著者の所属・活動拠点の国は、インドネシアです。

掲載誌:Jurnal Ilmiah Manajemen Kesatuan

ライセンス: CC BY-SA 4.0 確認元: 雑誌の掲載方針

海上の緊張と主食の米

インドネシアでは、米は日々の主食です。その価格と入手しやすさは、社会の安定を左右する要因とされています。ところが国内生産は消費に追いつかず、主にタイやベトナムからの大量輸入に頼っています。論文によると、エルニーニョに伴う干ばつの影響もあり、2023/2024年度の米輸入は390万トンと見込まれていました。

研究チームが懸念するのは、南シナ海をめぐる緊張の高まりです。インドネシアは南シナ海で領有権を主張していません。それでも海上輸送路に依存しており、北ナトゥナ海に利害を持つため、紛争が起きれば食料の輸入経路が断たれるおそれがあります。インドネシアはこうした事態に備え、「五大島防衛」という考え方を掲げています。国土をジャワ・バリ・ヌサトゥンガラ、スマトラ、カリマンタン、スラウェシ・マルク、パプアの五つの戦略地域に分け、危機や封鎖の際にも各地域が物資面で自立できることを求めるものです。

防衛ロジスティクスとは、軍事作戦や国家的な緊急対応に必要な物資を確保し、届け続ける仕組みのことです。著者らによれば、備蓄機関の役割、地方分権、軍と民間の協力といった個別の側面はこれまでも研究されてきました。しかし、それらをまとめて米の安全保障のための総合的な戦略として整理した研究はありませんでした。そこで本研究は、既存の証拠を体系的に集めて統合し、国の戦略目標と現実の能力とのあいだにある「ずれ」を明らかにすることを目的としています。

63件の資料を五つの観点で整理

研究チームは「系統的文献レビュー」という手法を用いました。決められた手順に沿って文献を検索・選別し、質を評価したうえで内容を統合する方法で、国際的な報告指針であるPRISMA 2020に従っています。

検索先は、学術データベースのほか、国際機関や政府系の資料庫などです。対象期間は主に2014年1月から2026年3月までとしました。見つかった460件から重複や無関係なものを除き、全文を確認して質の低いものなどを外した結果、最終的に63件が残りました。内訳は、査読付き論文が41件、政府の公式文書・法令が8件、国際機関・政策報告書が9件、研究機関のワーキングペーパーや学位論文が5件です。また、63件のうち52件は主にインドネシアを扱っています。

分析は、あらかじめ定めた五つの観点に沿って行われました。地方分権、戦略的な物流備蓄、地域資源の動員(軍と民間の協力を含む)、物流インフラ、技術システムの五つです。資料の分類は2人の評価者がそれぞれ独立に行い、意見が分かれた場合は話し合いと原典の再確認で決めました。

生産の偏りと五つの構造的なずれ

著者らはまず、五つの防衛地域ごとに人口・米の生産・推計需要を整理しました。2024年には、ジャワ・バリ・ヌサトゥンガラ地域に全人口の58%超にあたる約1億6715万人が暮らしていました。米の生産でも、この地域が約1853万トンと全国の61.2%を占めています。スマトラが約26.5%で続き、カリマンタン、スラウェシ・マルク、パプアの三地域を合わせても13%に届きませんでした。

生産量から推計需要を差し引いた収支では、ジャワ・バリ・ヌサトゥンガラとスマトラが大きな余剰を示しました。一方、カリマンタンは年に約50万トン前後の不足が続いています。パプアは2024年に37万5739トンの不足で、外部からの供給にほぼ全面的に頼る状態です。スラウェシ・マルクは以前は約175万トンの余剰がありましたが、2024年には86万8240トンまで縮小しました。研究チームは、島と島を結ぶ海上輸送が途絶えれば、これら外側の島々の地域は急速に深刻な食料不安に陥ると指摘しています。

文献の統合からは、戦略上の想定と実際の能力のあいだに五つの構造的なずれが見えてきました。一つ目は地方分権です。地域ごとの統治能力にばらつきがあり、政治的な利益供与(クライエンテリズム)や汚職もあって、各地域が物流を自立的に担う力が十分に育っていません。二つ目は生産政策の不振です。大規模農地開発計画「フードエステート」が生産目標を達成できず、そのぶん国営の食料調達・備蓄機関BULOGが管理する政府米備蓄への依存が強まっています。

三つ目は軍民協力の制度の弱さです。国軍には災害救援などを含む「戦争以外の軍事作戦」の任務がありますが、文民機関との歴史的な不信感があり、協力の正式な手順も定まっていません。そのため、危機の際の連携は場当たり的になりやすいとされます。四つ目は行政の縦割りです。政府と民間の書類や物流の情報をつなぐ「国家物流エコシステム」が導入されましたが、15を超える省庁・機関の権限が重なっていることが壁になっています。論文は、物流コストが対GDP比で約23.08%と高いままであること、2023年の物流パフォーマンス指標の順位が17位下がって63位になったことも紹介しています。五つ目はデジタル格差です。在庫の即時把握などの技術はジャワに集中しており、東部インドネシアでは通信網や人材が不足しています。

これらを踏まえて著者らは、五つの観点を結びつけた統合的な戦略の枠組みを提案しています。主な内容は、五大島防衛の区分に対応した地域ごとの米物流拠点の整備、BULOGの改革と十分な資金の確保、備蓄目標を全国消費の少なくとも3〜6か月分に引き上げること、法的拘束力のある軍民協力の手順の策定、各省庁を横断して調整する権限を持つ国家サプライチェーン機関の設置、そして外側の島々の地域へのデジタル基盤への投資です。

全国の量より地域への届け方

著者らは、国全体で米が足りていても、それが各地域の食料安全保障に直結するわけではないと強調しています。生産が一部の地域に集中しているためです。また、五つの観点は互いに独立した要素ではありません。分権には地域の制度的な能力が、備蓄には安定した生産・保管・輸送が、軍民の動員には正式な協力の仕組みが必要というように、互いに支え合う一つのシステムとして捉えるべきだとしています。

この研究は、海上の地政学的リスクを、島国インドネシアの分散した物流能力や米の安全保障と結びつけて整理しました。主食を守るためには、物理的な輸送網だけでなく、制度や地域の力、情報基盤を合わせて整える必要がある。それが本研究から伝わるメッセージです。

原著論文の著者・所属:Sri Yanto(Universitas Pertahanan, Indonesia)、Jupriyanto Jupriyanto(Universitas Pertahanan, Indonesia)、Sundring Pantja Djati(Universitas Pertahanan, Indonesia)、Henry Setiyanto(Universitas Pertahanan, Indonesia)、Ade Mirza Roslinawati(Universitas Pertahanan, Indonesia)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Sri Yanto, Jupriyanto Jupriyanto, Sundring Pantja Djati, Henry Setiyanto, Ade Mirza Roslinawati Defense Logistics and Rice Security in Indonesia: An Integrated Strategy Amid Geopolitical Turbulence. Jurnal Ilmiah Manajemen Kesatuan 2026-09-25. DOI: 10.37641/jimkes.v14i5.5643. 原著ライセンス:CC BY-SA 4.0.

本紹介記事の文章(題名・見出しを含む)は、CC BY-SA 4.0で提供します。原著論文をもとにNutriMap Japanが日本語で要約・説明を加えています。対象は本紹介記事の文章に限り、ヒーロー画像・サイトのロゴ・画面デザイン・他の記事・データベース全体は含みません。