著者の所属・活動拠点の国は、トルコです。
掲載誌:Biomedicines
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
うつ病などの精神神経疾患には、セロトニンなどの神経伝達物質(モノアミン)の働きの変化に加えて、神経細胞のつながりが柔軟に作り替えられる性質(神経可塑性)や、神経の成長・維持を支える仕組みの低下も関わると考えられています。代表的な抗うつ薬であるセルトラリンやフルオキセチンは、セロトニンを回収する輸送体(SLC6A4、SERTとも呼ばれます)に作用してシナプスのセロトニン量を増やします。著者らによれば、抗うつ薬の効果はそれだけでは説明しきれず、神経栄養因子BDNFとその受容体TrkB(遺伝子名NTRK2)を介した信号などとの関連も指摘されています。
研究チームは、トルコで市販されているパッションフラワー(パッシフローラ)を主体とする多成分サプリメント「Calm」に注目しました。この製品にはバレリアン、ジャーマンカモミール、レモンバーム、ホップ、サフランの抽出物のほか、5-ヒドロキシトリプトファン(5-HTP)、L-トリプトファン、ビタミンB6が含まれています。こうした多成分製品が、細胞レベルで抗うつ薬に関連する分子や神経可塑性に関わる遺伝子の働きにどう関わるかは分かっていません。論文は、Calmの治療効果を示すことではなく、その可能性を予備的に探ることを目的としていると明記しています。
何を調べたか
第一段階として、研究チームはコンピューター上で分子同士の結合のしやすさを予測する「分子ドッキング」という手法を使いました。Calmの代表的な成分として、バレリアン由来のバレレン酸、ハルミン、アピゲニン、サフラナール、5-HTP、ロスマリン酸、キサントフモール、ピリドキサール-5-リン酸(ビタミンB6の活性型)の8種類を選び、比較用のセルトラリンとフルオキセチンとともに、4種類のタンパク質との結合を予測しました。対象は、セロトニン輸送体SLC6A4、モノアミンを分解する酵素MAOA、細胞の生存や可塑性の信号に関わるAKT1、そしてBDNFの受容体NTRK2です。結合エネルギーの値はマイナスが大きいほど、結合が強いと予測されることを意味します。
第二段階では、神経細胞に似た性質を持ち、神経に作用する物質の初期評価に広く使われるヒト神経芽腫由来のSH-SY5Y細胞を用いました。まず、Calmを10〜200 µg/mLの濃度で24時間加え、MTT法で細胞の生存・代謝活性を調べました。さらに、ドッキングでNTRK2が注目されたことから、Calm、セルトラリン、フルオキセチンをそれぞれ10 µg/mLで24時間加え、BDNF、NTRK2、そしてシナプス機能に関わるシナプシンI(SYN1)の3つの遺伝子の働き(発現量)を測定しました。
主な結果
ドッキングでは、4つの標的のうちSLC6A4とNTRK2に対して、より強い結合が予測される傾向がありました。比較用のセルトラリンはSLC6A4に−9.7 kcal/mol、NTRK2に−10.2 kcal/molの値を示しました。Calmの成分では、アピゲニンがSLC6A4に−10.0 kcal/mol、NTRK2に−9.6 kcal/molと、特に良好な結合予測を示しました。ロスマリン酸、キサントフモール、バレレン酸もこれらの標的に比較的良好な値を示しました。MAOAではハルミンが−8.6 kcal/molと、Calm成分の中で最も強い結合を予測されました。一方、AKT1に対しては多くの成分で結合予測が弱く、著者らはAKT1が直接の主要な結合相手である可能性は低いとみています。
MTT法では、10、30、60 µg/mLのCalmで、対照と比べて統計的に有意な数値の上昇(約137〜144%)が見られました。200 µg/mLではわずかに低下しましたが、有意な差ではありませんでした。著者らは、MTTの数値はミトコンドリアなどの代謝活性を反映するもので、これをそのまま神経保護と解釈すべきではないと述べています。
遺伝子発現では、10 µg/mLのCalmを24時間加えると、BDNFとNTRK2がそれぞれ約0.7倍、SYN1が約0.6倍と、いずれも有意に低下しました。比較用の薬では、フルオキセチンがSYN1を約0.7倍に有意に低下させましたが、BDNFとNTRK2には有意な変化はありませんでした。セルトラリンでは、いずれの遺伝子にも有意な変化は見られませんでした。
結果の意味と限界
著者らは、Calmの成分がセロトニンの伝達や神経栄養因子の信号に関わる分子、特にSLC6A4とNTRK2と相互作用しうることが示唆されたとしています。一方で、遺伝子発現の低下については、神経栄養機能を直接抑えたというより、24時間という短時間の処理で生じた初期の適応的な反応である可能性を挙げています。また、ドッキングで受容体への結合が予測されても、その受容体の遺伝子発現が増えるとは限らないとも説明しています。
論文は、ドッキングの数値はあくまで理論上の予測で、生物学的な活性を直接示す証拠ではないこと、SH-SY5Y細胞は成熟した神経細胞や脳の複雑さを再現しないこと、多成分製品であるためどの成分がどの反応に寄与したかは区別できないことを限界として挙げています。著者らはこれらの結果を、タンパク質レベルや機能面での確認を必要とする、仮説づくりのための予備的な知見と位置づけています。
原著論文の著者・所属:Lutfiye Karcioglu Batur(Biruni University Research Center (B@MER), Biruni University, 34015 Istanbul, Türkiye; Department of Molecular Biology and Genetics, Biruni University, 34015 Istanbul, Türkiye)、Ahsen Pektas(Kiperin Pharmaceutical and Food Industry and Trade Ltd., 34307 Istanbul, Türkiye)、Buse Aslan(Kiperin Pharmaceutical and Food Industry and Trade Ltd., 34307 Istanbul, Türkiye)、Nermin Akcali(Department of Medical Genetics, Faculty of Medicine, Bandirma Onyedi Eylul University, 10250 Balıkesir, Türkiye)、Zeyneb Mustafa(Kiperin Pharmaceutical and Food Industry and Trade Ltd., 34307 Istanbul, Türkiye)、Asli Ugurlu Bayarslan(Biruni University Research Center (B@MER), Biruni University, 34015 Istanbul, Türkiye; Department of Molecular Biology and Genetics, Biruni University, 34015 Istanbul, Türkiye)、Ebru Haciosmanoglu Aldogan(Department of Biophysics, Faculty of Medicine, Istanbul University-Cerrahpasa, 34320 Istanbul, Türkiye)、Savas Ustunova(Department of Physiology, Faculty of Medicine, Bezmialem Vakif University, 34093 Istanbul, Türkiye)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Lutfiye Karcioglu Batur, Ahsen Pektas, Buse Aslan, et al. In Silico and In Vitro Evaluation of Calm Supplement Constituents on Antidepressant-Related Molecular Targets and Neuroplasticity-Associated Gene Expression. Biomedicines 2026-08-03. DOI: 10.3390/biomedicines14081749. 原著ライセンス:CC BY.