この研究は、カナダ、ドイツの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Journal of Agricultural Economics

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

何を目的とした論文か

この論文は、Journal of Agricultural Economics(農業経済学誌)に掲載されてきた消費者行動と食料需要に関する研究を、過去100年にわたって振り返ったものです。著者らは、農業経済学会の創立100周年という節目に合わせ、この分野の研究がどのように始まり、どのように広がっていったのかを整理することを目的としています。

著者らが紹介している1932年の論文には、すでに次のような指摘があったといいます。市場向けに生産する時代にあっては、消費者の需要を研究することがきわめて重要であるにもかかわらず、農産物の小売段階の問題は農業経済学の範囲外とみなされがちである、というものです。つまり消費者研究は、当時の農業経済学の中心からやや外れた位置にありながら、その重要性は早い段階から認識されていた、と著者らは読み取っています。

どのように調べたか

著者らは、対象をこの学術誌に掲載された論文に限定しました。2025年10月にWeb of ScienceとScopusで、題名に「consum*」および「demand」を含む論文を検索し、120本を得ています。そこから題名と要旨をもとに、肥料需要など別の主題を扱ったものを除いて103本に絞り、書評も対象外としました。さらに全巻の目次を手作業で確認したところ、合計約150本になったとしています。追加で見つかったものは主に初期の年代のもので、当時は現在ほど検索可能な索引が整っていなかったためだと著者らは説明しています。

集めた論文は主題ごとに分類されました。主な主題は、属性、需要、需要体系、食品安全、フードシステムの機能、栄養、持続可能な消費です。さらに細かい副主題も付けており、たとえば「需要」の下では「品目:かんきつ類」や「消費者動向」、「持続可能な消費」の下では「エコラベル・環境」「動物福祉」「原産地」といった具合です。被引用数も参考として記録していますが、収録の下限となる引用数は定めていません。引用の慣行が100年の間に大きく変わったためだと述べています。

論文全体は、大きく二つの流れに沿って構成されています。一つは、需要関数や需要体系を用いて食料需要を分析する研究の流れです。もう一つは、食品を属性の束としてとらえる「属性に基づく需要研究」の流れで、著者らは1990年代のBSE(牛海綿状脳症)危機が食品安全への関心を高めたことを、この転換の契機として位置づけています。

報告されている主な内容

初期の研究は、まずデータの整備とともに始まったと著者らは述べています。国レベルで食料供給を評価する試みは1930年代に始まり、この学術誌では1936年にLloydが食料供給のデータをたんぱく質・炭水化物・カロリーといった栄養素に分解した研究を発表しました。そこでは、1909〜13年から1934年にかけてカロリー消費が6%増加した一方、小売価格で重みづけした食料消費の総量指数は25%増加したと報告され、食事の質が大きく改善したことを示したとされています。あわせて所得階層別の食料支出も記述され、所得と食料消費の関係への関心が早くから現れていたと著者らは指摘します。

第二次世界大戦中とその直後、食料市場は配給制のもとにありました。配給が解除され市場の力が再び働き始めると、市場の機能そのものが研究対象として関心を集めます。当時の需要分析は、牛乳や肉といった単一の需要式に基づくものが多く、1959年のBrownの研究は、1954〜58年の価格弾力性と所得弾力性を扱った、英国における戦後初の食料需要の評価だと位置づけられています。1960年代には全国食料調査の年次報告が公表され、食料消費と支出についての知識は大きく前進しました。ただし集計されたデータでは支出と所得や世帯規模との関係が分からないという限界があり、地域差や横断データの活用が論じられるようになります。1985年のLundとDerryの研究は、1人当たり消費量を世帯の属性、調査地域、所得、世帯構成、家事担当者の年齢、住宅の保有形態、冷凍庫の所有と結びつけた、世帯属性と食料需要の多変量分析の早い試みだと紹介されています。

その後の展開として著者らが挙げるのは、経済理論と計量手法の結びつきです。ここで登場する「弾力性」とは、価格や所得が変化したときに需要がどれだけ動くかを示す尺度です。1980年のYoungは、インスタントコーヒーを例に、値上げと値下げに対する消費者の反応が対称ではないことを検討し、その理由として依存、習慣の形成、価格変動についての情報の限界を挙げました。1989年のFulponiは、この学術誌で初めて「ほぼ理想的需要体系(AIDS)」の線形近似型を応用し、1959〜85年のフランスの肉類需要を年次データで推定しています。以後、誤差修正モデルを用いた動的なAIDS、共和分データのもとでの理論的性質の検定、ベイズ的な推定手法へと、計量技術の精緻化が続いたと整理されています。1990年代以降はミクロデータが利用しやすくなり、支出がゼロの世帯をどう扱うかが課題となって、二重ハードルモデルなどの手法が用いられるようになりました。肉を食べるかどうかの意思決定を扱った研究、女性の時間の機会費用を水産物需要に導入した研究、スペインの外食需要を扱った研究などが例として挙げられています。

品質の違いによる差別化も早くから扱われてきました。1956年のDuncanは冷凍肉が国際貿易で持つ意味に着目し、豪州や南米から英国へ輸入された肉が労働者階級だけでなく中産階級にも需要を広げた一方、アルゼンチンからのチルド肉の輸入が市場に品質の差別化をもたらしたと述べています。1960年のBainとBrownは、英国のかんきつ類生鮮果実の消費が戦前から1950年代にかけて減ったことを取り上げ、食生活が多様化してジュースやアイスクリームなどの新しい準ぜいたく品に置き換わったこと、より加工され利便性の高い形で食べる傾向が出たことを理由として挙げました。著者らは、1930年代から1990年代にかけての研究が、食料消費と支出の記述的な分析から、理論に裏づけられた需要体系の計量分析へと進んだとまとめ、所得が上がり市場が発展するにつれて食料需要はより多様で品質志向になるという知見が一貫して見られると述べています。

過去35年ほどの間に、研究の関心はさらに広がりました。著者らは、その土台として1966年のLancasterの考え方、すなわちある財の需要を理解するにはその財を構成する特性(属性)への需要を理解しなければならないという見方を挙げています。この分野では、離散選択実験、仮想評価法、コンジョイント分析といった、回答者に選択や支払意思額を尋ねる「表明選好」の調査手法が多く用いられます。これらは仮想の状況を尋ねるために現実との乖離(仮説バイアス)を伴いますが、市場にまだ存在しない属性やその組み合わせを検討でき、情報が需要にどう影響するかを評価できる点で有力な道具だと説明されています。より資源を要するものの、回答が誘因と両立しやすい実験オークションや野外実験の利用も比較的近年に増えました。実際の購買データを用いる「顕示選好」の分析は、小売段階で属性を十分細かく追えるデータが手に入るかどうかに制約されると述べられています。

属性に基づく研究は、三つの大きな主題に整理されています。第一は食品安全、リスク、新技術です。サルモネラなどの食中毒菌をめぐる不安、とくに牛肉のBSE危機を背景に、1990年代後半から消費者のリスク認知を扱う研究が続きました。6か国のEU消費者を対象にした研究では、牛肉の安全性を判断する過程が複雑であることと、その過程が国によって異なることが示され、EU全体で共通の方策をとる難しさが浮かび上がったとされています。米国・カナダ・日本を比べた研究では、食品安全の手がかりとして信頼特性(有機、自然、追跡可能性、原産国の表示など)に頼る人ほどリスク認知が高い、と報告されています。ここでの「信頼特性」とは、食べても見分けがつかず、表示や認証を通じてしか確かめられない性質を指します。信頼、すなわち他者一般への信頼と、フードシステムや認証機関などへの制度的信頼が、リスク認知の要因として重ねて取り上げられてきたと整理されています。新技術については、遺伝子組換え作物が商業化された1990年代後半以降、消費者の態度や支払意思額、選好のばらつきを扱う研究が蓄積しました。健康面など消費者に直接の利点をもたらす「第二世代」の遺伝子組換え・ゲノム編集食品がより受け入れられるかという問いについては、それ以前の研究と同様に「場合による」という答えになりそうだと著者らは述べています。角のない牛にゲノム編集された乳牛の牛乳への反応を、技術の情報と動物福祉の情報とともに検討した研究も紹介されています。ナノテクノロジーの食品応用や培養肉など、他の新技術への反応を扱う研究も少数ながら増えているとされます。

第二の主題は、原産地、動物福祉、エコラベルをまとめた「持続可能な消費」です。原産地はしばしば食品安全のリスク認知や、より広い品質の観念と結びつけられ、BSE危機はリスク認知と原産国の関係を扱う研究の契機となり、2013年の馬肉混入問題は肉類の原産地情報への関心を再び高めたと述べられています。米国の原産国表示の義務化規則やEUの原産地呼称保護の制度は、規制された原産地表示を消費者がどう理解しているか、義務表示と任意表示のどちらが望ましいか、特定の表示にどんな品質が結びつけられているかという問いを促しました。EUの地域認証ラベルについては、消費者の受け取り方に品質保証の側面と、地域経済を支えたいという経済的支援の側面があると報告されています。全体として原産国表示への支払意思額は有意に正で、輸入品より国産品への選好が強い傾向が見られるとされますが、支払意思額の推定値は地域、対象が植物性か動物性か、実験の設計(属性の数や選択肢を選ばない選択の有無)によって左右されるという分析も紹介されています。動物福祉については、報道が肉の需要に及ぼす影響、保証の水準や出所への反応、他の信頼特性との関係が扱われ、消費者の選好に大きなばらつきがあることが共通して見いだされています。動物福祉を強く重視する層がいる一方で、多くの人は比較的無関心であり、重視する人は有機や環境の持続可能性といった倫理的な側面をもつ他の特性にも動機づけられていることが多い、という整理です。著者らは、実際の購買データと表明選好の結果に食い違いが生じうる点も指摘しています。世帯の購買記録を用いた分析では動物福祉(放し飼い卵など)への支払意思額は比較的小さく、需要体系を用いた分析では、動物福祉に関する報道の注目が米国の豚肉・鶏肉部門の肉需要に長期的に小さいながら統計的に有意な負の影響を与え、食料支出は他の肉ではなく肉以外の食品へ振り替えられていたと報告されています。

第三の主題は栄養と健康です。著者らは、初期のLloydによる栄養素への分解から、近年の栄養・健康表示や政策の効果を実際の市場データで検討する研究まで、この関心が長く続いていることを示しています。これらの主題が前面に出てくる一方で、古典的な食料需要分析の枠組みも重要性を保ち続けたと述べられています。

この振り返りが示すもの

著者らの整理から見えてくるのは、消費者研究が農業経済学の周辺から中心へと移ってきた過程です。当初は特定品目の需要や消費動向を記述することが中心でしたが、やがて需要体系の理論と推定方法そのものが探究の対象となり、さらに食品の安全性、新技術の受容、持続可能性、栄養と健康へと問いが広がりました。

そして、問いが変わるたびに方法も作り替えられてきたことが、この100年の特徴として浮かび上がります。国レベルの供給統計から世帯のミクロデータへ、既存の統計の二次利用から調査や実験によるデータの自前の収集へ。農業が直面する課題が新しくなるにつれ、それを捉える道具立ても更新されてきた、という見取り図です。食料需要の研究とは、価格と量の関係を測るだけでなく、人が食べものに何を求めているのかを問い続ける営みだったことが、この振り返りから伝わってきます。

著者:Jill E. Hobbs(Department of Agricultural and Resource Economics University of Saskatchewan Saskatoon Canada)、Jutta Roosen(TUM School of Management, Chair of Marketing and Consumer Research Technical University of Munich Munich Germany)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jill E. Hobbs, Jutta Roosen. Pushing the Boundaries: Studies on Consumers and Food Demand in the Journal of Agricultural Economics. Journal of Agricultural Economics 2026-09-11. DOI: 10.1111/1477-9552.70079. 原著ライセンス:CC BY.