著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Gels
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
ヤクは標高2500〜6000メートルの寒冷な高地に適応した家畜で、世界のヤクの95%以上が中国の青海・チベット高原に分布しています。ヤク乳は固形分やたんぱく質、脂肪が多く、チーズづくりに向いているとされます。これまでの研究では、牛乳よりチーズの収量が多いことも報告されています。一方で、ヤク乳の多くは生乳や伝統的な乳製品として消費されており、付加価値の高い製品への利用はまだ一部にとどまっています。
チーズづくりでは、凝乳酵素(レンネット)で乳を固める工程が品質を大きく左右します。この工程の主役は、乳たんぱく質のカゼインが集まってできた微小な粒子「カゼインミセル」です。ヤクのカゼインミセルは牛より大きく、表面を安定させるκ(カッパ)-カゼインの割合が低く、カルシウムを多く含みます。そのため、ヤク乳はより硬いゲルを作る一方、固まり始めるまでに時間がかかることが先行研究で報告されていました。ただし、こうした性質がどのような仕組みで凝固に影響するのかは、十分に分かっていませんでした。研究チームは、ヤクと牛のカゼインミセルを混ぜた系でレンネットによるゲルの性質と形成の仕組みを調べました。
何を調べたか
著者らは、ヤク乳と牛乳の脱脂乳から膜ろ過(限外ろ過)でカゼインミセルを取り出しました。これを、ヤク由来の割合が0%、25%、50%、75%、100%になるように混ぜた5種類の試料を作りました。試料はそれぞれY0、Y25、Y50、Y75、Y100と呼ばれています。どの試料もたんぱく質濃度をそろえ、違いが混合比率だけから生じるようにしています。
続いて、粒子の大きさを測定し、レンネットを加えた後の反応を追跡しました。具体的には、κ-カゼインが切断されて放出される断片(グリコマクロペプチド)の放出速度と、ゲルの弾性(貯蔵弾性率)の時間変化を調べています。さらに、ゲルを支える分子間の力を推定するため、水素結合、カルシウムによる橋渡し、疎水性相互作用をそれぞれ壊す薬剤でゲルを処理し、溶け出すたんぱく質の量を比較しました。顕微鏡による微細構造の観察と、硬さなどの食感指標の測定も行いました。
主な結果
牛のカゼインミセルの平均粒径は約134ナノメートル、ヤクは約182ナノメートルで、ヤクのほうが大きいことが確認されました。混合した試料では2種類の粒子が凝集せずに分散していました。
レンネットを加えた後の断片の放出速度は、Y75が牛のみのY0と同程度で、Y25、Y50、Y100より速くなりました。ゲル化が始まるまでの時間は、Y0が約10分で最も短く、Y75は約11.7分でした。これはY25(約13.3分)、Y50(約14.2分)、Y100(約15分)より短い値です。また、ゲルの弾性はY75が最も高く、ヤクのみのY100(約1653パスカル)を上回りました。
分子間の力を調べた実験では、水素結合を壊す尿素で処理すると、すべての試料で同程度のたんぱく質が溶け出しました。このことから、水素結合はヤクと牛の比率に関係なく、ゲル全体を支える基本的な力と考えられます。一方、カルシウムを奪うEDTAや、疎水性相互作用を壊すSDSで処理した場合は、ヤクの割合が高い試料ほど多くのたんぱく質が溶け出しました。これは、ヤク由来の成分が多いゲルほど、カルシウムによる橋渡しや疎水性相互作用への依存度が高いことを示しています。ただし、著者らはミセル中のリン酸カルシウムの量を直接測定してはいないと述べています。
顕微鏡観察では、牛のみのゲルは隙間の大きい粗いネットワークでした。ヤクの割合が増えるにつれて構造は緻密になり、Y75が最も密で均一な構造を示しました。Y100も密ではあったものの、大きな塊が目立ち、より不均一でした。食感の測定でも、硬さはY0の76.20グラムからY75で最大の111.63グラム(約1.46倍)に増加し、Y100の106.78グラムをわずかに上回りました。かみごたえを表す指標もY75で最も高くなりました。
研究が示すこと
研究チームは、Y75の優れた性質を次のような仕組みで説明しています。大きなヤクのカゼインミセルがゲルの骨組みとなり、その隙間を小さな牛のミセルが埋めることで網目が緻密になります。そこにヤク由来のカルシウムによる橋渡しや疎水性相互作用が加わり、ゲルが補強されるというものです。著者らは、この効果は単に両者の中間的な性質ではなく、混合による相乗効果だと考えています。
この研究は、ヤクと牛のカゼインミセルを適切な比率で混ぜると、それぞれ単独よりも硬く緻密なゲルが得られることを、試験した比率の範囲で示しました。ヤク乳を活かしたチーズの配合を考えるうえでの理論的な手がかりになる成果です。ただし、今回の実験は取り出したカゼインミセルを使ったものであり、著者ら自身も、実際の乳全体や試験規模のチーズ製造でさらに検証が必要だと述べています。
原著論文の著者・所属:Puwei Yan(College of Food Science and Engineering, Gansu Agricultural University, Lanzhou 730070, China)、Shaobo Zhen(School of Hotel Management, China University of Labor Relations, Beijing 100089, China)、Liya Zhang(College of Food Science and Engineering, Gansu Agricultural University, Lanzhou 730070, China)、Zhaobin Guo(College of Food Science and Engineering, Gansu Agricultural University, Lanzhou 730070, China)、Yan Zhang(College of Food Science and Engineering, Gansu Agricultural University, Lanzhou 730070, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Puwei Yan, Shaobo Zhen, Liya Zhang, et al. Rennet-Induced Mixed Yak–Cow Casein Micelle Gels: Gelation Properties and Formation Mechanisms. Gels 2026-08-03. DOI: 10.3390/gels12080683. 原著ライセンス:CC BY.