著者の所属・活動拠点の国は、ドイツです。
掲載誌:Journal of Food Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
動物由来の材料を植物で置き換えるために
培養肉は、動物から取り出した細胞を増やし、筋肉や脂肪の細胞へ育てて作る食肉です。家畜の飼育に伴う温室効果ガスの排出や土地・水の利用、動物福祉といった課題を減らせる可能性があるとして、研究が進んでいます。
多くの筋肉の細胞は、何かに貼り付いた状態でないとうまく増えません。そのため培養皿や、培養槽の中で細胞を付着させる小さな粒の表面を、細胞外マトリックス(ECM)と呼ばれるタンパク質で覆う方法が使われます。ECMは、体の中で細胞を取り囲み、支えている物質です。ただし、効果が高く食品用の製品もあるこれらのタンパク質は、主に動物から作られています。そのため、動物を一切使わない培養肉の生産という目標とは合いません。
そこで研究チームは、食用植物のタンパク質がこの役割を代わりに果たせるかを調べました。手がかりにしたのは「RGD配列」です。RGD配列は、アルギニン、グリシン、アスパラギン酸という3つのアミノ酸が並んだ短い部分で、細胞の表面にある受容体(インテグリン)に認識され、細胞の接着に関わることが知られています。
候補植物の選び方と実験の進め方
著者らはまず、タンパク質の配列データベースをコンピューターで検索し、RGDが2回続けて現れる配列を持つ食用植物のタンパク質を探しました。配列が短すぎるため、RGD単独では検索ツールで探せなかったためです。その結果、ピーナッツ、キヌア、ジャガイモ、ナタネ、コムギの5種が見つかりました。このうち、種子が広く手に入り、該当するタンパク質を複数持つピーナッツとキヌアが選ばれました。
次に、ドイツの地元の店で購入した両方の種子を粉にし、緩衝液に溶け出したタンパク質を抽出しました。この抽出液で培養皿の表面を覆い、2種類の筋肉の細胞を育てました。1つはマウス由来の筋芽細胞(C2C12)で、もう1つは長期間増殖できるようにしたウシの筋肉の幹細胞(iBSC)です。比較対象として、何も塗らない皿のほか、C2C12にはゼラチン、iBSCにはビトロネクチンという、細胞接着によく使われる動物由来などのタンパク質を塗った皿を用意しました。
さらに、細胞が筋肉の線維のもとになる細長い「筋管」へ変化する分化の過程を観察しました。筋肉の発達に関わる遺伝子の働きも測定しています。加えて、抽出液に含まれるタンパク質を質量分析で網羅的に調べ、細胞接着に関わる可能性のある候補タンパク質を探しました。
主な結果:細胞は付着・増殖したが、決め手の成分は未確定
論文によると、ピーナッツとキヌアの抽出液で覆った表面では、どちらの細胞も付着して増えました。C2C12ではゼラチンに見合う程度の結果が得られたと報告されています。一方、iBSCではどちらの植物由来コーティングもビトロネクチンには及びませんでした。キヌアのコーティングはビトロネクチン表面の約75%の細胞数に達し、ピーナッツを上回りました。ただし著者らは、表面へのタンパク質の吸着量や広がり方の違いを十分に管理できていないため、この差は慎重に解釈すべきだとしています。
分化の実験では、どちらの植物コーティング上でも筋管の形成が観察されました。ただし、通常の培養皿と比べると分化の進み方は弱いものでした。筋肉の成熟に関わるミオシン重鎖という遺伝子の働きは、分化を誘導しない対照と比べ、C2C12のコーティング条件で約1.2〜1.5倍に高まりました。iBSCではおおむね約1.5倍でしたが、キヌアでは約1.1倍にとどまりました。著者らは、植物コーティングが分化に与える影響を確かめるには、より長い培養期間や誘導方法の改善が必要だとしています。
接着の仕組みについては、細胞をあらかじめ高濃度のRGDペプチドで処理し、受容体をふさいでからピーナッツのコーティング上で育てると、付着する細胞が減りました。このことから研究チームは、RGDを介した結合が接着に関わっている可能性があると考えました。質量分析では、ピーナッツで311種、キヌアで880種のタンパク質が見つかりました。量の多いタンパク質の中から、ピーナッツではRGD配列を持つ「二機能性阻害タンパク質」が、キヌアではRGD配列を2つ持つ「クピン1型タンパク質」が候補に挙がりました。ピーナッツの抽出液には、Ara h 1、Ara h 2、Ara h 6といった、よく知られたアレルゲンも多く含まれていました。
研究チームは、タバコ細胞由来の抽出液を使う方法でこれらの候補タンパク質の該当部分を作り、精製せずにそのままコーティングに使って試しました。細胞の付着は増える傾向を示しましたが、候補タンパク質を含まないタバコ細胞抽出液だけの場合と比べて、統計的に意味のある差はありませんでした。この抽出液自体にも細胞の接着を助ける働きがありました。そのため著者らは、特定したRGD配列を持つタンパク質が種子抽出液の接着効果をもたらしているという因果関係は、まだ示されていないと結論づけています。複数のタンパク質や別の接着配列が組み合わさって働いている可能性もあるとしています。
研究が示すこと
この研究は、身近な食用種子から簡単な方法で得たタンパク質抽出液が、培養肉づくりで使う筋肉の細胞の付着と増殖を支えうることを示しました。動物由来の材料に頼らない培養の土台として、植物タンパク質が候補になりうることを具体的に示した成果です。
同時に、どの成分がどのような仕組みで細胞を支えているのかは、まだ分かっていません。分化への効果も限られていました。ピーナッツ由来の材料については、主要なアレルゲンを含むことが食品への応用で重要な検討点になると、著者らは指摘しています。植物由来のコーティングには可能性と課題の両面があることを、この研究は示しています。
原著論文の著者・所属:Dominik Mundt(Fraunhofer Institute for Molecular Biology and Applied Ecology IME Aachen Germany)、Kuo‐Hui Chiu(Fraunhofer Institute for Molecular Biology and Applied Ecology IME Aachen Germany)、Stefan Schillberg(Fraunhofer Institute for Molecular Biology and Applied Ecology IME Aachen Germany; Institute for Molecular Biotechnology RWTH Aachen University Aachen Germany)、Che Julius Ngwa(Fraunhofer Institute for Molecular Biology and Applied Ecology IME Aachen Germany)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Dominik Mundt, Kuo‐Hui Chiu, Stefan Schillberg, et al. Quinoa and Peanut Extracts as Alternatives to Animal‐Derived Extracellular Matrix Proteins in Cultured Meat Production. Journal of Food Science 2026-09-27. DOI: 10.1111/1750-3841.71509. 原著ライセンス:CC BY.