著者の所属・活動拠点の国は、ロシアです。
掲載誌:AgriEngineering
ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF
研究の目的
温室やビニールハウスでは、太陽光のうち植物が利用しにくい紫外線や紫色の光を、光合成に使いやすい赤い光に変える「光変換被覆材」が使われています。被覆材に混ぜる発光材料には、ローダミンなどの有機色素や希土類(ユウロピウムなど)の化合物があります。論文によると、ローダミン系は比較的安価ですが光で劣化しやすく、希土類系は長持ちする一方で高価です。
研究チームが注目したのは量子ドットです。量子ドットは数ナノメートルから数十ナノメートルの半導体の粒子で、粒の大きさや殻の厚さを変えると発光の色を調整できます。研究チームは、赤く光るように設計した量子ドットを使って被覆材を作りました。この研究の目的は、トマトを生物試験系として育て、この被覆材が実際に機能するかを評価することです。
どのように調べたか
研究チームは、セレン化カドミウム(CdSe)の芯を硫化カドミウム(CdS)と硫化亜鉛(ZnS)の殻で包んだ量子ドットを合成しました。粒の大きさは約23ナノメートルです。この量子ドットをフッ素系樹脂に分散させ、0.6メートル×1メートルのガラス板に吹き付けて被覆材を作りました。比較のため、発光材料を含まない被覆材を対照とし、すでに使われている技術の例としてローダミンBを含む被覆材も参照として用意しました。
量子ドットの被覆材は361ナノメートル付近の紫外光をよく吸収し、618ナノメートル付近の赤い光を出しました。ローダミンBの被覆材も615ナノメートル付近で発光し、両者の発光の幅は同程度でした。ただし、量子ドットの被覆材はローダミンBより幅広い波長の光を吸収できました。論文はこの点を、太陽光のより多くの部分を赤い光に変えられる利点としています。一方、ローダミンBには発光の効率が高く、青い光を吸収しないという利点があると述べています。
トマトは管理された栽培環境でそれぞれの被覆材の下で育てられ、播種から45日目に調べられました。測定項目は、葉の気体交換(蒸散や気孔の開き具合など)、葉緑素の蛍光から推定する光エネルギーの使われ方、葉の過酸化水素量と、それを分解する酵素の活性、茎の長さ、葉の数、葉緑素量です。
主な結果
光変換被覆材の下で育ったトマトでは、吸収した光エネルギーのうち光合成の化学反応に回る割合を示す指標「Y(II)」が高くなりました。光に25分慣らした後の値は、被覆材の下の植物で0.6、対照で0.47でした。対照の植物は、余った光エネルギーを熱として安全に逃がす仕組みにより多く頼っていました。論文はこれを、光合成で電子がうまく流れていないためと解釈しています。
蒸散と気孔の開き具合は、被覆材の下の植物で明るいときも暗いときも高くなりました。対照の植物は光が当たってから蒸散が始まるまで4〜5分かかりましたが、被覆材の下の植物では1〜2分でした。その一方で、水をどれだけ効率よく使っているかを示す値は対照の方が有意に高くなりました。
被覆材の下の植物では、葉の過酸化水素量と、葉緑体で過酸化水素を分解する酵素アスコルビン酸ペルオキシダーゼの活性が高くなりました。別の分解酵素カタラーゼの活性には差がありませんでした。研究チームはこの組み合わせから、増えた過酸化水素はおもに光合成の場である葉緑体から生じたと考えています。さらに、一般的な酸化ストレスというより、植物の調節に関わる信号として働いている可能性があると述べています。
生育面では、どちらの被覆材でも葉の数が増えました。ローダミンBの被覆材では茎が長くなり、量子ドットの被覆材では葉緑素量が多くなりました。
この研究が示すこと
著者らは、量子ドットとローダミンBの光変換被覆材はいずれも光環境を変え、管理された栽培条件でトマトの生理状態に影響したと結論づけています。光合成の効率や一部の生育の指標が向上したことは、赤く光る量子ドットの被覆材が光変換材料として機能しうることを示しています。ただし論文は、最終的な収量や植物体に含まれるカドミウムの量はこの研究では評価していないと明記しています。
原著論文の著者・所属:Denis V. Yanykin(Institute of Basic Biological Problems of the Russian Academy of Sciences, Federal Research Center “Pushchino Scientific Center for Biological Research” FRC PSCBR of the Russian Academy of Sciences, Institutskaya Str. 2, 142290 Pushchino, Russia; Prokhorov General Physics Institute of the Russian Academy of Sciences, 119991 Moscow, Russia)、Mark O. Paskhin(Prokhorov General Physics Institute of the Russian Academy of Sciences, 119991 Moscow, Russia)、Sergey A. Shumeyko(Prokhorov General Physics Institute of the Russian Academy of Sciences, 119991 Moscow, Russia)、Dmitry A. Zakharov(Prokhorov General Physics Institute of the Russian Academy of Sciences, 119991 Moscow, Russia)、Grigorii A. Oloviannikov(Prokhorov General Physics Institute of the Russian Academy of Sciences, 119991 Moscow, Russia)、Nikita S. Parashchuk(Prokhorov General Physics Institute of the Russian Academy of Sciences, 119991 Moscow, Russia)、Denis N. Chausov(Prokhorov General Physics Institute of the Russian Academy of Sciences, 119991 Moscow, Russia)、Yurii Trutnev(Prokhorov General Physics Institute of the Russian Academy of Sciences, 119991 Moscow, Russia)、Sergey V. Gudkov(Prokhorov General Physics Institute of the Russian Academy of Sciences, 119991 Moscow, Russia)、Valeriy A. Kozlov(Department of Fundamental Sciences, Bauman Moscow State Technical University, 5, 2nd Baumanskaya Str., 105005 Moscow, Russia; Prokhorov General Physics Institute of the Russian Academy of Sciences, 119991 Moscow, Russia)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Denis V. Yanykin, Mark O. Paskhin, Sergey A. Shumeyko, et al. Photoconversion Covers Based on CdSe/CdS-ZnS Quantum Dots Improve Photosynthetic Performance and Vegetative Growth of Tomato Plants (Solanum lycopersicum). AgriEngineering 2026-08-03. DOI: 10.3390/agriengineering8080322. 原著ライセンス:CC BY.