著者の所属・活動拠点の国は、アメリカ、中国です。
掲載誌:Heritage
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ賈湖の酒を見直すのか
中国河南省、淮河流域にある賈湖遺跡は、およそ9000〜7500年前の新石器時代前期の集落です。ここで見つかった土器の残留物は、中国で最も古い発酵酒の証拠として知られてきました。約20年前の化学分析では、この酒は米・蜂蜜・果実(ブドウやサンザシ)を混ぜて発酵させたものと解釈されました。
ただし、この解釈は中国のほかの新石器時代の遺跡とは様子が異なります。長江下流域や黄河流域の遺跡では、穀物にカビを生やした「麹(きく、qu)」というスターターを使う方法や、発芽させた穀物(麦芽)を使う方法の痕跡が見つかっています。とくに米と紅麹菌の仲間であるモナスカスが一緒に見つかる例は多く、著者らによれば38遺跡のうち20遺跡で確認されています。
研究チームは、この違いが実際の歴史の違いによるとは限らないと考えました。分析方法の違いが原因である可能性があるというのです。賈湖の土器は主に化学分析で調べられてきましたが、ほかの遺跡では顕微鏡で植物や微生物の痕跡を直接観察する「微化石分析」が中心でした。そこで研究チームは、賈湖の土器を微化石分析で調べ直し、醸造の方法と材料を明らかにすることを目指しました。
酒造りの二つの方法と先行研究の課題
穀物から酒を造るには、まずでんぷんを糖に変える「糖化」が必要です。次に、酵母がその糖をアルコールに変える「発酵」が起こります。麹を使う方法では、カビが出す酵素による糖化と酵母による発酵が同時に進みます。麦芽を使う方法では、穀物を発芽させて穀物自身の酵素を働かせ、糖化を終えてから発酵させます。
論文は先行研究の根拠にも検討を加えています。蜂蜜の根拠とされた炭化水素は植物のろうにも広く含まれます。果実の根拠とされた酒石酸も、ブドウやサンザシだけでなく米や小麦など多くの植物に含まれ、土壌などから混入するおそれもあります。また、当時使われた検出法は現在の手法ほど確実ではないと指摘しています。さらに、米が主な材料だったなら、そのでんぷんをどう糖化したのかという説明が欠けていました。
そのうえで著者らは、この研究は先駆的な先行研究の結論を覆すためのものではなく、それを補う独立した証拠を示すものだと強調しています。最新の化学分析で元の試料を調べ直さなければ、以前の化学的解釈を十分に評価することはできないことも認めています。
何を調べ、何が見つかったか
研究チームは、2001年の発掘で出土し、遺跡の三つの時期すべてにわたる16点の土器片を調べました。中心となったのは、酒の製造や貯蔵に関係すると考えられてきた壺や瓶です。土器の内側に付着した残留物を取り出し、でんぷん粒、植物の細胞に由来するケイ酸体(プラントオパール)、カビや酵母の痕跡を顕微鏡で観察しました。土器の外側や付着した土も対照試料として分析し、後から混入したものかどうかを確かめています。
残留物からは合計978点の微化石が見つかり、試料ごとの数は22〜262点でした。一方、外側や土の対照試料では0〜7点にとどまりました。植物としては、米のほか、キビ亜科やコムギ連(コムギやオオムギを含むグループ)の穀物、ハトムギ、オニバスの実、イモ類のような地下の貯蔵器官などが確認されました。
微生物の痕跡としては、モナスカスの子実体(胞子をつくる構造)や菌糸、酵母の細胞が見つかりました。でんぷん粒には、酵素で分解された跡、麦芽を湯に浸して糖化させる工程に特有の傷み方、加熱で糊化した跡が見られました。中でも米のでんぷんとモナスカスの痕跡は、最も多くの試料に共通して見られました。
研究が示すこと
研究チームは、米とモナスカスが麹を使う醸造の基本だったと解釈しています。あわせて、麦芽による糖化と矛盾しない証拠も見つかりました。先行研究の化学分析と合わせると、賈湖の酒造りは主に麹による糖化に頼り、麦芽による処理も加わっていたと考えられます。蜂蜜や果実は、発酵に使う糖を補う役割を果たしていた可能性があります。
この結果は、賈湖の酒が中国のほかの新石器時代の醸造の伝統と大きく離れたものではなかった可能性を示しています。また、化学分析と微化石分析はそれぞれ醸造の異なる側面を捉えるため、両者を組み合わせることで古代の酒造りをより確かに復元できることも示されました。
原著論文の著者・所属:Li Liu(Department of East Asian Languages and Cultures, Stanford University, Stanford, CA 94305, USA; Stanford Archaeology Center, Stanford University, Stanford, CA 94305, USA)、Yahui He(Stanford Archaeology Center, Stanford University, Stanford, CA 94305, USA)、Jingpu Li(Department of East Asian Languages and Cultures, Stanford University, Stanford, CA 94305, USA; Stanford Archaeology Center, Stanford University, Stanford, CA 94305, USA)、Juzhong Zhang(Department for the History of Science and Scientific Archaeology, University of Science and Technology of China, Hefei 230026, China)、Wuhong Luo(Department for the History of Science and Scientific Archaeology, University of Science and Technology of China, Hefei 230026, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Li Liu, Yahui He, Jingpu Li, et al. Revisiting Jiahu’s 9000-Year-Old Fermented Beverage: New Microfossil Evidence for Early Qu-Based and Malt-Based Brewing Technologies in North China. Heritage 2026-08-21. DOI: 10.3390/heritage9080335. 原著ライセンス:CC BY.