この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Plants (Basel, Switzerland)

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC

何を明らかにしようとしたのか

香り米は独特の香りと良好な食感から、市場で高い評価を受けている品種群です。その香りの決め手となるのが2-アセチル-1-ピロリン(2AP)と呼ばれる化合物で、著者らによれば、この成分の生成は品種の遺伝的性質だけでなく、栽培中の環境や農作業のやり方にも大きく左右されます。とくに水の管理は、2APの蓄積を左右する重要な環境要因として位置づけられてきました。

ただし著者らは、これまでの研究の多くが「落水か常時湛水か」といった二者比較にとどまっており、より幅広い水管理の条件を、登熟期(出穂後に籾の中身が充実していく時期)の段階ごとに比べた例は少ないと指摘しています。また、香りの形成と、デンプンの性質に左右される食味という二つの品質が、どのような仕組みで同時に変化するのかも体系的には解明されていませんでした。

そこでこの研究では、登熟期に三通りの水管理を行い、2APの濃度、デンプンの糊化特性、香気成分の材料となる前駆物質と関連酵素、抗酸化能力、植物ホルモンの量が時間とともにどう変わるかを追跡しました。目的は、水管理が香りと食味を同時に調整する生理的な仕組みを明らかにし、香り米の灌漑方法を考えるための基礎を示すことです。

どのように調べたか

研究チームは、うるち性のインディカ香り米2品種(農香32号、玉針香)を材料に、2023年に江西農業大学の試験圃場で栽培試験を行いました。出穂の始まりから収穫の一週間前まで、三つの水管理を続けています。一つ目は常時湛水(CF)で、3センチ前後の水を田面に保ち、土壌を常に飽和状態にします。二つ目は間断灌漑(AWD)で、3センチまで灌水したあと自然に乾かし、水がなくなった状態が3日続いてから再び灌水する方法です。三つ目は飽和土壌灌漑(SSI)で、水の層をほぼゼロに保ち、土壌を飽和付近に維持します。土壌の水分状態は根の層に設置した装置で監視しました。

試料は出穂後20日目から収穫まで5日おきに採取し、液体窒素で凍結して分析に回しています。2APはガスクロマトグラフ質量分析計で定量し、デンプンの糊化特性は精米粉を用いた粘度測定装置で調べました。あわせて、アミロース・アミロペクチン、タンパク質、プロリンやプトレシン(2APの材料となる物質)、GABA、関連酵素の活性、抗酸化酵素の活性、そしてアブシシン酸(ABA)・インドール酢酸(IAA)・ジベレリン(GA3)といったホルモンの量を測定しています。なお、2品種で2AP含量と糊化特性の傾向が近かったため、その後の詳しい生理・生化学分析は農香32号に絞って行われました。

報告された主な結果

2AP含量は、どの水管理でもいったん増えて出穂後25日前後で最大となり、その後減少しました。登熟期を通じて多い順に間断灌漑、常時湛水、飽和土壌灌漑となり、この順序は2品種で共通していました。飽和土壌灌漑が一貫して最も低い値だった点も両品種で同じです。著者らは、乾湿を繰り返す間断灌漑が2APの蓄積に最も適した条件だったと述べています。

デンプンの糊化特性については、間断灌漑と飽和土壌灌漑がいずれも常時湛水に比べて最高粘度とブレークダウン(加熱でくずれる度合い)を高め、セットバック(冷却で固くなりやすさの指標)を下げました。これらは一般に炊飯・食味の良さと結び付けられる方向の変化です。糊化温度には処理による差がなく、間断灌漑と飽和土壌灌漑の間にも有意差は認められませんでした。一方でデンプンの蓄積そのものを見ると、間断灌漑はアミロペクチンと総デンプンの蓄積を最も促し、常時湛水はアミロースを増やしました。デンプンの枝分かれを担う酵素(SBE)の活性は、間断灌漑と飽和土壌灌漑で登熟前期・中期に常時湛水より高くなっています。

生理面では、間断灌漑でプロリンとプトレシンという2APの材料が最も多く蓄積し、関連酵素の活性が段階ごとに使い分けられるような推移を示しました。逆に、材料の一部を別の物質へ振り向ける側の指標となるGABAは、間断灌漑で一貫して最も低い値でした。抗酸化酵素(SOD、POD、CAT)の活性は間断灌漑で総じて最も高く、酸化的な損傷の指標であるMDAや遊離脂肪酸は飽和土壌灌漑より低く抑えられていました。ホルモンでは、間断灌漑と飽和土壌灌漑がABAを高め、IAAは間断灌漑で最も多く、GA3は飽和土壌灌漑で最も高い水準でした。

ただし著者らは、これらの解釈には限界があることを明記しています。代謝の流れそのものやGABAの分岐点の物質は直接測っておらず、GABAと2APの関係は相関にとどまること、ホルモンの変化も因果関係を示したものではないこと、酵素は活性のレベルでしか測定していないこと、分析が粒全体をまとめた試料で行われているため組織ごとの違いは見えないことなどが挙げられています。また、間断灌漑の節水効果や収量への影響は今回測定しておらず、今後の検証課題だとしています。

この研究が示すこと

同じ「水を控えめにする」管理でも、常に飽和状態を保つのと、乾湿を周期的に繰り返すのとでは、香り米の品質に対する働きが違うことをこの研究は示しました。著者らの報告では、間断灌漑は香気成分の蓄積とデンプンの糊化特性の両方を良い方向に動かし、酸化的な損傷も比較的抑えられていました。

つまり、水田の水位という比較的単純に扱える条件が、香りと食味という別々に見える品質を同時に左右しうるということです。著者らは間断灌漑を香り米の食味と香りを高める有望な灌漑方法として提案しており、今回の結果は、栽培の場で水管理を考えるうえでの手がかりとなります。

著者:Zhang Z(Ministry of Education and Jiangxi Key Laboratory of Crop Physiology, Ecology and Genetic Breeding, Jiangxi Agricultural University, Nanchang 330045, China.)、Li Q(College of Chemistry and Food Science, Nanchang Normal University, Nanchang 330032, China.)、Li G(Ministry of Education and Jiangxi Key Laboratory of Crop Physiology, Ecology and Genetic Breeding, Jiangxi Agricultural University, Nanchang 330045, China.)、Chen L(Ministry of Education and Jiangxi Key Laboratory of Crop Physiology, Ecology and Genetic Breeding, Jiangxi Agricultural University, Nanchang 330045, China.)、Xie X(Ministry of Education and Jiangxi Key Laboratory of Crop Physiology, Ecology and Genetic Breeding, Jiangxi Agricultural University, Nanchang 330045, China.)、Zeng Y(Ministry of Education and Jiangxi Key Laboratory of Crop Physiology, Ecology and Genetic Breeding, Jiangxi Agricultural University, Nanchang 330045, China.)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Zhang Z, Li Q, Li G, et al. Alternating Wetting and Drying Irrigation During Grain Filling Period Improves the Eating Quality and 2AP Content of Aromatic Rice. Plants (Basel, Switzerland) 2026-09-21. DOI: 10.3390/plants15182890. 原著ライセンス:CC BY.