著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Molecules (Basel, Switzerland)
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
研究の目的
チコリはキク科の多年草です。葉や茎は野菜として食べられ、焙煎した根はコーヒーの代用品にも使われます。食物繊維のイヌリンや、抗酸化作用が知られるフラボノイドなどを含むため、食品素材としても薬用素材としても関心を集めてきました。
中国では、秦嶺山脈から淮河へ続く「秦嶺・淮河線」(おおむね北緯33度)が南北の境界とされます。南は温暖湿潤で酸性の赤土が多く、北は冬が寒く乾燥し、土壌はアルカリ性が中心です。チコリはもともと新疆や東北部など北部で使われてきましたが、1980年代以降は広葉の品種が南部にも広がりました。研究チームは、こうした気候や土壌の違いがチコリの成分に差を生み、品質や抗酸化に関わる性質にも影響するのではないかと考えました。これまでの研究は一つの産地の中での比較や部位ごとの比較が中心で、産地による成分の違いには十分な注意が向けられていませんでした。
何を調べ、成分にどんな違いが見えたか
著者らは南北の産地から集めた38ロットのチコリを分析しました。香りのもとになる揮発性成分はガスクロマトグラフィー質量分析で、揮発しにくい成分は高性能の液体クロマトグラフィー質量分析で調べています。いずれも、試料に含まれる多数の化合物をまとめて分離し、種類を推定する手法です。
揮発性成分は64種類が見つかりました。全体のピーク面積に占める割合はアルデヒド類が40.29%で最も多く、ケトン類(22.85%)、複素環化合物(15.52%)が続きます。論文は、アルデヒド類の青臭さが生のチコリのかすかな匂いに関わり、ピラジン類やフラン類などの複素環化合物が焙煎香やカラメルのような甘い香りをもたらす可能性を述べています。南部の試料では61種類、北部の試料では59種類が見つかりました。成分の種類や構成は南北でおおむね似ていましたが、含有量には大きな違いがありました。
南北の差をはっきりさせるため、研究チームは、あらかじめ与えたグループ分けに沿って差を際立たせる統計手法(OPLS-DA)を使いました。その結果、南北の試料は明確に分かれ、産地の区別に大きく寄与する揮発性成分が24種類選び出されました。たとえば、ピラノン類の一種(2,3-ジヒドロ-3,5-ジヒドロキシ-6-メチル-4H-ピラン-4-オン)の平均相対含有量は北部0.28%に対し南部0.10%、フルフリルアルコールは北部0.21%に対し南部0.11%で、いずれも北部で高くなりました。一方、ヘキサナールは南部0.09%、北部0.03%で、南部のほうが高い値でした。
揮発しにくい成分では35種類が見つかりました。このうち16種類は、キク科植物に多い苦味成分の仲間であるセスキテルペンラクトンとその関連物質です。35種類はいずれも南北両方の試料に含まれていましたが、ここでも含有量に違いがありました。産地の区別に寄与する成分として16種類が選ばれ、そこにはアミノ酸、糖類、クロロゲン酸、セスキテルペンラクトン類が含まれます。論文は、土壌の養分、日照、気温の違いが二次代謝に影響し、成分差につながった可能性を指摘しています。
抗酸化成分として知られるフェノール酸類5種類についても、含有量を個別に測定しました。クロロゲン酸は北部のチコリで南部より有意に多く、チコリ酸は北部で比較的少なく、イソクロロゲン酸Bは南部で比較的多いという結果でした。
機械学習による産地の見分け
研究チームは、ロジスティック回帰、ランダムフォレスト、サポートベクター分類という3種類の機械学習モデルにも成分データを学習させました。データを学習用7割、検証用3割に一度だけ分けた評価では、3モデルとも正解率が1.0になりました。
ただし著者らは、この値は楽観的な可能性があるとして、データの分け方を変えながら評価を繰り返す交差検証も行いました。平均正解率は揮発性成分で0.882〜0.939、揮発しにくい成分で0.873〜0.937でした。識別性能を表す指標であるAUC(1に近いほど良い)の平均はすべて0.89を上回りました。著者らは、この結果を南北の試料を再現性よく見分けられたことを示すものと位置づけています。
3つのモデルが共通して重視した成分を絞り込むと、揮発性成分8種類と揮発しにくい成分7種類が産地を見分ける目印の候補として残りました。後者にはクロロゲン酸やキコリオシドBなどが含まれます。これらの多くは統計手法で選ばれた成分とも重なりました。著者らは試料の産地に偏りがあることに触れつつも、異なる手法で一貫した結果が得られたことから、南北の成分差は安定していると述べています。
抗酸化に関わる成分の推定と研究の意味
研究チームはさらに、データベースを用いて、見つかった成分がどのタンパク質に作用しうるかをコンピューター上で予測しました(ネットワーク薬理学)。抗酸化に関わる候補として13成分を選び、その中ではラクトゥコピクリンやキコリオシドBなどが中心的な成分と推定されました。作用先の候補としては、炎症や細胞の生存に関わるIL6、STAT3、BCL2など7つのタンパク質が挙がりました。分子の結合をシミュレーションする分子ドッキングでは、キコリオシドBとBCL2の組み合わせで最も強い結合が見込まれました。これらはいずれも計算による予測であり、論文ではこのほか分子動力学シミュレーションや、試験管内での抗酸化試験も組み合わせて検討しています。
この研究は、同じチコリでも中国の北と南という生育地の違いによって、香り成分や苦味成分、フェノール酸などの含有量に差が生じることを示しました。また、成分の網羅的な分析と機械学習を組み合わせれば、産地を見分ける目印となる成分を効率よく絞り込めることも示しています。著者らは、これらの知見がチコリを天然の抗酸化素材として食品原料に生かす際の科学的な手がかりになると位置づけています。
原著論文の著者・所属:He D(College of Chinese Materia Medica, Chongqing College of Traditional Chinese Medicine, Chongqing 402760, China.)、Li Y(iHuman Institute, ShanghaiTech University, Shanghai 201210, China.)、Zhang J(College of Chinese Materia Medica, Chongqing College of Traditional Chinese Medicine, Chongqing 402760, China.)、Yang Q(College of Chinese Materia Medica, Chongqing College of Traditional Chinese Medicine, Chongqing 402760, China.)、Lian W(College of Chinese Materia Medica, Chongqing College of Traditional Chinese Medicine, Chongqing 402760, China.)、Li J(College of Chinese Materia Medica, Chongqing College of Traditional Chinese Medicine, Chongqing 402760, China.)、Yang L(Center for Technology Industry Development, Chongqing Medical and Pharmaceutical College, Chongqing 401331, China.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):He D, Li Y, Zhang J, et al. Metabolic Profiling, Antioxidant Activity, and Mechanistic Insights of Chicory from Northern and Southern China: Integrating Metabolomics, Machine Learning, Molecular Docking, Molecular Dynamics Simulations, and In Vitro Assays. Molecules (Basel, Switzerland) 2026-10-21. DOI: 10.3390/molecules31203790. 原著ライセンス:CC BY.