著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Frontiers in Plant Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:燻製紅茶の長期保管を多面的に調べる
紅茶は、茶葉に含まれるカテキン類が製造中の発酵(酵素による酸化)で変化し、テアフラビン、テアルビジン、テアブロウニンといった色素成分ができることで、特有の赤褐色の水色やまろやかな味わいが生まれます。中国福建省武夷山の伝統的な紅茶である正山小種(ラプサン・スーチョン)は、製造の過程で松の木を燃やした煙でいぶすことで知られています。
論文によると、茶の保管は単に品質を保つだけの過程ではなく、カテキンの酸化や色素の変化、脂質の分解などが続く過程だと考えられています。プーアル茶や白茶、烏龍茶などでは保管による変化が調べられてきましたが、完全発酵の紅茶、とくに正山小種の長期保管についてはあまり分かっていませんでした。そこで研究チームは、自然な条件で保管された正山小種が約10年の間にどのように変化するかを、官能評価、化学成分、代謝物、抗酸化活性という複数の面から総合的に調べました。松の燻製に関わる分子の手がかりを探すことと、保管に伴う品質変化を数値でまとめる方法を作ることも目的としています。
調べた試料と方法
研究チームは、2013年から2023年までのうち8つの製造年の正山小種を用いました。いずれも武夷山市の同じ茶園で毎年5月に摘まれた在来品種の葉から、萎凋、揉捻、発酵、乾燥、松の煙によるいぶしという伝統的な工程で作られたものです。製造後はアルミ箔の袋に密封され、直射日光を避けた乾燥した倉庫(おおむね30℃以下、相対湿度50%以下)で保管されていました。2023年7月にまとめて回収されたため、保管期間は0年から10年にわたります。各製造年について3つの製造ロットが分析されました。
味や見た目は、中国の伝統的な官能評価に加え、訓練された評価者が個々の味の強さを点数化する定量的記述分析(QDA)で調べられました。さらに、味を感知するセンサーで客観的に測る「電子舌」による測定も、代表的な5つの製造年について行われました。化学面では、ポリフェノール、アミノ酸、カフェイン、可溶性糖、紅茶の色素成分などを測定し、代表5年分については、液体クロマトグラフィーと質量分析を組み合わせて多数の化合物を一度に調べる「メタボロミクス」と呼ばれる網羅的な分析も行いました。抗酸化活性は、試験管内で数種類のラジカル(反応性の高い分子)を消去する力を測る試験で評価しています。これらのデータは統計的な手法で統合されました。
主な結果:品質は一様に落ちるのではなく「変わっていく」
見た目では、茶葉そのものの違いは比較的小さかった一方、いれた茶の色にはっきりした差が見られました。最も長く保管された試料(2013年と2016年)では深いオレンジがかった赤色、最も新しい試料(2022年と2023年)では明るいオレンジがかった黄色でした。伝統的な官能評価で保管期間と一貫した関係が認められたのは水色の評価だけで、点数は最も新しい試料の93点から10年保管の試料の87点へと下がっていました。一方、総合点は88.4〜91.1点の狭い範囲に収まり、保管が長いほど下がるという傾向は見られず、どの試料も比較的高い品質を保っていたと報告されています。
味をより細かく分けて評価すると、保管が長いほど「酸味」と「なめらかさ」が強まり、「爽やかさ(ブリスク)」「うま味」「甘味」「渋味」が弱まる傾向がありました。苦味や味の厚みなどはあまり変わりませんでした。研究チームは、熟成した茶らしい特徴が増え、新鮮な茶らしい特徴が薄れるという双方向の変化だとしています。電子舌による測定でも、保管年数に沿って試料が並ぶ結果が得られ、電子舌の酸味の値は評価者が感じた酸味と対応していました。
化学成分では、総ポリフェノールやテアフラビンは保管年数に沿って一方向に変化するわけではなく、変動を示しました。網羅的な代謝物分析では2,694種類の化合物が検出され、10年保管の試料と新しい試料の間で663種類に差がありました。そのうち、保管年数に沿って一貫して増減した183種類が「保管に関連する代謝物」として選ばれています。長く保管された試料で増えていたのは主に脂質に由来する化合物や酸化された脂肪酸に関係する化合物で、研究チームは脂質の分解と酸化が長期保管中の重要な変化だとみています。反対に、フラボノイドやタンニン、フェノール酸などに関連する化合物は保管とともに減っていました。
正山小種ならではの発見として、松の樹脂に由来するアビエチン酸とデヒドロアビエチン酸が、新しい試料では10年保管の試料に比べてそれぞれ約18倍、約13倍多く含まれていました。これらは松の煙でいぶす工程を反映した成分と考えられ、保管とともに減っていました。ただし著者らは、これらの同定はデータベースとの照合によるもので、標準物質を用いた確認などが必要だとし、あくまで工程に関連する「候補」の指標と位置づけています。抗酸化活性については、ラジカルの種類によって保管に伴う反応が異なっていたと報告されています。
研究チームは、酸味、テアブロウニン、なめらかさ、爽やかさ、PTIOラジカル消去活性、水色、テアフラビンの7つの指標を組み合わせ、0〜10の範囲で表す総合的な「保管スコア」を作りました。スコアは2013年の試料が10.00、2022年が0.00、2023年が0.67となり、実際の保管年数とよく一致していました。ただし、指標の重み付けは専門的な判断に基づくもので、外部データで最適化されたものではなく、標準的な等級判定ではなく今回のデータを要約するための記述的な指標だとされています。
研究が示すこと
この研究は、正山小種を長く保管すると品質が一様に劣化するのではなく、味、色素成分、代謝物、抗酸化活性が互いに連動しながら変わっていくことを示しました。新鮮な茶の爽やかさやうま味が薄れる一方で、酸味やなめらかさが増し、松の燻製に由来する成分が減るといった変化が、限られた数の指標で数値的にまとめられることも示されています。
一方で著者らは、今回の試料は製造年の異なるお茶を比べたものであり、原料や製造ロット、保管環境の年ごとの違いが結果に影響している可能性があると述べています。そのため、見つかった変化は保管期間そのものによる因果的な効果ではなく、保管年数と関連したパターンとして解釈すべきだとしています。保管された正山小種の味と成分の移り変わりを、多面的にとらえるための体系的な手がかりを示した研究といえます。
原著論文の著者・所属:Shulin Zheng(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University; Tea Engineering Research Center of Fujian Higher Education, Wuyi University)、Aoge Gong(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University)、Lirong Zuo(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University)、Xueni Xie(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University)、Liting Ou(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University)、Shuangxu Yang(Department of Management, Minbei Vocational and Technical College)、Xi Cheng(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University; Tea Engineering Research Center of Fujian Higher Education, Wuyi University)、Xiaoyong Wang(College of Mechanical and Electrical Engineering, Huangshan University)、Bo Zhang(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University; Tea Engineering Research Center of Fujian Higher Education, Wuyi University)、Yutao Shi(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University; Tea Engineering Research Center of Fujian Higher Education, Wuyi University)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Shulin Zheng, Aoge Gong, Lirong Zuo, et al. Integrated sensory, chemical, metabolomic, and antioxidant profiling reveals coordinated quality transformation of Lapsang Souchong black tea during decade-long storage. Frontiers in Plant Science 2026-08-20. DOI: 10.3389/fpls.2026.1934917. 原著ライセンス:CC BY.