著者の所属・活動拠点の国は、インドネシアです。
掲載誌:Agrarian science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
インドネシアは多くの島と民族からなる国で、食文化も地域ごとに大きく異なります。中でも、牛肉などの哺乳類の肉をココナッツミルクで煮込む料理は、ルンダンをはじめ広く知られています。それでも著者らによれば、こうした料理を、食の民族誌(ある社会の食べ物や調理の習慣を記録し、文化として読み解く研究)や文化的アイデンティティの観点から集中的に調べた研究はこれまでありませんでした。
そこで研究チームは、ココナッツミルクを使った哺乳類肉料理について、使われる動物の種類、肉の部位、下ごしらえと切り方、香辛料の使い方に地域的なパターンがあるかを明らかにしようとしました。
調べた方法
中心となる資料は、1967年に政府の後押しで刊行された料理書『ムスティカ・ラサ』です。この本は独立後のスカルノ政権期にまとめられた全国規模のレシピ集で、著者らは当時のたんぱく質不足対策の一環だったとも紹介しています。研究チームはこの本に加え、ほかの料理書、学術論文、伝統料理のデジタル資料も調べました。
対象としたのは、牛・ヤギ・羊・豚の肉を主材料とし、ココナッツミルクで調理することが明記された料理です。料理ごとに、出身地、主な肉、使う部位、切り方(切り分けるか、刻む・ミンチにするか)、そしてすりつぶした生の香辛料ペーストの種類を記録しました。そのうえで、件数と割合を集計し、地図上に分布を示しています。さらに2025年6〜8月には、西スマトラ、中部ジャワ、東ジャワの伝統市場で調理の様子を観察しました。
著者らは限界も認めています。分析が一冊の歴史的料理書に大きく依存していること、資料が無作為に選ばれたものではないため統計は記述的なものにとどまり、割合は目安として読むべきであることなどです。
主な結果
『ムスティカ・ラサ』にもとづく一覧表には26品が挙がっています。最も多様な料理が見られた地域は西スマトラでした。代表的なのは、ルンダン、カリオ、そして特に種類の多いグライ(カレーに似た煮込み)です。これらは濃いココナッツミルクでじっくり煮込むのが特徴です。論文の説明によると、カリオはルンダンを作る途中段階にあたり、さらに水分を飛ばして煮詰めると、色が濃く保存性の高いルンダンになります。ルンダンはミナンカバウの人々にとってアイデンティティの象徴であり、大切な行事に欠かせない料理とされています。一方、この本には、パプアの「ココナッツミルクで調理した哺乳類肉料理」は一品も記録されていませんでした。著者らは、これが実際の食文化の違いによるものなのか、国の出版物でパプアの料理が十分に記録されてこなかったためなのかは判断できないとしています。
肉の種類では牛肉が圧倒的に多く、豚肉は最も少数でした。著者らは、これがイスラム教徒が多数を占めるインドネシアのハラール(イスラム教で許された食べ物)の慣習に対応していると述べています。豚肉料理として挙がっているのは、ヒンドゥー教徒が多いバリ島の料理です。牛では筋肉部分のほか、脳、尾、腱、肝臓も使われていました。
下ごしらえでは「切り分ける」が92.3%を占め、「刻む・ミンチにする」は2品(7.7%)だけでした。香辛料の準備には、すり鉢とすりこぎのような伝統的な道具が今も重要な役割を果たしていました。香辛料ペーストは白・黄・赤・黒の4種類に整理され、最も多い赤は調べた料理の57.6%で使われていました。また、中部ジャワの料理はヤシ砂糖を加えた甘い味つけが特徴だと紹介されています。
研究が示すこと
著者らは、ココナッツミルクを使った哺乳類肉料理は変化し続ける文化表現であり、インドネシアの国民的な文化的アイデンティティを形づくる重要な要素だと結論づけています。論文が描き出した食材や宗教上の慣習による地域差は、身近な料理を単なる食べ物としてではなく、地域や信仰の違いを映し出す文化の記録として読み解く視点を示しています。
原著論文の著者・所属:L. R. Rahmah(Akademi Kuliner dan Patiseri OTTIMMO Internasional)、N. I.P. Sari(Akademi Kuliner dan Patiseri OTTIMMO Internasional)、A. N.M. Ansori(Universitas Airlangga; Uttaranchal University; Virtual Research Center for Bioinformatics and Biotechnology)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):L. R. Rahmah, N. I.P. Sari, A. N.M. Ansori. Mammalian Meat in Indonesian Coconut Milk Cuisine: Tradition, Diversity, and Cultural Identity. Agrarian science 2026-08-09. DOI: 10.32634/0869-8155-2026-408-07-162-172. 原著ライセンス:CC BY.