著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
マルスランは、カベルネ・ソーヴィニヨンとグルナッシュを掛け合わせたフランス生まれの赤ワイン用ブドウ品種です。2001年に中国へ導入され、濃い色合いやしっかりした渋み、黒い果実やスパイスを思わせる香りから、中国の主要なワイン産地で注目されています。ただし、赤ワインの色のもとになるアントシアニンは単独の分子の状態では不安定です。香り成分も醸造や熟成の途中で酸化しやすく、品質を保つうえで課題になっています。
研究チームが着目したのは、中国の後発酵茶である茯磚茶(茯茶)です。茯茶は製造の途中でカビの一種ユーロチウム・クリスタタムを繁殖させます。茶葉に現れるこのカビの集落は「金花」と呼ばれ、キノコのような独特の香りや、さまざまなポリフェノール類をもたらします。茶のポリフェノールがブドウ由来の色素と結びつけば色が安定しやすくなり、香りも複雑になるのではないか。著者らはこの仮説を立て、茯茶を加えたときにフェノール類の組成、ワインの色、香りがどう変わるかを調べました。両者を一緒に発酵させる組み合わせを体系的に調べた研究は、これまでなかったとしています。
どのように調べたか
研究チームは、中国・新疆ウイグル自治区の焉耆盆地で収穫したマルスランのブドウを破砕し、果皮ごと発酵させました。その際、細かく粉砕した茯茶を1リットルあたり0、0.5、1.0、1.5グラムの4段階で加え、酵母と一緒に発酵させています。発酵は約25℃で12〜14日間行い、その後1か月熟成させてから分析しました。
分析した項目は、アルコール度数や酸度などの基本的な成分、フェノール類の総量と18種類の個別成分、そして色です。色は、明るさ、赤みの強さ、黄みの強さ、色の鮮やかさ(彩度)、色合いの方向(色相角)といった指標で数値化しました。香りについては、ワインから揮発する成分をガスクロマトグラフ質量分析で調べています。さらに、各成分の濃度を人が感じ取れる最小濃度で割った「香り活性値」を求め、実際に香りに寄与しているとみられる成分を絞り込みました。
主な結果
茯茶を多く加えるほど、アルコール度数は低くなりました。無添加では12.24%でしたが、1.5グラム添加では10.86%でした。一方、発酵がうまく進まなかったときに上がりやすい揮発酸は低いまま安定しており、pHや総酸度も変わりませんでした。この低下の原因について、著者らはさらに調べる必要があるとしています。
総フェノール、タンニン、アントシアニンの量は、いずれも茯茶の添加量に応じて有意に増えました。個別の成分では、茯茶に特徴的なクロロゲン酸、カテキン、ミリセチンが添加量とともに増え続けました。反対に、プロトカテク酸は減少しました。著者らは、プロトカテク酸がほかのフェノール類との重合などに使われた可能性を挙げています。
色にも変化が現れました。茯茶を加えたワインは無添加のものより明るくなり、赤みと黄みの値、彩度は低下しました。色相角も小さくなり、色合いは無添加のオレンジがかった赤から、熟成をうかがわせるレンガ色や深い赤の方向へ移りました。無添加との色の差はどの添加量でも人の目で見分けられる水準を超え、添加量が多いほど大きくなりました。著者らはこうした変化を、アントシアニンがタンニンなどと結びついて、より安定した重合色素になったことを反映したものと解釈しています。また、総フェノール量と色相角には有意な負の相関がありました。一方、茯茶に最も多いクロロゲン酸だけでは有意な相関は見られませんでした。このことから著者らは、色の変化を単一の成分ではなく、複数のフェノール類の総合的な働きと結びつけています。
香りの分析では78種類の揮発成分が見つかり、茯茶を加えたワインは無添加のものと明確に異なる組成を示しました。香りに寄与する成分のうち23種類が有意に変化し、19種類が増加、4種類が減少しました。増えた成分には、キノコのような香りの1-オクテン-3-オール、花の香りのリナロールや2-フェニルエタノール、イチゴやパイナップルを思わせる果実香のエステル類などがあります。1-オクテン-3-オールは茯茶のカビの代表的な代謝物とされ、著者らはこれを茯茶が香りに寄与した証拠と位置づけています。一方、青臭さや草のような香りを持つ2-ヘキセナールや1-ヘプタノールは減少しました。ただし、1.5グラム添加では一部の香り成分の増え方が鈍っており、著者らは1.0グラム添加で効果が最もよかったとしています。
茶に由来するクロロゲン酸やカテキンの量は、好ましい香り成分とは正の相関を、青臭い成分とは負の相関を示しました。ただし著者らは、これは相関関係にすぎず、因果関係は示せないと明記しています。茶のフェノールの抗酸化作用が青臭い成分の生成を抑えたという仕組みも、今後の検証が必要な仮説の段階です。香りの変化が実際に人の感じ方にどう影響するかについても、官能評価で確かめる必要があるとしています。
研究が示すこと
この研究は、マルスランのブドウを茯茶と一緒に発酵させると、ワインのフェノール類が増え、色合いがレンガ色寄りの深い赤へ移り、香りの成分構成も大きく変わることを示しました。著者らは、こうした変化が特定の一つの分子によるものではなく、茶由来の多様なフェノール類が関わり合った結果だと考えています。茶とワインを組み合わせた新しい醸造法を考えるうえで、添加量によって色や香りがどう変わるかを具体的に示した報告といえます。
原著論文の著者・所属:Dolkar(College of Food Science and Pharmacy, Xinjiang Agricultural University, Urumqi 830000, China)、Hexiang Bai(College of Food Science and Pharmacy, Xinjiang Agricultural University, Urumqi 830000, China)、Ziyu Wang(College of Food Science and Pharmacy, Xinjiang Agricultural University, Urumqi 830000, China)、Jihong Yang(College of Enology, Northwest A&F University, Yangling 712100, China; College of Food Science and Pharmacy, Xinjiang Agricultural University, Urumqi 830000, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Dolkar, Hexiang Bai, Ziyu Wang, et al. Synergistic Enhancement of Phenolic Profile, Color Stability, and Aroma Complexity in Marselan Wine Through Co-Fermentation with Fu Tea. Foods 2026-07-28. DOI: 10.3390/foods15152652. 原著ライセンス:CC BY.