著者の所属・活動拠点の国は、中国です。

掲載誌:Plants

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:実が太る時期の高温からコムギを守る方法を探る

コムギは、穂の中の粒にでんぷんなどが蓄えられて実が太っていく「登熟期」に高温にさらされると、葉が早く老化し、粒の充実が妨げられて収量や品質が下がります。著者らは、地球温暖化で高温の危険が高まり、中国・新疆の乾燥・半乾燥地域では登熟期のコムギの早期老化や異常成熟が問題になっていると述べています。

高温で作物が傷む仕組みの一つに、細胞内で生じる活性酸素の増えすぎがあります。活性酸素は通常は生成と除去のバランスが保たれていますが、高温下ではこれが崩れて細胞膜などが傷み、光合成の働きが落ちるとされます。研究チームは、酵素に似た触媒作用をもつナノサイズの材料「ナノザイム」の一つである四酸化三マンガン(Mn3O4)ナノザイムを葉に散布し、高温下のコムギの止葉(穂のすぐ下にある最上位の葉で、粒へ送る養分づくりの中心となる葉)の働きと収量にどのような影響があるか、また散布濃度によって違いがあるかを調べました。

調べたこと:ビニールハウスで高温をつくり、4種類の散布を比較

試験は2024年9月から2025年6月にかけて、新疆農業科学院のマナス試験場で行われました。開花後5日目から28日目までの23日間、ポリエチレンフィルムのハウスで畑を覆い、穂や葉が茂る高さの平均気温を自然条件より2〜3℃高く保ちました。品種は「新冬18号」と「石冬0358」の2つです。

高温下では、蒸留水だけを散布する区(M0)と、Mn3O4ナノザイムを1リットルあたり100mg(M1)、150mg(M2)、200mg(M3)の濃度で散布する区を設けました。比較のため、自然条件で蒸留水を散布する対照区(CK)も置きました。散布液には、葉の表面が水をはじく性質を和らげる補助剤を加え、ハウス設置当日と10日後の2回、葉に散布しました。

研究チームは、電子顕微鏡で葉の気孔(葉の表面にある、ガスや水蒸気が出入りする小さな穴)と、光合成の場である葉緑体の内部構造を観察しました。あわせて、止葉の面積、葉緑素の量の目安となるSPAD値、光合成の速さや気孔の開き具合、活性酸素を分解する抗酸化酵素の働き、細胞膜の傷みの指標となる物質の量、そして収量とその内訳を測定しました。

主な結果:100mgの散布で収量の落ち込みが最も抑えられた

論文によると、高温下で蒸留水だけを散布したM0区では、自然条件の対照区に比べて気孔が閉じていましたが、ナノザイムを散布した区では気孔が開いており、特に100mgのM1区で開きが大きく見られました。気孔を囲む孔辺細胞は、高温で長さが短く幅が広くなる傾向がありましたが、ナノザイム散布ではこの変化が和らぎました。ただし濃度が高くなるほど、その効果は小さくなったと報告されています。

葉緑体の観察では、高温によって葉緑体が膨らんで変形し、光を受け止める膜(チラコイド膜)の重なりがゆるむなど、構造が大きく乱れていました。これに対しM1区では葉緑体の構造が比較的安定し、膜の重なりも密に保たれていたと述べられています。また、ナノザイムの散布により、高温下で抗酸化酵素であるSODやPODの働きが高まり、CATの働きも高まりました。

収量では、M1区が高温下の蒸留水区M0より平均18.26%多く、150mg区は9.04%、200mg区は5.34%の増加にとどまり、濃度が高いほど緩和効果は小さくなりました。1000粒の重さ(千粒重)は、高温でM0区が対照区より4.86%軽くなり、ナノザイム散布でいくらか回復しましたが、ナノザイムの濃度の違いによる差は統計的にはっきりしませんでした。

さらに、収量は千粒重や1穂あたりの粒数、止葉の面積、SPAD値、光合成の速さと正の関連を示しました。孔辺細胞の長さは光合成の速さや収量と強い正の相関(平均相関係数0.92と0.90)を、幅は強い負の相関(−0.96と−0.97)を示しました。著者らはこれらを総合して、ナノザイムが気孔の形や葉緑体の構造を保ち、抗酸化酵素の働きを高めることで光合成を支え、収量の安定につながったと解釈しています。

研究の意味と注意点

この研究は、登熟期の高温によるコムギの収量低下が、Mn3O4ナノザイムの葉面散布で和らいだことを報告しています。同時に、効果が最も大きかったのは試した中で最も低い100mgの濃度であり、濃度を上げれば効果が増すわけではなく、適切な濃度を選ぶことが鍵になると著者らは述べています。

一方で著者らは、結果はビニールハウスで再現した高温条件での試験に限られ、畑で実際に起こる極端な高温にそのまま当てはめるべきではないとしています。使った品種は2つだけで、ナノザイムが葉からどのように吸収され植物の中でどこへ移動するのか、活性酸素の量やマンガンの吸収量なども測っていないため、作用の仕組みは直接確かめられたものではなく推定にとどまるとしています。高濃度で効果が弱まった理由が植物への害によるものかどうかも、まだ分かっていません。

原著論文の著者・所属:Qian Yang(College of Agriculture, Xinjiang Agricultural University, Urumqi 830052, China)、Chuanxin Chen(Institute of Crop Research, Xinjiang Academy of Agricultural Sciences, Key Laboratory of Desert–Oasis Crop Physiology, Ecology and Cultivation, Urumqi 830091, China)、Junjie Lei(Institute of Crop Research, Xinjiang Academy of Agricultural Sciences, Key Laboratory of Desert–Oasis Crop Physiology, Ecology and Cultivation, Urumqi 830091, China)、Shihui Nie(Institute of Crop Research, Xinjiang Academy of Agricultural Sciences, Key Laboratory of Desert–Oasis Crop Physiology, Ecology and Cultivation, Urumqi 830091, China)、Juan Li(Institute of Crop Research, Xinjiang Academy of Agricultural Sciences, Key Laboratory of Desert–Oasis Crop Physiology, Ecology and Cultivation, Urumqi 830091, China)、Yuting Hou(Institute of Crop Research, Xinjiang Academy of Agricultural Sciences, Key Laboratory of Desert–Oasis Crop Physiology, Ecology and Cultivation, Urumqi 830091, China)、Wenxiu Xu(College of Agriculture, Xinjiang Agricultural University, Urumqi 830052, China)、Yongqiang Zhang(Institute of Crop Research, Xinjiang Academy of Agricultural Sciences, Key Laboratory of Desert–Oasis Crop Physiology, Ecology and Cultivation, Urumqi 830091, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Qian Yang, Chuanxin Chen, Junjie Lei, et al. Effects of Spraying Mn3O4 Nanozymes at Different Concentrations on the Physiological Characteristics and Yield of Wheat Flag Leaves Under High-Temperature Stress During the Filling Stage. Plants 2026-10-10. DOI: 10.3390/plants15203096. 原著ライセンス:CC BY.