日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:Frontiers in Immunology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:死んだ菌が免疫に働く仕組みを探る
腸の免疫では、マクロファージと呼ばれる細胞が重要な役割を担っています。マクロファージは外から入ってきた物質を細胞の中に取り込み(貪食)、炎症を強める物質と抑える物質の両方を出して、免疫の釣り合いを保ちます。炎症を抑える代表的な物質がインターロイキン10(IL-10)です。論文によると、IL-10はTNF-αなど炎症を強める物質の産生を抑える働きを持ちます。
生きた菌を使うプロバイオティクスは広く利用されています。一方で論文は、一部で感染症などの有害事象が報告されており、特に免疫の弱った患者では慎重な使用が必要だと指摘しています。そこで、加熱して殺した菌を使う「ポストバイオティクス」が注目されています。
研究チームが扱ったのは、健康な人の便から分離された腸球菌の一種、エンテロコッカス・フェカリスEF-2001株を加熱殺菌した粉末です。これまでの研究で、マウスへの摂取によりアトピー性皮膚炎や潰瘍性大腸炎のモデルで症状が和らいだことなどが報告されてきました。しかし、その分子レベルの仕組みはよく分かっていませんでした。著者らは、免疫を調節する働きはマクロファージによる貪食から始まると仮説を立てました。そのうえで、EF-2001を取り込む受容体と、細胞内で働く情報伝達の経路を調べました。
何を調べたか:マウス由来の細胞で受容体を絞り込む
実験には、貪食の研究で広く使われるマウス由来のマクロファージ様細胞「RAW264」が使われました。研究チームはまず、EF-2001を蛍光色素で標識して細胞に加えました。その結果、細胞がEF-2001を取り込む様子が確認されました。この取り込みは、細胞の骨格をつくるアクチンの働きを妨げる薬剤で抑えられたため、貪食によるものと判断されました。また、EF-2001の濃度を上げると、炎症を抑えるIL-10だけでなく、炎症を強めるTNF-αやIL-6の産生も増えました。
次に、EF-2001で刺激する前と後で、細胞の中で働いている遺伝子を網羅的に比較しました。貪食に関わる遺伝子群と、「スカベンジャー受容体」と呼ばれる受容体の遺伝子群の両方に共通するものを探しました。スカベンジャー受容体は、細菌などを認識して取り込む受容体のグループです。この手順で、候補はMSR1、CD36、COLEC12の三つに絞り込まれました。
さらに、それぞれの遺伝子の働きを人工的に弱める手法(ノックダウン)を使い、貪食やIL-10の産生がどう変わるかを調べました。あわせて、細胞内の情報伝達に関わる酵素の阻害剤を使い、どの経路が関与するかを検討しました。
主な結果:取り込みの主役はMSR1、IL-10には複数の経路が関与
候補遺伝子をノックダウンすると、どれも貪食の量が減りました。減少幅はMSR1が72%と最も大きく、CD36は23%、COLEC12は20%でした。MSR1の働きを抗体でふさいだ実験でも、貪食は79%減りました。研究チームはこれらの結果から、MSR1がEF-2001を取り込む主要な受容体だと結論づけています。
IL-10の産生は、MSR1のノックダウンで中程度、COLEC12のノックダウンでわずかに、それぞれ有意に減りました。CD36をノックダウンすると、IL-10は検出できないほどまで低下しました。ただしCD36のノックダウンが貪食に与えた影響は小さいものでした。著者らは、CD36が貪食とは別の経路でIL-10の産生に関わっている可能性を考察しています。
細胞内の情報伝達経路では、SykやPI3Kという酵素の阻害剤でIL-10が検出限界以下まで減りました。MyD88、JNK、ERK、p38(後の三つはMAPKと総称される経路の酵素)の阻害剤でも、IL-10は52〜77%減りました。一方、貪食を最も強く抑えたのはPI3K阻害剤で、81%の減少でした。p38の阻害は貪食に影響せず、ERKの阻害ではむしろわずかに増えました。つまり、取り込みとIL-10の産生とでは、関わる経路の組み合わせが異なっていました。なお、使った阻害剤や抗体は細胞の生存率に影響しなかったと報告されています。
研究が示すこと
研究チームは、EF-2001が主にMSR1を介して認識・貪食されると結論づけています。さらに、その過程はSyk、PI3K、MAPKに関わる経路を通じたIL-10の産生と関連しているとしています。そのうえで、EF-2001には炎症反応を抑える方向に免疫を調節する力がある可能性を示しました。
一方で著者らは、この結果はマウス由来の培養細胞株で得られたもので、生体内のマクロファージの複雑な働きを十分には反映していない可能性があると述べています。また、阻害剤が狙い以外の分子に作用した可能性や、他の受容体との連携を確かめていない点も、限界として挙げています。
この研究は、加熱殺菌した菌の成分がマクロファージの入り口となる受容体にどう捉えられ、炎症を抑える物質の産生につながりうるのかについて、仕組みの手がかりを示した成果といえます。
原著論文の著者・所属:Yuki Kubota(Department of Pediatric Surgery, Nihon University School of Medicine)、Takumi Tsuboya(Nihon Berumu Co., Ltd., Tokyo, Japan)、Marina Murakami(Nihon Berumu Co., Ltd., Tokyo, Japan)、Shuichiro Uehara(Department of Pediatric Surgery, Nihon University School of Medicine)、Shigeo Suzuki(Nihon Berumu Co., Ltd., Tokyo, Japan)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Yuki Kubota, Takumi Tsuboya, Marina Murakami, et al. Postbiotic Enterococcus faecalis EF-2001 induces IL-10 production through macrophage scavenger receptor 1-mediated phagocytosis. Frontiers in Immunology 2026-08-20. DOI: 10.3389/fimmu.2026.1901007. 原著ライセンス:CC BY.