著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
セレンは動物にも人にも欠かせない微量栄養素です。著者らは、世界保健機関(WHO)の資料で40を超える国と地域でセレン不足が公衆衛生上の課題とされていることを紹介しています。豚肉は世界中で広く食べられており、飼料にセレンを加えると肉にセレンがたまりやすくなります。このため論文は、豚肉を人がセレンを摂取する手段の一つとして位置づけています。
飼料に加えるセレンには、いくつかの形態があります。養豚で広く使われてきた無機セレンの亜セレン酸ナトリウム、酵母の細胞内のたんぱく質にセレンを取り込ませたセレン酵母、海藻から抽出した多糖などにセレンが結合したセレン含有海藻多糖、そしてセレンの単体を1〜100ナノメートルの粒子にしたナノセレンです。中国やEUでは、肥育豚の飼料に加えられるセレンの上限は1キログラムあたり0.5ミリグラムです。研究チームはこの上限の量で、セレンの種類によって結果がどう違うかを比べた研究は限られていると指摘しています。
そこで研究チームは、消費者に人気のある中国在来品種のチベット豚を対象に研究を行いました。4種類のセレンを同じ量だけ飼料に加え、成長、枝肉の性質、肉質、組織へのセレン蓄積、筋肉の遺伝子発現を比較しました。目的は、セレンを多く含む豚肉を生産するうえで、どのセレンを選ぶかの判断材料を示すことです。
どのように調べたか
実験には、体重約42キログラム、生後約5か月の健康なチベット豚72頭を用いました。去勢雄と雌が半数ずつで、体重と性別をもとに4つの群に分けました。各群は6つの豚房に3頭ずつです。基本となる飼料に、亜セレン酸ナトリウム、セレン酵母、セレン含有海藻多糖、ナノセレンのいずれかを、セレンとして1キログラムあたり0.5ミリグラム加えました。豚は60日間、餌と水を自由にとれる状態で飼育されました。
飼育期間中は、1日あたりの増体重、餌の摂取量、増体に必要な餌の量を記録しました。試験の終了時には、各豚房から平均体重に最も近い1頭を選んで解体しました。そして、ロース部位にあたる背中の筋肉「背最長筋」を調べました。調べた項目は、水分やたんぱく質などの成分、色、pH、加熱後のかたさ、加熱や保存で失われる水分の量です。腎臓、肝臓、心臓、背最長筋のセレン量も測りました。
さらに、背最長筋で働いている遺伝子を網羅的に調べる「トランスクリプトーム解析」を行いました。セレン酵母の群をほかの3群とそれぞれ比べ、働きの強さに一定以上の差がある遺伝子を探しました。見つかった遺伝子については、どのような生物学的な機能や経路に関わるものが多いかを分析しました。
主な結果
セレンの種類による違いは、成長や枝肉の性質には見られませんでした。餌の摂取量、増体、餌の効率、枝肉重量、背脂肪の厚さなどの項目で、統計的な差はありませんでした。肉の成分や色、pH、かたさ、加熱による損失にも差はありませんでした。違いが出たのは「ドリップロス」です。ドリップロスは、生肉を冷蔵でつるしておいたときに肉汁としてしみ出る水分の割合を指します。ナノセレンの群では、この値がほかの3群より高くなりました。ほかの3群のあいだに差はありませんでした。
組織のセレン量は、腎臓が最も多く、肝臓、心臓、背最長筋の順だったと報告されています。セレン酵母の群では、この4つの組織すべてで、ほかの3群よりセレン量が有意に高くなりました。著者らはこの結果から、4種類のなかでセレン酵母が最も効率よく体内にセレンを蓄積させたと述べています。考察では、その理由の一つとして、セレン酵母に含まれるセレンの主な形であるセレノメチオニンが、アミノ酸のメチオニンを運ぶ仕組みを通じて吸収されうることを挙げています。
遺伝子発現の解析では、セレン酵母の群との差がある遺伝子が見つかりました。その数は、亜セレン酸ナトリウムの群との比較で411個、海藻多糖の群との比較で219個、ナノセレンの群との比較で340個でした。3つの比較すべてに共通する遺伝子は34個あり、そのうち27個はセレン酵母の群で働きが強くなっていました。著者らは考察で、これらの遺伝子の性質を紹介しています。たとえば、酸化ストレスへの備えに関わる遺伝子、細胞の外側の構造(細胞外基質)に関わる遺伝子、免疫の調節に関わる遺伝子です。機能の分析では、「外部からの刺激への応答」や「細胞外領域」、さらにサイトカイン(細胞間の情報伝達に関わる物質)とその受容体の相互作用に関わる経路が、3つの比較に共通して挙がりました。
研究から分かること
この研究は、飼料に加えるセレンの量を上限の0.5ミリグラムにそろえた場合でも、セレンの種類によって豚の体にたまるセレンの量が違うことを示しました。チベット豚では、成長や大半の肉質項目を損なうことなく、セレン酵母が筋肉を含む組織のセレン量を最も高めたと報告されています。
筋肉の遺伝子発現の違いについては、著者らが考えられる働きを示しています。ただし、筋肉の機能そのものを直接確かめる解析は今後必要だと、論文自身が認めています。今回の結果は、セレンを多く含む豚肉づくりでセレンの種類を選ぶための、一つの比較データとして位置づけられます。
原著論文の著者・所属:Xiaobo Guo(Ganzhou Animal Husbandry and Fisheries Research Institute, Ganzhou 341000, China; Jiangxi Province Key Laboratory of Animal Nutrition and Feed, Jiangxi Agricultural University, Nanchang 330045, China; Jiangxi Research Institute of Selenium-Enriched Agriculture and Industry, Ganzhou 341000, China)、Xiaocui Lin(Ganzhou Animal Husbandry and Fisheries Research Institute, Ganzhou 341000, China)、Haopeng Zhong(Ganzhou Animal Husbandry and Fisheries Research Institute, Ganzhou 341000, China; Jiangxi Province Key Laboratory of Animal Nutrition and Feed, Jiangxi Agricultural University, Nanchang 330045, China)、Daibo Fu(Jiujiang Academy of Agriculture Sciences, Jiujiang 332000, China)、Minfeng Ding(Jiangxi Province Key Laboratory of Animal Nutrition and Feed, Jiangxi Agricultural University, Nanchang 330045, China)、Weican Zhang(Jiangxi Province Key Laboratory of Animal Nutrition and Feed, Jiangxi Agricultural University, Nanchang 330045, China)、Xingping Chen(Jiangxi Province Key Laboratory of Animal Nutrition and Feed, Jiangxi Agricultural University, Nanchang 330045, China)、Xin Li(Jiangxi Province Key Laboratory of Animal Nutrition and Feed, Jiangxi Agricultural University, Nanchang 330045, China)、Tiande Zou(Jiangxi Province Key Laboratory of Animal Nutrition and Feed, Jiangxi Agricultural University, Nanchang 330045, China)、Jun Chen(Jiangxi Province Key Laboratory of Animal Nutrition and Feed, Jiangxi Agricultural University, Nanchang 330045, China)、Jinming You(Jiangxi Province Key Laboratory of Animal Nutrition and Feed, Jiangxi Agricultural University, Nanchang 330045, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Xiaobo Guo, Xiaocui Lin, Haopeng Zhong, et al. Effects of Dietary Selenium Sources on Meat Quality, Tissue Selenium Deposition, and Transcriptome Profiling of Longissimus dorsi Muscle in Tibetan Pigs. Foods 2026-09-10. DOI: 10.3390/foods15183202. 原著ライセンス:CC BY.