日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:Journal of Food Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
卵の殻の内側にある薄い膜「卵殻膜」は、卵の加工で大量に出ますが、通常は産業廃棄物として捨てられています。卵殻膜は約9割がたんぱく質で、コラーゲンやヒアルロン酸などを含むことが知られています。研究チームは以前の研究で、卵殻膜を酵素(パパイン)で分解したもの(以下、酵素分解卵殻膜)が、皮膚の表面をつくる細胞「ケラチノサイト(表皮角化細胞)」の分化を促すことを報告していました。
分化とは、皮膚の奥で増えた細胞が表面へ移動しながら性質を変え、皮膚のバリアをつくる成熟した細胞になっていく過程です。ただし、酵素分解卵殻膜がなぜ分化を促すのか、その分子の仕組みはよく分かっていませんでした。今回の研究では、新生児由来のヒト表皮ケラチノサイトを培養し、その仕組みと、効果をもつ成分の性質を調べました。
分化を促す働きとカルシウムの関わり
培養液に酵素分解卵殻膜を1ミリリットルあたり0.5〜4.0ミリグラムの濃度で加えたところ、細胞は分化に伴う平たい形に変わり、その変化は濃度が高いほど目立ちました。分化の初期の目印となる遺伝子KRT1、KRT10や、後期の目印となるKRT13の働きも濃度に応じて高まり、後期の目印であるインボルクリンやフィラグリンなどの遺伝子も、程度は小さいものの増加しました。さらに、細胞にカルシウムを取り込む通り道となるTRPV3というたんぱく質の遺伝子も、高い濃度で有意に増えていました。
表皮細胞の分化は、細胞の外のカルシウム濃度の上昇が引き金になることが知られています。卵殻膜由来のカルシウムが原因ではないかを確かめるため、研究チームは塩化カルシウムだけを細胞に与える実験も行いました。その結果、初期の目印の遺伝子は増えたものの、後期の目印の増加は控えめで、TRPV3も変化しませんでした。また、最も高い濃度の酵素分解卵殻膜を加えた培養液のカルシウム濃度は約0.8ミリモル濃度で、分化を十分に起こすのに通常必要とされる1.5〜2.0ミリモル濃度より低い値でした。著者らは、カルシウムだけでは効果を説明できず、ほかの成分も関わっていると考えています。
関わる信号の経路と有効成分の手がかり
研究チームは、細胞内で情報を伝える仕組み(シグナル経路)のうち、PKCとAktと呼ばれる酵素がかかわる経路に注目しました。過去の遺伝子発現データの再解析ではPKCの活性化が予測され、高い濃度ではPKCに関連する遺伝子の働きが高まりました。Aktについては再解析では抑制が予測されましたが、実際にたんぱく質を調べると、高い濃度でAktが活性化した状態を示す変化が増えていました。一方、分化にかかわる別の経路であるNotch経路の主な変化は見られませんでした。
それぞれの経路の働きを薬剤で止める実験では、どちらを止めても細胞が平たくなる変化が見られなくなりました。遺伝子レベルでは、Aktにつながる経路を止めると初期の目印(KRT1、KRT10)の増加が抑えられ、PKCを止めると後期の目印の一部(フィラグリンなど)の増加が抑えられました。著者らは、Aktの経路が分化の初期、PKCの経路が後期に関わっていると考えています。
また、分子の大きさで成分を分ける分析では、効果が見られる酵素分解卵殻膜に、分子量約1000付近の成分が、効果が見られなかった水酸化ナトリウム処理の卵殻膜よりも多く含まれていました。ただし、この分析では成分を特定するには至っていません。
研究が示すこと
この研究は、酵素で分解した卵殻膜に表皮細胞の分化を促す成分が含まれ、その働きにはTRPV3を介したカルシウムの取り込みと、PKCおよびAktの経路が関わっている可能性を示しました。捨てられがちな卵殻膜が皮膚の健康に役立つ素材としての価値をもつ可能性について、仕組みの面から手がかりを与える成果です。
一方で、著者らは、結果が培養細胞での実験に基づくこと、有効成分が特定されていないこと、使った濃度が食事や塗布で実際に届く量を上回る可能性があることを限界として挙げています。
原著論文の著者・所属:Kyohei Furukawa(Animal Nutrition, Graduate School of Bioagricultural Sciences Nagoya University Nagoya Japan; Graduate School of Agricultural and Life Sciences The University of Tokyo Tokyo Japan)、Chika Ando(Graduate School of Agricultural and Life Sciences The University of Tokyo Tokyo Japan)、Tetsuro Kataoka(Graduate School of Agricultural and Life Sciences The University of Tokyo Tokyo Japan)、Yukio Hasebe(ALMADO Inc. Tokyo Japan)、Hisanori Kato(Graduate School of Agricultural and Life Sciences The University of Tokyo Tokyo Japan; Nutritional Biochemistry, Department of Applied Nutrition Undergraduate School of Nutrition Sciences Japan Nutrition University Sakado Japan)、Huijuan Jia(Graduate School of Agricultural and Life Sciences The University of Tokyo Tokyo Japan)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Kyohei Furukawa, Chika Ando, Tetsuro Kataoka, et al. Enzymatically Hydrolyzed Eggshell Membrane Promotes Keratinocyte Differentiation Associated With PKC and Akt Signaling Pathways. Journal of Food Science 2026-08-01. DOI: 10.1111/1750-3841.71412. 原著ライセンス:CC BY.