著者の所属・活動拠点の国は、ギリシャです。
掲載誌:Biology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
持続可能なたんぱく源として、食用昆虫を飼料や食品に使うことへの関心が高まっています。昆虫は、従来の家畜に比べて少ない水・飼料・土地で生産でき、温室効果ガスの排出も少ないとされています。一方で、昆虫を食べたときに消化の過程で生じる成分が、腸の表面を覆う細胞にどう作用するのかは、まだ十分に分かっていません。
研究チームは、商業的に重要な2種の甲虫、ガイマイゴミムシダマシ(Alphitobius diaperinus、英名レッサーミールワーム)とチャイロコメノゴミムシダマシ(Tenebrio molitor、英名イエローミールワーム)の幼虫に着目しました。そして、消化後の成分が、腸の細胞の「バリア」としての働きや、酸化ストレスから細胞を守る仕組みに関わる遺伝子の働きに影響するかを調べました。著者らによると、この2種の消化物全体を、分化した腸のモデル細胞で検討したのは今回が初めてです。
消化を再現し、腸のモデル細胞で調べる
研究チームはまず、湯通しして凍結乾燥した幼虫を、INFOGESTと呼ばれる国際的に標準化された手順で試験管内で消化しました。口、胃、腸の段階を順に再現する方法で、2種の比較がそろうように、1回の消化に使うたんぱく質量を0.5グラムに合わせています。比較の基準として、昆虫の代わりに水を入れて同じ消化操作をした「空の消化液」も用意しました。
得られた消化物は、ヒトの大腸がん由来のCaco-2細胞に与えました。この細胞は21日ほど培養すると、小腸の表面の細胞に似た性質を持つようになり、隙間なく並んだ一層のシートを作ります。腸のバリア機能や物質の通り抜けを調べるモデルとして広く使われています。
細胞が死なない濃度をあらかじめ確認したうえで、試した中で最も高い濃度(容量で10%)の消化物を4時間与えました。そのうえで、細胞シートの電気抵抗(シートの密閉度の目安)、蛍光色素ルシファーイエローが細胞の隙間を通り抜ける程度、そして細胞同士をつなぐ構造や抗酸化の働きに関わる遺伝子の発現量を測定しました。
主な結果
試した濃度では、どちらの消化物も細胞の生存に影響しませんでした。細胞シートの電気抵抗も、何も加えない対照と比べて統計的な差はなく、シートの状態は保たれていたと報告されています。ただし、ルシファーイエローの通り抜けやすさは、どちらの昆虫の消化物でも対照より中程度に高くなりました。
遺伝子レベルでは、細胞同士を密着させる「タイトジャンクション」の構成成分であるクローディン類(CLDN2、CLDN12、CLDN15)と、成熟した腸の細胞の目印とされる酵素の遺伝子ALPIの発現が、どちらの消化物でも空の消化液より増えました。ガイマイゴミムシダマシの消化物では、さらにオクルディン(OCLN)、細胞のつなぎ目を支えるたんぱく質の遺伝子TJP1、糖を分解する酵素の遺伝子SIの発現も、空の消化液やチャイロコメノゴミムシダマシの消化物より高くなりました。
抗酸化に関わる遺伝子では、HMOX1、GSR、NQO1の発現がどちらの消化物でも増えました。ガイマイゴミムシダマシの消化物は、細胞の抗酸化反応の司令塔とされるNrf-2をコードする遺伝子NFE2L2と、活性酸素を分解する酵素の遺伝子SOD1も増やしており、チャイロコメノゴミムシダマシより幅広い反応を示しました。一方、カタラーゼ(CAT)の遺伝子には変化が見られませんでした。
研究が示すこと
この研究は、食用昆虫を消化して生じた成分が、培養した腸の細胞で、バリアや抗酸化に関わる一部の遺伝子の働きを変えうることを示しました。また、昆虫の種類によって反応の幅が異なることも報告されています。
ただし、結果は培養細胞を用いた試験管内の実験で、限られた条件のもとで得られたものです。測ったのは主に遺伝子の発現量で、色素の通り抜けがやや増えるという結果も含まれています。著者らは、多数の遺伝子を調べた解析は探索的な位置づけだとし、今回の結果は動物や人の腸の健康に良い効果があることを示すものではないと述べています。
原著論文の著者・所属:Eleni Dalaka(Laboratory of Animal Breeding and Husbandry, Department of Animal Science, Agricultural University of Athens, 75 Iera Odos str., 11855 Athens, Attica, Greece)、Constantin S. Filintas(Laboratory of Agricultural Zoology and Entomology, Department of Crop Science, Agricultural University of Athens, 75 Iera Odos str., 11855 Athens, Attica, Greece)、Demeter Lorentha S. Gidari(Laboratory of Agricultural Zoology and Entomology, Department of Crop Science, Agricultural University of Athens, 75 Iera Odos str., 11855 Athens, Attica, Greece)、Maria C. Boukouvala(Laboratory of Agricultural Zoology and Entomology, Department of Crop Science, Agricultural University of Athens, 75 Iera Odos str., 11855 Athens, Attica, Greece)、Georgios Theodorou(Laboratory of Animal Breeding and Husbandry, Department of Animal Science, Agricultural University of Athens, 75 Iera Odos str., 11855 Athens, Attica, Greece)、Nickolas G. Kavallieratos(Laboratory of Agricultural Zoology and Entomology, Department of Crop Science, Agricultural University of Athens, 75 Iera Odos str., 11855 Athens, Attica, Greece)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Eleni Dalaka, Constantin S. Filintas, Demeter Lorentha S. Gidari, et al. Effects of Alphitobius diaperinus and Tenebrio molitor Larvae Digestates on Intestinal Epithelial Barrier and Antioxidant-Related Gene Expression in Differentiated Caco-2 Cells: An In Vitro Study. Biology 2026-09-22. DOI: 10.3390/biology15191690. 原著ライセンス:CC BY.