伴う目立った傾向は見られませんでした。後半の回(F〜L)は、前半(A〜E)よりおよそ1日早く同等の最終状態に達しました。

一方、発酵終了時に液中に浮遊する酵母の細胞数は、Aの1ミリリットルあたり1340万個からLの440万個へと回を追うごとに減っていきました。ただし酵母の生存率はすべての回で95%を超えており、アルコール生成や発酵度も保たれていました。著者らは、この細胞数は増殖や沈降、回収の仕方などにも左右されるため、そのまま酵母の活力低下を意味するとは解釈できないとしています。

アミノ酸の濃度は、主に発酵の進行に伴って大きく変化しました。主成分分析では、第1主成分が全体のばらつきの75.29%を占め、試料は主にこの軸に沿って発酵初期から後期へと並びました。アスパラギン、セリン、トレオニン、ロイシン、リシン、イソロイシン、メチオニン、アスパラギン酸、グルタミン酸は、もとの麦汁に比べて早く大きく減りました。こうした減り方は、酵母が窒素源を優先順位をつけて取り込むという既知の性質と一致し、12回を通じてよく再現されました。再利用の回数によって全体の様子がはっきり分かれることはありませんでした。

プロリンは、採取日による濃度の変化が20種類の中で最も弱いアミノ酸でした。また、プロリンを中心に、後の時点の濃度が発酵前の麦汁を上回る(100%を超える)観測が複数ありました。著者らは、これが発酵中にアミノ酸が放出・再分配されたことを反映している可能性も、分析や正規化のばらつきによる可能性もあり、今回の設計ではそれらを区別できないとしています。

個々のアミノ酸を見ると、最も明確な変化を示したのはアスパラギン酸で、発酵終了時に残る割合が回を追うごとに高くなる傾向があり、多重検定の補正後も統計的に支持されました。アスパラギンとセリンには回数とともに残る割合が低くなる傾向が見られたものの、補正後は有意ではなく、著者らは探索的な傾向にとどめています。そのほか大半のアミノ酸には、回数に伴うはっきりした傾向は見られませんでした。

官能評価では、どの回のビールにも大きな欠点は見つからず、すべて許容できる品質の範囲とされました。ただしこの評価は品質確認のためのもので、回ごとの細かな違いを定量する設計ではなかったと著者らは述べています。

この研究が示すこと

この研究からは、工業規模で酵母を12回続けて再利用しても、発酵の出来栄えやアミノ酸の使われ方の全体像はおおむね保たれ、変化はアスパラギン酸など一部のアミノ酸に選択的に現れたという姿が浮かび上がります。著者らは、アミノ酸の分析が、アルコール度数や発酵度といった通常の指標ではとらえにくい細かな生化学的変化を見つける手がかりになりうるとしています。

一方で、今回の12回は独立に繰り返した実験ではなく、一続きの製造工程での観察です。そのため、回数による変化と時間の経過や工程上の要因による変化を区別することはできず、著者らは得られた傾向を探索的な観察として位置づけています。アスパラギン酸の変化がなぜ起きたのかについても、仕組みは今回の研究では測定されておらず、まだ分かっていません。

原著論文の著者・所属:Ksenija Obrovnik(Department for Agrochemistry and Brewing, Slovenian Institute of Hop Research and Brewing, Cesta Žalskega Tabora 2, 3310 Žalec, Slovenia)、Miha Ocvirk(Department for Agrochemistry and Brewing, Slovenian Institute of Hop Research and Brewing, Cesta Žalskega Tabora 2, 3310 Žalec, Slovenia)、Nataša Kočar Mlinarič(Biotechnical Faculty, University of Ljubljana, Jamnikarjeva 101, 1000 Ljubljana, Slovenia)、Iztok Jože Košir(Biotechnical Faculty, University of Ljubljana, Jamnikarjeva 101, 1000 Ljubljana, Slovenia; Department for Agrochemistry and Brewing, Slovenian Institute of Hop Research and Brewing, Cesta Žalskega Tabora 2, 3310 Žalec, Slovenia)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ksenija Obrovnik, Miha Ocvirk, Nataša Kočar Mlinarič, et al. Amino Acid Utilization During Twelve Consecutive Industrial Repitching Cycles of Saccharomyces pastorianus in Lager Beer Fermentation. Foods 2026-09-22. DOI: 10.3390/foods15193373. 原著ライセンス:CC BY.