この研究は、トルコ、北マケドニアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:International Journal of Molecular Sciences
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ腸と心臓の関係を整理したのか
心臓や血管の病気(心血管疾患)は、予防や治療が進んだ今も世界の死因の第一位で、年間およそ1790万人が亡くなっていると著者らは紹介しています。近年、その背景にある仕組みの一つとして注目されているのが「腸–心臓軸」という考え方です。腸にすむ膨大な数の微生物(腸内細菌叢)が、代謝や免疫、血管の状態の維持に関わり、その構成や働きの乱れ(ディスバイオシス)が心血管疾患の発症や進行に関係するのではないか、という見方です。
腸–心臓軸については個別のテーマを扱った総説は多いものの、腸内細菌がつくる物質、腸の防御壁の破綻、胆汁酸による信号、地中海食と伝統的なトルコの食事、そして一人ひとりに合わせた医療(個別化医療)を一つの枠組みにまとめたものは少ない、と著者らは指摘します。この論文は、こうした要素を横断的に整理することを目的とした総説です。扱う範囲は、腸内細菌由来の物質に関する証拠が最も多い動脈硬化と血管内皮の機能障害を中心とし、心不全や不整脈、血栓症の包括的な検討は対象外としています。
どのように文献を集めたか
研究チームは新しい実験やデータ解析は行っておらず、既存の研究を読み解いてまとめる「ナラティブレビュー(叙述的総説)」という形をとっています。医学文献データベースのPubMedとScopusで、2015年1月から2025年9月までに発表された論文を、「腸内細菌叢」「TMAO」「短鎖脂肪酸」「胆汁酸」「地中海食」「トルコの食事」「心血管疾患」「個別化医療」などの語を組み合わせて検索しました。
対象は査読を経た英語の原著論文、系統的レビュー、メタ解析で、学会抄録や査読のない資料は除外されました。題名と要旨で絞り込んだあと全文を確認し、分野の土台となった古い重要研究も一部加えています。著者らは、系統的レビューのような正式な質の評価手順は用いていないことも明記しています。
腸内細菌がつくる物質と血管への影響
総説の中心となるのが、TMAO(トリメチルアミンN-オキシド)という物質です。卵などに多いコリンや、赤身肉に多いL-カルニチンなどを腸内細菌が分解するとトリメチルアミン(TMA)ができ、これが肝臓の酵素で変換されてTMAOになります。著者らがまとめた研究では、血中のTMAOが高いことと心血管の有害な出来事の起こりやすさとの関連が報告されています。また、TMAOが血管の炎症や酸化ストレスを促し、コレステロールを取り込んだ免疫細胞(泡沫細胞)の形成を進め、余分なコレステロールを肝臓へ戻す働きを妨げ、血小板を反応しやすくする、といった仕組みが示されてきました。
ただし著者らは、こうした仕組みは主に実験や動物モデルで示されたものであり、人での証拠は血中TMAO濃度と心血管の病気との関連を見た観察研究が中心で、TMAOが人の動脈硬化の原因であることを確かめた臨床試験はまだないと注意を促しています。また、ほうれん草やビートなどに含まれるベタインも一部がTMAOに変わりますが、その経路は十分に解明されておらず、ベタインの影響をすべてTMAOで説明できるわけではないとしています。
TMAOと対照的に描かれているのが短鎖脂肪酸です。食物繊維などを腸内細菌が発酵させてつくる酢酸、プロピオン酸、酪酸などで、特に酪酸は大腸の細胞の主要なエネルギー源として腸の防御壁を保つ役割を担います。著者らは、短鎖脂肪酸が炎症を抑え、血管の内側を覆う内皮の機能を保つ方向に働くとする研究をまとめ、TMAOが動脈硬化を促す側、短鎖脂肪酸が心血管を守る側に働くことから、両者のバランスが大切だと述べています。
さらに、腸の防御壁が弱まって細菌の成分(リポ多糖)が血中に入り込むと、全身に弱い炎症が続き、血管の障害につながりうること、腸内細菌が形を変える胆汁酸が受容体を通じて脂質代謝や炎症を調整していることも取り上げられています。著者らは、これらの異なる経路が最終的に「血管内皮の機能障害」という共通の地点に集まると整理し、ここを腸の乱れと心血管疾患をつなぐ中心的な接点として位置づけています。
食事パターン、治療の可能性、そして残る課題
食事について、著者らは地中海食を、心血管の保護との関連が最もよく調べられてきた食事パターンの一つとして紹介しています。野菜、果物、全粒穀物、豆類、ナッツを多くとり、オリーブオイルを主な油とし、赤身肉や加工肉を控えるこの食事は、多くの疫学研究や臨床試験、メタ解析で心血管の出来事の少なさと関連していると述べられています。著者らは、食物繊維による短鎖脂肪酸の増加、TMAOの材料となる食品の少なさ、オリーブオイルなどに含まれるポリフェノールの働きを通じて、腸–心臓軸に好ましく作用すると整理しています。
伝統的なトルコの食事も、野菜や豆類、ヨーグルトなどの発酵乳製品、沿岸部でのオリーブオイルの使用など、地中海食と共通点が多いとされます。ブルグル(挽き割り小麦)や豆類、オリーブオイルで調理した野菜料理、タルハナのような伝統的な発酵食品は、腸内細菌の多様性や短鎖脂肪酸の産生を支える可能性があると著者らは述べています。一方でトルコでは近年、精製された炭水化物や加工食品、塩分、赤身肉・加工肉の多い欧米型の食事へと移り変わりが進み、主食のパンが塩分摂取の大きな源になっていることも指摘されています。著者らは、伝統的な食習慣を守り、欧米型への移行を抑えることが心血管リスクを下げる一つの方策になりうると論じています。
治療面では、食事の見直しのほか、プロバイオティクスやプレバイオティクス、TMA産生を抑える薬剤、胆汁酸の受容体に働く薬、便微生物移植などが紹介されています。ただし、TMA産生を抑える薬剤は動物実験の段階にとどまり、便微生物移植や腸内細菌に基づく個別化医療も心血管領域ではまだ試験的な段階で、臨床的な裏づけが比較的しっかりしているのは食事の見直しだと著者らは区別しています。腸内細菌の構成は人によって大きく異なるため、その人の細菌の特徴に合わせて食事を調整する「個別化栄養」への期待も述べられています。
同時に著者らは、人ごとの腸内細菌の違いの大きさ、研究方法のばらつき、大規模な臨床試験の不足といった課題を挙げています。血中TMAOについても、腎機能や食事内容などの影響を受けるうえ、臨床で使える基準値はまだ確立していないとしています。
この総説が示すこと
この総説は、腸内細菌がつくるさまざまな物質や腸の防御壁、炎症が、血管内皮の障害を共通の接点として心臓や血管の健康と結びついているという見取り図を示しました。そして、毎日の食事がこの腸–心臓軸を形づくる重要な要因であり、地中海食や伝統的なトルコの食事がその点で好ましい特徴をもつ一方、人での因果関係の確認や治療法の検証はまだ途上であることを、著者らは両面から整理しています。
著者:Melih Erol Ceyhan(Faculty of Medicine, Istanbul Atlas University, 34408 Istanbul, Turkey)、Gentiana Mehmeti(Faculty of Pharmacy, Ss. Cyril and Methodius University in Skopje, Mother Teresa 47, 1000 Skopje, North Macedonia)、Sude Nazli Cukurova(Faculty of Medicine, Istanbul Atlas University, 34408 Istanbul, Turkey)、Şeyma Dümür(Department of Medical Biochemistry, Faculty of Medicine, Istanbul Atlas University, 34408 Istanbul, Turkey)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Melih Erol Ceyhan, Gentiana Mehmeti, Sude Nazli Cukurova, et al. The Gut–Heart Axis in Cardiovascular Disease: Microbial Metabolites, Mediterranean and Traditional Turkish Dietary Patterns, and Personalized Medicine. International Journal of Molecular Sciences 2026-09-18. DOI: 10.3390/ijms27188311. 原著ライセンス:CC BY.