この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Ecotoxicology and Environmental Safety

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

カドミウム(Cd)は農地土壌の主要な重金属汚染物質の一つで、植物の生育を妨げるだけでなく、食物連鎖を通じて人の健康にも影響しうると考えられています。トウガラシ(Capsicum annuum L.)はカドミウムを蓄積しやすい野菜作物として知られており、対策が課題となっています。

一方、セレン(Se)は人や動物にとって必須の微量元素で、植物ではカドミウムの害を和らげる働きが各種の作物で報告されてきました。ただし著者らは、セレンの効果が濃度に強く依存し、適量を超えると逆に植物に害を及ぼしたり、カドミウムとの相乗的な毒性を示す場合があることにも触れています。

本研究の著者らが注目したのは、長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)と呼ばれる分子です。これはタンパク質の設計図にはならない、長さ200塩基を超えるRNAで、さまざまな植物でストレス応答の調節役として働くことが分かってきています。しかしトウガラシにおいて、セレンによるカドミウム耐性の向上とlncRNAを介した調節とを結びつけた研究はこれまでなかったと著者らは述べています。そこで、セレンがどのlncRNAを介してカドミウムの蓄積を抑えるのかを体系的に調べることが本研究の狙いとされました。

何をどう調べたか

著者らは、トウガラシ品種『遵辣9号』を温室のポットで栽培しました。土壌にカドミウムを5 mg/kgの水準で加えた区と加えない区を設け、それぞれについてセレン(亜セレン酸ナトリウム、25 mg/L)を葉面に散布する区としない区を組み合わせ、対照・Cd単独・Se単独・Cd+Seの4つの処理群を用意しています。セレンの散布は開花前に15日間隔で2回行われました。処理から30日後に根・茎・葉・果実を採取して分析しています。

測定項目は大きく三つに分かれます。第一に草丈や総根長、生体重・乾物重といった生育の指標と、誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)によるカドミウム・セレンの各組織での含有量です。第二に、酸化ストレスに関わる指標として、活性酸素の除去に働く酵素であるSOD、CAT、APX、GRの活性、抗酸化物質GSHの量、そして細胞膜の脂質が酸化された度合いを示すMDAの量を調べました。第三に、果実から抽出したRNAを高速シーケンサーで読み取り、lncRNAと通常のmRNAの発現量を網羅的に比較する解析(トランスクリプトーム解析)を行い、その結果の一部をRT-qPCRという別の手法で確かめています。

主な報告結果

まず生育面では、カドミウム処理を受けた植物に生育の停滞や葉の黄化・萎れといった典型的な症状が現れた一方、セレンを葉面散布した区ではこれらが和らぎ、草丈が伸びて葉の緑も濃くなったと報告されています。カドミウムストレス下でセレンを散布した場合、無散布のカドミウム区と比べて根・茎・葉・果実の生体重はそれぞれ118%、24%、59%、523%増加し、総根長は27%、草丈は33%増えたとされます。

元素の蓄積についても変化が見られました。5 mg/kgのカドミウムストレス下でセレンを散布すると、根・茎・葉・果実のカドミウム含量がそれぞれ23%、10%、15%、36%減少し、同時にセレン含量は51%、397%、26%、82%増加したと報告されています。

酸化ストレスの面では、カドミウム処理によって根・葉・果実のいずれでもSOD、CAT、APX、GRの活性とGSH量が低下し、膜の酸化を示すMDAは増えました。これに対しセレンを併用すると、抗酸化酵素の活性とGSH量は組織ごとに程度の差はあるものの回復し、MDAは根で17%、葉で57%、果実で49%減少しています。遺伝子の発現レベルでも、カドミウム単独処理はCAT、GR、GPXの三つをいずれも低下させましたが、セレン併用区ではCATが対照よりも強く発現し、GRとGPXは対照と同程度まで戻ったと報告されています。

果実のRNA解析からは、14,391個のlncRNAが同定されました。これらは通常のmRNAと比べてエクソン(遺伝子の中で実際に読み取られる区間)の数が少なく、配列も短く、タンパク質になりうる読み取り枠も短いという、lncRNAらしい特徴を示したとされます。そのうち、カドミウムによって生じた発現変化をセレンが打ち消す方向に動いた517個のlncRNAが候補として絞り込まれ、その推定標的遺伝子は炭素代謝や解糖系、アミノ酸代謝などに多く関わっていました。

さらに著者らは、共発現ネットワークの解析から特に注目すべき組み合わせを挙げています。MSTRG.44999.1、MSTRG.34872.1、MSTRG.39896.2の三つはカドミウムで発現が上がり、セレン併用で下がるという動きを示し、その推定標的遺伝子であるMGL、BCAT2、TPRA、PFK5、UGT86A1、ENO、GLOも同じ向きに変動しました。逆にMSTRG.11441.1と推定標的のSGATは、反対の動きを示しています。これらは解糖系、アミノ酸代謝、グリオキシル酸・ジカルボン酸代謝という互いにつながった代謝経路に関わるとされ、著者らは、セレンがこうしたlncRNAとmRNAの組み合わせを作り替えることで抗酸化能力を高めているとする暫定的なモデルを提示しています。

なお著者らは、本研究で試したのはカドミウム5 mg/kg、セレン25 mg/Lという単一の投与量のみであり、濃度による効果の違いや毒性の閾値、今回見つかったlncRNAがカドミウムストレス一般への応答なのかセレンとの組み合わせに特有のものなのかは、まだ判断できないと明記しています。

この研究が示すこと

この研究は、セレンの葉面散布がトウガラシのカドミウム蓄積を減らし、生育と抗酸化のはたらきを支えることを実験的に示すとともに、その背景にタンパク質を作らないRNAによる調節が関わっている可能性を、トウガラシで初めて具体的な候補分子とともに描き出したものです。

著者らは、ここで特定されたlncRNAとその推定標的遺伝子が、重金属ストレスに強い作物の育種や、セレン肥料の使い方を精密化していくうえでの分子レベルの手がかりになりうると位置づけています。カドミウムに対する植物の応答を、遺伝子そのものの働きだけでなく、その調節層まで含めて捉える視点を提供した点に、この報告の意義があると言えます。

著者:Liping Xiang(Key Laboratory of Plant Resource Conservation and Germplasm Innovation in Mountainous Region (Ministry of Education), College of Life Sciences, Guizhou University, Guiyang, 550025, China. Electronic address: [email protected])、Mei Zhou(Key Laboratory of Plant Resource Conservation and Germplasm Innovation in Mountainous Region (Ministry of Education), College of Life Sciences, Guizhou University, Guiyang, 550025, China. Electronic address: [email protected])、Longhuan Yang(Key Laboratory of Plant Resource Conservation and Germplasm Innovation in Mountainous Region (Ministry of Education), College of Life Sciences, Guizhou University, Guiyang, 550025, China. Electronic address: [email protected])、Yaling Rao(Key Laboratory of Plant Resource Conservation and Germplasm Innovation in Mountainous Region (Ministry of Education), College of Life Sciences, Guizhou University, Guiyang, 550025, China. Electronic address: [email protected])、Yongjun Wu(Key Laboratory of Plant Resource Conservation and Germplasm Innovation in Mountainous Region (Ministry of Education), College of Life Sciences, Guizhou University, Guiyang, 550025, China. Electronic address: [email protected])、Cen Li(Key Laboratory of Plant Resource Conservation and Germplasm Innovation in Mountainous Region (Ministry of Education), College of Life Sciences, Guizhou University, Guiyang, 550025, China. Electronic address: [email protected])、Sihan Tong(Key Laboratory of Plant Resource Conservation and Germplasm Innovation in Mountainous Region (Ministry of Education), College of Life Sciences, Guizhou University, Guiyang, 550025, China. Electronic address: [email protected])、Lincheng Zhang(Key Laboratory of Plant Resource Conservation and Germplasm Innovation in Mountainous Region (Ministry of Education), College of Life Sciences, Guizhou University, Guiyang, 550025, China. Electronic address: [email protected])、Jing Jin(Key Laboratory of Plant Resource Conservation and Germplasm Innovation in Mountainous Region (Ministry of Education), College of Life Sciences, Guizhou University, Guiyang, 550025, China. Electronic address: [email protected]

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Liping Xiang, Mei Zhou, Longhuan Yang, et al. Involvement of long non-coding RNAs in selenium-mediated alleviation of cadmium stress by regulating antioxidant system in pepper. Ecotoxicology and Environmental Safety 2026-09-16. DOI: 10.1016/j.ecoenv.2026.120800. 原著ライセンス:CC BY.