この研究は、アメリカの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Applied Microbiology

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

タンパク質以外の成分に目を向ける

アカパンカビ(Neurospora crassa)は、実験生物としてよく知られるカビの一種です。著者によると、アジアやアフリカでは発酵食品を通じて何世代にもわたり食べられてきました。現在は、液体の中で培養した菌糸体(カビの糸状の体)をまるごと乾燥させた食品素材としても生産されています。食品としての議論はこれまで主にタンパク質に集中していました。乾燥菌体は乾物あたりタンパク質がおよそ50%、食物繊維が約30%で、必須アミノ酸もすべて含むと報告されています。

この論文は、あまり注目されてこなかった2つの微量成分、エルゴチオネインとスペルミジンを取り上げています。どちらも老化の生物学の文脈で議論されてきた物質です。ただし著者は、これらを含む食品が人の寿命を延ばすかどうかを問うことは避けています。代わりに、食品用のアカパンカビがこれらを栄養的に意味のある量で含むのか、身近な食品と比べてどの程度なのか、というより限定的な問いを立てています。

論文は、既存の研究を整理する叙述的レビューと著者の見解を組み合わせた「パースペクティブ」という形式をとっています。そこに、市販の乾燥菌体1ロットの分析結果を事例として加えています。分析されたのは著者が経営する会社が製造する素材で、分析費用も同社が負担したことが論文に明記されています。

何を調べたか

著者は、アカパンカビ、エルゴチオネイン、スペルミジンに関する文献を2026年8月まで調べ、成分研究、人を対象とした研究、規制当局の公開記録などを整理しました。食品成分の文献は、試料の選び方、水分の扱い、抽出法、分析法がばらばらです。そのため、複数の研究の数値をまとめて統計的に推定するメタ分析は行っていません。

成分のデータとしては、加熱処理して乾燥させた食品用アカパンカビ菌体の1つの製造ロットを、独立した商業分析機関が測定した結果を用いています。結果は、受け取ったままの状態(as received)の値として示されています。各成分の測定結果は1つずつで、繰り返し測定の値や測定の不確かさは報告されていません。試料の水分量も報告されていないため、他の文献で一般的な乾物あたりの濃度には換算できない、と著者は述べています。

主な結果

エルゴチオネインは、アミノ酸の一種であるヒスチジンをもとにした、硫黄を含む物質です。一部のカビや細菌が合成し、動物は食事から取り込みます。分析したロットには、受け取ったままの状態で1グラムあたり0.604ミリグラムが含まれていました。この数値は、過去に報告されたアカパンカビの値(乾物1グラムあたり0.466〜0.850ミリグラム)や、栽培キノコ類の値(同0.4〜2.0ミリグラム)の範囲内に収まります。ただし文献値は乾物あたりの値であり、分析方法も異なります。このため著者は、キノコとの優劣は決められないとしています。

スペルミジンは、すべての生きた細胞に存在するポリアミンと呼ばれる物質です。分析したロットには100グラムあたり20.3ミリグラムが含まれていました。既存のレビューから換算した値と比べると、大豆の20.7ミリグラムと同程度で、小麦胚芽の35.4ミリグラムよりは低い値でした。ある文献ベースの食品データベースが示すキノコ(8.86ミリグラム)、グリーンピース(6.52ミリグラム)、ブロッコリー(3.24ミリグラム)よりは高い値でした。著者は、これらは異なる研究の値を並べたもので、食品の順位付けにはならないと強調しています。

健康との関係について、著者は既存の証拠を慎重に整理しています。エルゴチオネインについては、スウェーデンの集団を追跡した観察研究で、血中濃度が高い人ほど心血管疾患や死亡のリスクが低いという関連が報告されています。スペルミジンは酵母やハエなどのモデル生物で寿命を延ばすことが知られており、イタリアのブルネック地域の観察研究では、食事からの推定摂取量が多い人ほど全死亡リスクが低いという関連が報告されています。しかし観察研究は因果関係を示すものではありません。また、小麦胚芽抽出物でスペルミジンを1日0.9ミリグラム与えた高齢者の12か月間の試験では、主要な記憶の指標は改善しませんでした。著者は、どちらの成分についても、アカパンカビとして食べた場合に人の寿命を延ばすことは示されていないとしています。

この研究が示すこと

この論文の意義は、タンパク質源として語られてきた食品用アカパンカビの1ロットに、エルゴチオネインとスペルミジンの両方が含まれていたことを示した点にあります。その量を、身近な食品の文献値と並べて位置づけた点も特徴です。

一方で著者は、示されたのは1ロットにおける存在とおおよその量だけだと明言しています。種全体の含有量、体内への吸収のされやすさ、健康上の効果は確立されていません。著者は、栄養的な意味を評価して健康に関する主張をする前に、複数ロットでの水分量を含む測定や、吸収性の検討が必要だとしています。

著者:Paul Shapiro(BMC Ingredients, West Sacramento, CA 95691, USA)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Paul Shapiro. Beyond Protein: Neurospora crassa as an Underrecognized Dietary Source of Ergothioneine and Spermidine. Applied Microbiology 2026-09-30. DOI: 10.3390/applmicrobiol6100116. 原著ライセンス:CC BY.