著者の所属・活動拠点の国は、チャド、ブルキナファソです。
掲載誌:International Journal of Food Science and Biotechnology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF
研究の目的
アフリカ中部のチャドでは、穀物や豆類、葉、牛乳などを発酵させた伝統食品が日常の食事に広く根づいています。こうした食品の多くは、種菌を加えず、原料や周囲にもともといる微生物に任せる「自然発酵」で作られます。著者らによると、これらの食品は炭水化物やたんぱく質、ミネラルに富み、一部には体によい働きをする微生物(プロバイオティクス)としての性質があるかもしれないといいます。
一方で、自然発酵は温度や時間などの条件を管理しないまま、十分とはいえない衛生環境で行われることが多く、望ましくない微生物が増えて消費者の健康を損なうおそれがあると指摘されています。アフリカの伝統的な発酵食品についての研究は多いものの、チャドの発酵食品の製造工程を評価したデータはほとんどありませんでした。そこで研究チームは、チャドで作られ販売されている8種類の発酵食品について、製造と発酵の技術を調べ、評価することを目的としました。
どのように調べたか
調査は2026年5月から8月にかけて、北部のアベシェ、中部のモンゴとンジャメナ、南部のムンドゥの4都市で行われました。対象は8種類の食品それぞれについて10人ずつ、合わせて80人の生産者です。生産者は、地域の分布と扱う食品の種類を考慮したうえで無作為に選ばれました。
研究チームは、ある時点での実態をとらえる横断調査の形で、あらかじめ質問項目を定めた質問票を使って聞き取りを行いました。調べた内容は、原料の下ごしらえ、加工の手順、発酵から完成品までの流れ、作業場の環境、作業する人や道具の衛生状態などです。集めた情報をもとに食品ごとの製造工程を図にまとめ、文献や基準となる資料と照らし合わせて、衛生上の問題がないかを検討しました。なお、この研究は工程の聞き取りと評価が中心であり、食品中の微生物を直接測定したものではありません。
8つの食品の作り方
調査で記録された食品は、飲み物、調味料、パン状の食品、粉、乳製品と多彩です。たとえば「アルメ・ハムード(Alme-hamoud)」は、ソルガムやキビを原料とする酸味のある発酵飲料です。穀物を選別、脱穀、乾燥、洗浄してから砕き、熱湯でふやかして発酵乳を加え、こした液を密閉容器で24〜72時間発酵させます。「アムタバッジ(Amtabadj)」は、キビと発芽させたキビ、ゴマ、ショウガを使う発酵飲料で、8〜12時間ほど発酵させたあとにショウガのペーストと砂糖を加えてこします。
「カワル(Kawal)」は、マメ科植物エビスグサの仲間(Senna obtusifolia)の葉を発酵させた調味料です。葉をつぶしたペーストを壺に詰めて密閉し、空気に触れない状態をつくるために地中に埋めて14日間発酵させ、その後丸めて天日で乾かします。「キンジン(Kindjine)」は、ゴマと落花生の搾りかすに、発芽させたキビから前もって作った種となる発酵物と灰を混ぜ、毎日かき混ぜながら10日間、さらに密閉して7日間発酵させる食品です。
このほか、キビやソルガムの粒を発酵させて干す「ダムルグ(Damourgue)」、キビと米の粉の生地を6時間ほど発酵させ、熱した鉄板で薄く焼く「キッサール(Kissar)」、全乳を12〜24時間置いて自然に乳酸発酵させ、振ってクリームを分けた残りの発酵乳「ルワバ(Rouwaba)」も記録されました。おかゆの材料として好まれる発酵粉「ジル(Djir)」は、キビを水に浸し、粉にして72時間、さらに14日間と二段階で発酵させ、沈んだ固形分を天日で乾かして作られます。
共通して見えた課題
8つの食品はいずれも、選別、洗浄、脱穀、水洗いといった下ごしらえと、粉砕、加水、発酵、ろ過、乾燥などの加工を組み合わせて作られていました。研究チームは、全体として食品製造に欠かせない基本的な手順は守られていると評価しています。一方で、加熱調理や包装の工程はごくわずかでした。完成品は製造場所か、その近くの売り場でそのまま食べられているといいます。
工程全体を見ると、作業の大部分が手作業で、適切な衛生対策はほとんど取られていませんでした。道具の多くは家族の食事の支度など製造以外にも使われており、製造専用の道具はほとんどありませんでした。また、作業に合わない道具も多く、製造条件の管理が難しくなっていると報告されています。
考察で著者らは、キッサールのように最後に高温で焼く食品は微生物面での安全性が確保されるとする一方、多くの食品では最後の加熱がほとんどないことを指摘しています。そのため、質の悪い水、洗い方が不十分な容器、手の衛生の不備、時間・温度・酸性度(pH)の管理不足などによって、工程のさまざまな段階で汚染が起こりうると論じています。さらに、発酵後の乾燥、包装、運搬、販売の段階でも汚染が起こりうることや、乾燥や保存の条件が悪いと穀物にカビ毒をつくるカビが付くおそれがあることにも、先行研究をもとに触れています。改善策として著者らは、乾燥後の水分量や粉の粒の大きさ、加える水の量などを明確に定めることや、衛生的な作業を徹底すること、食品ごとに合った微生物を選んで種菌として使うことを挙げています。
この研究が示すこと
この研究は、チャドの人々の食生活と文化を支える伝統的な発酵食品について、その作り方を食品ごとに記録し、衛生面の弱点を工程に沿って浮かび上がらせました。基本的な手順は受け継がれている一方で、条件管理と衛生対策が不十分なことが、消費者の健康を守るうえでの課題になっていると著者らは結論づけています。地域の知恵を生かしながら製造の質と安全性を高めていくための出発点となる記録だといえます。
原著論文の著者・所属:Denis Erbi(Faculty of Health Sciences, Adam Barka University of Abeche, Abeche, Chad;Faculty of Human Health Sciences, University of N'Djamena, N'Djamena, Chad)、Abdelsalam Doutoum(Faculty of Health Sciences, Adam Barka University of Abeche, Abeche, Chad)、Sanogo Bougma(Department of Biochemistry and Microbiology, Joseph Ki-Zerbo University, Ouagadougou, Burkina Faso)、Hamadou Abba(Faculty of Health Sciences, Adam Barka University of Abeche, Abeche, Chad)、Alhadj Nazal(Faculty of Agricultural and Environmental Sciences, University of Sarh, Sarh, Chad)、Aly Savadogo(Department of Biochemistry and Microbiology, Joseph Ki-Zerbo University, Ouagadougou, Burkina Faso)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Denis Erbi, Abdelsalam Doutoum, Sanogo Bougma, et al. Traditional Food Fermentation in Chad: Diversity, Technologies, Hygiene Practices, and Prospects for Improvement. International Journal of Food Science and Biotechnology 2026-10-20. DOI: 10.11648/j.ijfsb.20261103.11. 原著ライセンス:CC BY.