日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。

掲載誌:Fisheries Science

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ加熱に注目したのか

魚アレルギーの主な原因物質として知られているのが、パルブアルブミンというタンパク質です。分子量は約11〜12キロダルトンで、カルシウムイオンと結びつく性質を持ち、多くの硬骨魚の筋肉に含まれています。論文によれば、魚アレルギー患者の半数以上がこのタンパク質に反応する検査結果を示すと報告されており、しかも魚の種類が違っても構造が似ているため、ある魚に反応する患者の抗体(IgE)が別の魚のパルブアルブミンにも反応する「交差反応」が起こると説明されています。

このタンパク質がやっかいなのは、熱に非常に強い点です。著者らは、通常の調理ではIgEとの反応性を取り除くことが難しい一方、100℃を超えるレトルト加熱を用いた缶詰などの加工はアレルゲン性を下げるのに役立つと、先行研究を引きながら述べています。その理由として挙げられているのが、抗体が結合する部位(エピトープ)の多くがアミノ酸の並び方そのものではなく、分子が折りたたまれた立体的な形の中にあるという点です。形が壊れれば、抗体は結合しにくくなります。

ただし著者らは、これまでの研究には限界があったと指摘します。100℃を超える加熱を調べた例は少なく、対象となった魚の種類も限られていました。さらに多くは魚肉や抽出液を使っており、精製したパルブアルブミンで「構造の変化」と「IgE反応性の低下」を結びつけて検討した研究はほとんどなかったといいます。そこでこの研究では、加熱がパルブアルブミンの立体構造・カルシウム結合能・IgE反応性にどう影響するかを調べ、その効果が魚種を越えて広く当てはまるのかを検証しました。

何をどう調べたか

研究チームは、日本で食べられている20種の魚(マサバ、マアジ、マダイ、ギンザケ、マイワシ、アユ、ハモなど)の筋肉を試料としました。まずマサバから、立体構造を認識するマウス抗体を指標にしながらパルブアルブミンを精製し、単一のタンパク質として取り出しました。

加熱は複数の条件で行われました。マサバの抽出液については20℃から140℃までの各温度で10分間、20種の魚については100℃と120℃で60分間です。100℃を超える加熱には、レトルトパウチを用いたジュール加熱装置やオートクレーブが使われました。こうして得た試料について、電気泳動でタンパク質の分布を調べ、魚アレルギー患者の血清(パルブアルブミンには陽性、コラーゲンには陰性のものを選別)を用いたELISAやウエスタンブロットでIgEの反応性を測定しました。健康な人の血清を対照としています。

構造の変化そのものも、三つの方法で確かめられました。一つは、タンパク質内部の疎水性領域が表面に露出すると光る蛍光色素(1,8-ANS)を使う方法。二つめは、分子の中心部に多いフェニルアラニンが表面に出てくる度合いを、その自家蛍光から見る方法。三つめは、カルシウムイオンを検出する蛍光プローブ(Quin 2)でカルシウム結合能が残っているかを調べる方法です。

報告された主な結果

マサバの抽出液を10分間加熱した実験では、パルブアルブミン以外のアレルゲンは80℃以上でIgE反応性を失いました。一方、精製したパルブアルブミンは4℃から100℃までIgE反応性が変わらず、120℃と140℃で完全に失われたと報告されています。

加熱時間を60分に延ばすと様子が変わりました。抽出液では100℃でもIgE反応性がほぼ失われましたが、精製パルブアルブミンでは100℃・60分の後も9人の患者血清のうち5例で反応が残りました。120℃・60分では反応は消えています。著者らはこの食い違いについて、抽出液中では他の成分の影響でIgE反応性を保ったままのパルブアルブミンが溶けにくくなったり他のタンパク質の凝集物に取り込まれたりする可能性があり、抽出液だけで評価すると残存する反応性を過小評価しうると注意を促しています。

構造の測定結果は、この違いと符合していました。疎水性領域の露出を示す蛍光は、100℃・60分ではわずかに増えただけで、120℃・60分で大きく増加しました。フェニルアラニンの露出は両温度で差が小さく、カルシウム結合能はどちらの温度でも失われていました。著者らはこれらを総合し、100℃・60分ではカルシウム結合部位を含む限られた範囲の変性にとどまり、120℃・60分で完全な変性に至ったと推論しています。

20種の魚での検証では、100℃・60分の加熱後、立体構造を認識する抗体の反応は大きく減ったものの多くの魚種でわずかに残り、患者血清によるIgE反応性もヤナギムシガレイ・マサバ・ギンザケを除くすべての魚で残っていました。これに対し120℃で加熱すると、20種すべてでIgE反応性が消失したと報告されています。

この研究が示すこと

著者らは、水の沸点を超えない通常の調理では魚肉の中心温度が100℃以上にならないため、焼く・揚げるといった方法ではアレルゲン性の低減に有効ではないと述べています。一方、レトルト殺菌や圧力鍋による加熱なら、焦がさずに中心部を120℃近くまで長時間保つことができ、長い加熱時間を要するパルブアルブミンの変性に適していると論じています。

同時に著者らは慎重さも求めています。魚のもう一つの交差反応性アレルゲンであるコラーゲンは、アミノ酸の並びに沿った直線的なエピトープを持ち、熱に対して際立って強いアレルゲン性を示すため、加熱で壊すことは期待しにくいとされています。パルブアルブミンについても、魚種に特異的とみられる直線的なエピトープの報告があります。

この研究が明らかにしたのは、20種という幅広い魚で「120℃・60分の加熱によってパルブアルブミンのIgE反応性が消える」という現象と、それが立体構造の完全な変性と対応しているという関係です。熱に強いアレルゲンであっても、どの温度と時間でどこまで形が崩れるのかを構造の側から押さえることで、加熱の効果とその限界を見分ける手がかりが得られる、ということを示した報告といえます。

著者:Yukihiro Kobayashi(Course of Safety Management in Food Supply Chain, Tokyo University of Marine Science and Technology, 4-5-7, Konan, Minato-Ku, Tokyo, 108-8477, Japan)、Hiroyuki Kubota(Course of Safety Management in Food Supply Chain, Tokyo University of Marine Science and Technology, 4-5-7, Konan, Minato-Ku, Tokyo, 108-8477, Japan)、Kenta Ishikawa(Course of Safety Management in Food Supply Chain, Tokyo University of Marine Science and Technology, 4-5-7, Konan, Minato-Ku, Tokyo, 108-8477, Japan)、Risa Kawashima(Course of Safety Management in Food Supply Chain, Tokyo University of Marine Science and Technology, 4-5-7, Konan, Minato-Ku, Tokyo, 108-8477, Japan)、Naoko Hamada‐Sato(Course of Safety Management in Food Supply Chain, Tokyo University of Marine Science and Technology, 4-5-7, Konan, Minato-Ku, Tokyo, 108-8477, Japan)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Yukihiro Kobayashi, Hiroyuki Kubota, Kenta Ishikawa, et al. Reduction in IgE reactivity of fish parvalbumin through heat denaturation. Fisheries Science 2026-09-28. DOI: 10.1007/s12562-026-02030-4. 原著ライセンス:CC BY.