著者の所属・活動拠点の国は、インドです。

掲載誌:Frontiers in Sustainable Food Systems

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

インドは、食用にされる昆虫の種類が世界でも特に多い国の一つです。これまでの調査記録では、少なくとも14の州で300種を超える食用昆虫が報告されています。北東部のナガランド州とマニプール州では、昆虫とは分類上別のグループであるクモを食べる習慣も記録されています。一方で、こうした伝統は、制度のもとで管理されたタンパク質源の産業にはなっていません。

著者らは、この状況を踏まえて3つの目的を掲げました。1つ目は、研究ごとに食い違っている食用種の数を整理し、実際に何が記録されているかを明らかにすることです。2つ目は、インドで食べられている昆虫とクモについて、栄養、安全性、生理活性に関する知見をまとめ、それぞれの主張がどの程度の証拠に基づくのかを示すことです。3つ目は、規制当局への申請や商業化を妨げている知識の空白を特定することです。

何を調べたか

この論文は、既存の研究を幅広く読み解いてまとめる「ナラティブレビュー」と呼ばれる総説です。複数の研究結果を統計的に統合する手法はとっていません。著者らは、1997年から2025年に発表された文献を対象としました。Scopus、Web of Science、PubMed、Google Scholarを組み合わせて検索し、各国の規制文書の原本も参照しています。

扱った分野は、民族誌的な聞き取り調査、栄養成分やアミノ酸の分析、食品安全、環境評価、伝統的な薬としての利用、消費者意識、規制分析です。論文中で「研究が見当たらない」と述べている箇所は、この検索の範囲で該当する記録が見つからなかったことを意味します。そうした研究が一度も行われていないと断定するものではない、と著者らは断っています。

主な報告内容

食用種の数をめぐっては、北東部で294種、アルナーチャル・プラデーシュ州で158種とする集計があります。一方、別の総説では約200種を整理し、ナガランド州が92種で最多とされました。著者らは、こうした違いを矛盾とは見ていません。調査の進み具合や、学名で同定された種だけを数えるかどうかといった方法の違いによるものだと説明しています。そのうえで、国全体で安定した種の一覧はまだ存在せず、統一した基準による全国調査が最も重要な未着手の課題だと指摘しています。

栄養成分の分析は、20種に満たない種に集中しています。乾燥重量あたりのタンパク質含有率は、ツムギアリ(Oecophylla smaragdina)で55.28%、アッサム州のアリの一種(Eupreponotus inflatus)で65.81%と報告されています。食用のクモ2種を使った加熱実験もありました。70〜100℃で焙煎した場合は、煮た場合よりタンパク質が多く残りました。ただし、この測定法は溶けやすいタンパク質を測るものです。そのため、高温での見かけの減少が実際の分解を示すとは限らず、別の方法での確認が必要だと述べられています。昆虫について同様の加工研究は見つかりませんでした。

鉄分の多さは貧血対策の根拠になりうるとされています。しかし、体内への吸収率は測定されておらず、効果を確かめた試験も行われていません。生理活性についても、報告の多くは粗抽出物を使った試験管内の結果です。特定のペプチドの働きとは区別して扱うべきだと著者らは整理しています。また、養蚕で大量に出る蚕のさなぎは、既存の供給網を活用できるため、インドで最も参入しやすい入口だと位置づけています。

安全性については、著者らの知る限り、インドで食べられている種について、微生物、寄生虫、残留農薬を体系的に調べた調査は発表されていません。そこで本論文は、採取から消費者に届くまでの過程で危害が入り込みうる箇所を整理しています。その際、微生物が検出されることと、実際に食中毒が起きたことを区別しています。環境面では、家畜の牛と比べた昆虫養殖の利点が大きいと報告されています。ただし、その評価はヨーロッパや東南アジアの生産方式に基づくもので、インドの条件では数値化されていません。

障壁としては、北東部以外での種の記録不足、インド食品安全基準局(FSSAI)に種ごとの基準がないこと、文化に根ざした新しい食べ物への抵抗感の3つが挙げられました。欧州連合、シンガポール、タイ、米国の規制も比較されています。インドでは、基準が定められていない食品を個別に承認する既存の手続きが、未検証ではあるものの利用可能な道筋だと指摘されています。

研究が示す意味

著者らは、商業化に向けた4段階のロードマップを示しました。これは実施時期を予測するものではなく、考え方の枠組みとして提示されています。その順序は、先住民の知識の保護、生態系の監視、規制のための科学、地域の事業づくりを土台にしています。

この総説は、インドの昆虫食について、豊かな伝統と多様な種がある一方で、栄養、安全性、環境、制度の各面で何が分かっていて何がまだ分かっていないのかを、証拠の確かさを区別しながら示しています。

原著論文の著者・所属:Jamsheed Ahmad Kumar(Department of Zoology, University of Kashmir)、Shafat Ahmad Dar(Department of Zoology, University of Kashmir)、Jatinder Singh(Independent Researcher, Doda, Jammu and Kashmir, India; Department of Zoology, Government Gandhi Memorial Science College, Jammu, Jammu and Kashmir, India)、Muzafar Riyaz(Zoological Survey of India, Desert Regional Centre)、Aarif Nazir(Advanced Research Lab, Department of Zoology, University of Kashmir)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jamsheed Ahmad Kumar, Shafat Ahmad Dar, Jatinder Singh, et al. Entomophagy at India’s nutrition-sustainability nexus: biodiversity, nutritional evidence, food safety, regulatory gaps and a conceptual commercialization roadmap. Frontiers in Sustainable Food Systems 2026-10-29. DOI: 10.3389/fsufs.2026.1963061. 原著ライセンス:CC BY.