著者の所属・活動拠点の国は、クロアチアです。

掲載誌:Food Technology and Biotechnology

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

総説の目的

多環芳香族炭化水素(PAH)は、炭素と水素からなり、ベンゼン環が複数つながった構造を持つ有機化合物の総称です。著者らは、PAHが人の健康へのリスク、特に発がんと関連づけられていると述べています。著者らによると、PAHは汚染された土壌や水から、家畜を通じて食物連鎖に入り、牛乳や卵に蓄積しえます。また食品の汚染は、一次生産の段階で環境から入る経路と、加熱や工業的な食品加工の段階で生じる経路の両方で起こりえるとされています。

食品や環境試料中のPAH分析を扱った総説は、これまでに数多く発表されてきました。一方で、汚染が環境から特定の畜産物へどのように連続して移っていくのかを一体的にまとめた資料は不足していると著者らは指摘しています。そこで本総説は、土壌、都市下水、地表水、飲料水、牛乳、鶏卵という互いにつながった対象について、PAHの存在状況と規制の枠組みに関する知見を整理しています。主な目的は、PAHを試料から取り出して精製する方法と、ごく微量を検出・定量する機器分析法を比較し、批判的に検討することです。

PAHの性質と規制の考え方

米国環境保護庁(EPA)は、環境中での毒性が高いことから、ナフタレンやベンゾ[a]ピレンなど16種類のPAHを優先汚染物質に指定しています。論文によれば、これらは主に脂に溶けやすく水に溶けにくい性質を持ち、灰やすすのような微小な粒子に付着しやすい物質です。水への溶けにくさは、分子が大きく環の数が多いほど強まります。熱や化学的な腐食には強い一方、光による分解は受けやすいとされています。

規制について著者らは、欧州連合(EU)をはじめとして厳しい基準が設けられていることを紹介しています。毒性の代表的な指標としては伝統的にベンゾ[a]ピレンが用いられ、多くの場合、ベンゾ[a]ピレン、ベンズ[a]アントラセン、ベンゾ[b]フルオランテン、クリセンの4種類の合計(PAH4)も併せて使われます。EUでは、食品中のPAHは欧州委員会規則(EU)2023/915で規制されています。

分析法の比較:試料の前処理と検出

著者らは、分析の流れのなかで最も重要なのは試料の前処理であり、脂肪を含む食品では特にそうだと述べています。PAHは脂になじみやすいため、抽出の際に中性脂肪やステロール、遊離脂肪酸と一緒に取り出されてしまいます。これらの脂質を十分に除かないと、測定のノイズが増え、信号が弱まったり強まったりし、分析装置の劣化も早まります。そのため、微量のPAHをできるだけ失わずに回収しつつ、脂質をしっかり取り除くことが求められます。

水試料については、水と混ざらない有機溶媒にPAHを移す液液抽出が使われてきました。ただしこの方法には、自動化しにくい、乳化が起きる、有害な溶媒を大量に使うといった欠点があります。このため、固相抽出(吸着材にPAHを捕まえさせる方法)への移行が進みました。近年はカーボンナノチューブや分子インプリントポリマー、金属有機構造体といった新しい吸着材も使われ、選択性や濃縮の効率が高まったと紹介されています。溶媒を使わない固相マイクロ抽出も普及していますが、吸着材の量がごく少ないため、超微量の監視には限界があります。これを補う方法として、高分子膜で覆った磁気撹拌子を水に浸すスターバー吸着抽出が挙げられています。また、迅速・安価・簡便を特徴とするQuEChERS法も地表水や排水のスクリーニング向けに応用されています。ただし著者らは、法的な基準値が極めて低い飲料水の分析では、規制への適合という点で課題があると指摘しています。

土壌については、ソックスレー抽出は抽出効率が最大である一方、非常に時間がかかり、数百ミリリットルの溶媒と多くのエネルギーを使います。超音波抽出は時間を短縮でき、複数の試料を並行して処理できます。ただし、PAHが粒子の細かい孔の奥まで入り込んだ古い汚染には効きにくいとされます。一方、汚染の程度が高い場合には、超音波抽出のほうがソックスレー法より回収率が高くなりうるという比較評価も紹介されています。

牛乳や卵のような脂肪の多い食品では、固相抽出による精製が一般的です。近年はQuEChERS法も迅速な代替法として使われるようになっています。その際、脂質を取り除く専用の吸着材を加えることが、分子の小さいPAHを失わずに抽出液を精製するうえで重要だとされています。卵については、改良したQuEChERS法と脂質除去材を組み合わせることで、前処理にかかる時間が数日から数時間に短縮されたと紹介されています。また、卵黄中の微量PAHを溶媒なしで測る方法として、冷却ファイバー固相マイクロ抽出とガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)を組み合わせた手法が挙げられています。この手法の検出限界は1グラムあたり0.0002〜0.046マイクログラムと報告されています。

検出の段階について、著者らは主に2つの方法を比べています。蛍光検出器付き高速液体クロマトグラフィーは、自ら蛍光を発するPAHを高い選択性で測定でき、試料由来の成分の影響を受けにくい方法です。一方、GC-MSは質量の情報から構造を確認できるため、蛍光を示さない物質や、分離しにくい異性体の識別に欠かせません。ただし、標準的なGCの分離管では、クリセンとトリフェニレン、あるいはベンゾフルオランテン類のように質量の壊れ方が同じ異性体を分けきれないことがあります。卵黄のような高脂肪の試料では特に、PAH専用の分離管を使う必要があると論文は述べています。

この総説が示すこと

著者らは結論として、PAHが汚染された土壌や水から農業の食物連鎖へと連続して移っていく経路を強調しています。汚染された飼料を食べる家畜や、土をついばむ放し飼いの鶏が主な運び手となり、PAHは牛乳や卵黄といった脂肪の多い食品に蓄積していくと整理されています。乳製品や鶏卵で通常測定される濃度は比較的低く、汚染物質を「合理的に達成できる範囲でできるだけ低く」抑えるというALARA原則にも沿っているとされます。それでも著者らは、低用量の食事由来の曝露が長く続くことは公衆衛生上の懸念であり続けると述べています。

分析の面では、飲料水でより低い濃度まで検出できるようにすることと、脂肪の多い試料から脂質を十分に除きつつ揮発しやすい小さなPAHを失わないことが、なお残る課題として挙げられています。環境から食卓までを一続きの流れとして捉え、それぞれの段階で汚染をどう測るかを整理した点に、この総説の意味があるといえます。

原著論文の著者・所属:Marija Denžić Lugomer(Croatian Veterinary Institute)、Damir Pavliček(Croatian Veterinary Institute)、Maja Đokić(Croatian Veterinary Institute)、Vesna Jaki Tkalec(Croatian Veterinary Institute)、Sanja Furmeg(Croatian Veterinary Institute)、Nina Bilandžić(Croatian Veterinary Institute)、Ana Končurat(Croatian Veterinary Institute)、Željko Cvetnić(Croatian Academy of Sciences and Arts)、Ivka Kvaternjak(Križevci University of Applied Sciences, Milislava Demerca 1, 48260 Križevci, Croatia)、Ivana Kmetič(University of Zagreb)、Teuta Murati(University of Zagreb)、Dijana Mijač Dretar(Križevci Waste Management, Utility Križevačko Komunalno Poduzeće d.o.o., Cubinec, Donji Cubinec 30A, 48260 Križevci, Croatia)、Tiana Novosel(Croatian Veterinary Institute)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Marija Denžić Lugomer, Damir Pavliček, Maja Đokić, et al. Polycyclic Aromatic Hydrocarbons in Environmental Matrices, Milk and Eggs: Occurrence, Legislation and Analytical Challenges. Food Technology and Biotechnology 2026-10-30. DOI: 10.17113/ftb.64.04.26.9712. 原著ライセンス:CC BY.