この研究は、イタリア、ブラジルの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Frontiers in Environmental Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
水田から逃げる窒素をどう減らすか
稲作で広く使われる窒素肥料の尿素は、窒素を多く含み安価です。一方で、施肥直後の数日間に窒素の一部がアンモニアのガスとなって大気中へ逃げやすいという弱点があります。この「アンモニア揮散」は肥料の無駄になるだけでなく、大気汚染の一因にもなります。研究チームによると、欧州やイタリアでは尿素の使い方を見直す規制上の動きも進んでいます。
対策の一つが、NBPTと呼ばれる「ウレアーゼ阻害剤」を尿素に加える方法です。ウレアーゼは土の中で尿素を分解してアンモニアのもとに変える酵素で、NBPTはこの働きを一時的に抑えます。ただしNBPTは、酸素のある条件で活性型に変わって初めて効果を発揮します。これまでの知見の多くは畑のような酸素の多い土壌で得られており、水を張る水田では効果が安定しないことが指摘されていました。
研究チームは、水を張ったまま種をまき湛水を続ける、温帯の水田の栽培方式に注目しました。施肥の直前に短期間だけ水を落とすとNBPTの効き目が高まるのかを、実際の田んぼで確かめることを目的としました。
水を落とした田と水を張った田で比べる
試験は2024年、イタリア北西部の稲研究センターの圃場で行われました。肥料は、尿素、NBPT入り尿素、そして揮散が少ないことで知られる硫酸アンモニウムの3種類で、肥料を与えない区も設けました。窒素量は1ヘクタールあたり120キログラムとし、分げつ期と幼穂形成期の2回に分けて追肥しました。
施肥時の水管理は2通りです。一方は水を抜いて2日後に施肥し、施肥の2日後に再び水を入れる「落水」区、もう一方は水を張ったまま施肥する「湛水」区です。施肥後およそ2週間、地面または水面から出るアンモニアを容器内の吸収材で捕集しました。あわせて土の中の窒素の形態や、収量、作物の窒素吸収量も調べました。なお、この測定方法では容器内に稲を含まないため、測ったのは土壌と水面からの揮散です。
阻害剤が効いたのは落水して施肥したときだけ
どの条件でも、アンモニアの揮散が最も多かったのは尿素でした。その多くは施肥後の早い時間帯に発生しています。分げつ期では、尿素から揮散した窒素は施肥した窒素の約10%(落水)と約11%(湛水)で、両者に統計的な差はありませんでした。
NBPT入り尿素は、落水条件では揮散量を尿素より約72%減らしました。これに対し、湛水条件では尿素と統計的に同程度で、明確な効果は見られませんでした。著者らは、酸素のある条件でNBPTが活性化したことを示す結果だとしています。土壌の分析でも、NBPT入り尿素の区では施肥2日後の表層に分解されずに残る尿素が多く、分解が遅れていた様子がうかがえました。
2回目の幼穂形成期の追肥では、全体に揮散量が大きく増え、落水条件の尿素では施肥窒素の30%に達しました。この時期もNBPTは落水条件で揮散を硫酸アンモニウム並みに抑えましたが、湛水条件では尿素との差が見られませんでした。また論文は、気温が高い時期の施肥では、田に張った水が温度を下げる効果のほうが阻害剤そのものより揮散を抑えたと報告しています。硫酸アンモニウムからの揮散はどの条件でもごくわずかで、無施肥区と有意な差はありませんでした。
収量の面では、落水条件でNBPT入り尿素の籾の収量(水分14%に換算した値)が1ヘクタールあたり10.1トンと報告されています。これは尿素の9.6トンを上回り、硫酸アンモニウムの10.2トンと同程度でした。収穫時の子実の窒素吸収量も、落水条件のNBPT入り尿素と硫酸アンモニウムで最も高くなりました。
「何を使うか」だけでなく「いつ、どんな水で使うか」
この研究が示すのは、同じ阻害剤でも、施肥するときの田の水の状態によって効き目が大きく変わるということです。著者らは、NBPTの効果は水管理がつくり出す「土の通気」と「温度」のバランスによって決まると結論づけています。そのうえで、アンモニアの損失を減らすには、施肥のタイミング、水管理、気温の条件をうまく合わせることが必要だと述べています。
著者:Alisea Seren Rosso(Department of Agricultural, Forest and Food Sciences (DISAFA), University of Turin)、Paola Ganugi(Department of Agricultural, Forest and Food Sciences (DISAFA), University of Turin)、Martina Friuli(Department of Agricultural, Forest and Food Sciences (DISAFA), University of Turin)、Paula Bianchet(Instituto Federal Catarinense - Campus Rio do Sul)、Elio Dinuccio(Department of Agricultural, Forest and Food Sciences (DISAFA), University of Turin)、Daniel Said‐Pullicino(Department of Agricultural, Forest and Food Sciences (DISAFA), University of Turin)、Eleonora Francesca Miniotti(Rice Research Centre, Ente Nazionale Risi)、Daniele Tenni(Rice Research Centre, Ente Nazionale Risi)、Marco Romani(Rice Research Centre, Ente Nazionale Risi)、Luisella Celi(Department of Agricultural, Forest and Food Sciences (DISAFA), University of Turin)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Alisea Seren Rosso, Paola Ganugi, Martina Friuli, et al. Water management at fertilization controls urease inhibitor performance in mitigating ammonia volatilization from temperate rice agrosystems. Frontiers in Environmental Science 2026-10-01. DOI: 10.3389/fenvs.2026.1911870. 原著ライセンス:CC BY.