この研究は、インド、アメリカの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Nutrients

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ「腸と脳のつながり」に注目したのか

著者らは、認知機能の低下が遺伝的要因だけでなく、生活習慣に関連した要因とも結びつくようになっている現状を出発点に、この総説をまとめています。インスリン抵抗性、酸化ストレス、神経炎症といった要素が重なり合って認知機能の問題が生じるという見方が広がっており、また女性の産後うつや生殖関連のホルモン変動に伴う心の不調も課題として挙げられています。

著者らが手がかりとするのが「腸脳軸」と呼ばれる考え方です。これは腸内に住む微生物の集団と脳とが双方向にやり取りをしているという枠組みを指します。論文では、腸内細菌がセロトニンやドーパミン、GABA(ギャバ)といった神経伝達物質を自ら作ったり、その合成を促したりすること、また細菌が食物繊維などを分解して生み出す短鎖脂肪酸が脳へ影響を及ぼしうることが、これまでの研究から指摘されていると整理されています。腸内細菌のバランスが崩れた状態(ディスバイオシス)は、腸の壁が緩む「リーキーガット」を通じて全身の慢性的な炎症につながる、というつながりも述べられています。

こうした背景のもとで著者らが取り上げたのが、インド亜大陸で古くから用いられてきた薬用植物シャタバリ(学名 Asparagus racemosus)です。本論文は新たに実験を行った報告ではなく、これまでに発表された研究結果を集めて、シャタバリの成分がどの細胞の標的に働きかけ、どのような仕組みで認知の健康に関わりうるのかを整理した総説(レビュー)です。

シャタバリのどの成分が、どこに働くとされているか

著者らによれば、シャタバリにはステロイドサポニン(とくにシャタバリンI〜IV、サルササポゲニン)、フラボノイド、ポリフェノール、アルカロイド、そしてフラクトオリゴ糖(FOS)といった多様な成分が含まれます。もともとこの植物は女性の生殖にかかわる健康の分野で知られていましたが、2010年ごろの前臨床研究で、化学物質によって引き起こした記憶障害を改善し、アセチルコリンエステラーゼという酵素を阻害する働きを示したという報告が転機になったと説明されています。

成分のうちシャタバリンIVについては、その基本骨格が女性ホルモンであるエストロゲンと構造的に似ているため、エストロゲン受容体に結合してその情報伝達に影響しうると報告されています。ただし著者らは、体内本来のエストロゲンである17β-エストラジオールと比べると受容体への結合力はかなり弱いことも明記しています。この経路を介して、神経の成長や可塑性に関わるBDNF(脳由来神経栄養因子)の発現や、セロトニン・ドーパミンの神経伝達との関連が指摘されているとまとめられています。また、シャタバリンIVがモノアミン酸化酵素(神経伝達物質を分解する酵素)を阻害するという植物化学的な報告も紹介されています。

もう一つの柱がプレバイオティクスとしての働きです。プレバイオティクスとは、人間の消化酵素では分解されずに大腸まで届き、有益な腸内細菌の栄養源となる食品成分を指します。シャタバリに含まれるフラクトオリゴ糖は、ビフィズス菌や乳酸菌がこれを分解する酵素を持つため、これらの菌の増殖を支える基質になると説明されています。その発酵で生じる酢酸や乳酸は、さらに別の細菌に受け渡されて酪酸の産生につながる、という細菌どうしの連携も紹介されています。

腸のバリアから神経伝達物質へ——報告されている道筋

発酵によって生じる短鎖脂肪酸は、大腸の細胞のエネルギー源になるとともに、細胞と細胞のすき間を塞ぐタンパク質(オクルディン、クローディン、ZO-1など)の発現を高め、腸の透過性を下げて細菌由来の毒素が体内へ漏れ出るのを防ぐと報告されています。さらに短鎖脂肪酸は特定の受容体を活性化したり、遺伝子の働き方を調節したりするシグナル分子としても機能し、免疫や代謝に影響するとされます。

神経伝達物質については、セロトニンの扱いがとくに丁寧に説明されています。著者らは、体内のセロトニンの約9割は腸のクロム親和性細胞で作られ、脳内のセロトニンは別に脳幹で作られること、そしてセロトニンは血液脳関門を通過できないため、この二つの蓄えは行き来しないことをはっきり述べています。腸内細菌が関わるのは、原料となるトリプトファンをセロトニン合成の側に振り向けるか、キヌレニン経路の側に振り向けるかという「配分」の部分だと整理されています。炎症が続くとIDOという酵素が誘導され、トリプトファンがキヌレニン経路に流れやすくなる、という筋道です。

ここで著者らは、重要な留保を自ら置いています。シャタバリが腸のバリアを保ち炎症シグナルを抑えることで、結果的にIDOの誘導を減らし、脳へ届くトリプトファンを確保するのではないか——この道筋は、プレバイオティクスとしての性質や抗炎症性のデータと矛盾しない仮説として読むべきであり、A. racemosus についてこの予測を検証した研究はまだない、と明記しているのです。GABAについても、シャタバリに含まれるフラボノイドやフェノール化合物がGABA作動性の伝達に影響し、抗不安作用を示すという報告が紹介されています。

この総説が示していること

著者らは、シャタバリの働きを単一の成分による単一の効果としてではなく、腸内細菌の環境を整えることを起点に、腸のバリア、炎症、神経伝達物質の材料の流れへと波及していく複数の経路の重なりとして描いています。同時に論文では、シャタバリを用いた製剤の実用化にあたっての最大の障壁として、有効な植物化学成分の濃度を標準化することの難しさと、それに伴う用量の不確かさ、薬物動態のプロファイリングが十分でないことを挙げています。

伝統的に用いられてきた薬用植物について、その作用の仕組みを分子レベルの言葉で説明しようとする試みは進みつつありますが、個々の植物化学成分と細胞内の標的、そしてその下流の経路とを結ぶ道筋の多くは、まだ解明されていない——著者らはそのように現状を位置づけています。この総説の意義は、確かめられた報告と、まだ仮説にとどまる推論との境界線を引きながら、腸と脳をつなぐ視点から研究の現在地を整理した点にあります。

著者:Debayan Das(Department of Bioscience and Biotechnology, Indian Institute of Technology Kharagpur, Kharagpur 721302, West Bengal, India)、Somdeb Bose Dasgupta(Department of Bioscience and Biotechnology, Indian Institute of Technology Kharagpur, Kharagpur 721302, West Bengal, India)、Samudra Prosad Banik(Department of Microbiology, Government General Degree College, Narayangarh, Rathipur 721437, West Bengal, India)、Debasis Bagchi(Department of Biology, College of Arts and Sciences, Adelphi University, Garden City, NY 11530, USA)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Debayan Das, Somdeb Bose Dasgupta, Samudra Prosad Banik, et al. Unraveling the Mechanistic Insights of Asparagus Bioactives to Promote Cognitive Health: Insights from the Gut–Brain Axis. Nutrients 2026-09-15. DOI: 10.3390/nu18183016. 原著ライセンス:CC BY.