著者の所属・活動拠点の国は、オーストラリアです。
掲載誌:International Journal of Epidemiology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
食事は心臓病や糖尿病など、心血管・代謝に関わる病気の大きな危険因子とされています。ただし、食事が病気の「原因」であることを示すのは簡単ではありません。食習慣を観察する研究では、収入や運動習慣など測りきれない別の要因が結果に紛れ込みます。病気と診断された人が食生活を変えるといった逆向きの関係も起こり得ます。一方、長期間にわたって食事を割り当てる臨床試験は、実施上も倫理上も難しい面があります。
そこで研究チームが用いたのが「メンデルランダム化解析」です。遺伝子の型は受精の段階で偶然に決まります。この性質を利用し、ある食習慣になりやすい遺伝的な違いを、その食習慣の代わりの目印(研究では「操作変数」と呼びます)として使います。いわば「自然が行ったくじ引き試験」とみなして、因果関係を推定する方法です。
この方法が正しく働くには、目印の遺伝的変異が食事以外の経路で病気に影響していないことが前提になります。しかし、食事パターンに関連するとして見つかった変異の中には、体の代謝全般に広く関わる遺伝子にあるものも含まれていました。著者らはこうした問題を意識し、二つの目的を立てました。一つは、食事パターンが心血管・代謝の指標に因果的な影響を与えるかを調べることです。もう一つは、味覚や嗅覚の受容体遺伝子の変異を目印に使うと、食事により特化した解析ができるかを検討することです。
何をどのように調べたか
研究チームは、英国の大規模コホート「UKバイオバンク」で行われた既存の遺伝子研究の集計データを用いました。対象は欧州系の祖先を持つ人々のデータです。食事パターンは、質問票の回答から統計的手法(主成分分析)で導かれた4種類で、論文では「不健康型」「健康型」「肉中心型」「ペスカタリアン型(魚介と野菜などを中心とする型)」と呼ばれています。なお、この手法で得られる食事パターンの得点は、食品の組み合わせの相対的な傾向を表すものです。得点が1単位上がっても、特定の食品の摂取量が決まった量だけ増えることを意味せず、パターン同士で直接比べることもできません。
影響を調べた結果の指標は12項目です。体格指数(BMI)、冠動脈疾患、各種コレステロールと中性脂肪、収縮期・拡張期血圧、2型糖尿病、HbA1c、空腹時血糖、空腹時インスリンが含まれます。
目印となる遺伝的変異は二通り用意されました。一つは、食事パターンの遺伝子研究で統計的に強い関連が見つかった変異で、論文では「従来型」と呼ばれています。もう一つは、味覚・嗅覚の受容体遺伝子にあり、食事パターンとの関連が確認された変異です。こちらは「受容体型」と呼ばれています。受容体型の変異は、味やにおいの感じ方の個人差を通じて食べ物の好みに関わると考えられます。そのため、食事以外の経路で健康に影響しにくいと期待されていました。
いずれの変異についても、研究チームは厳しい選別を行いました。学歴や収入などの社会経済的要因や行動要因と関連する変異は除くか、それらの要因を同時に考慮するモデルで扱いました。また、食事パターンよりも健康指標の方をよく説明してしまう変異も除き、因果の向きが逆になる可能性を減らしました。そのうえで、複数の補助的な解析で結果の頑健さを確かめています。
主な結果
選別を経た従来型の目印は、不健康型で2個、健康型で22個、肉中心型で12個、ペスカタリアン型で30個残りました。これらを使った主解析では、多重比較を考慮した厳しい基準で4つの関連が認められました。
一つは、ペスカタリアン型の得点が高いほど空腹時インスリンが低いという関連です。得点1標準偏差あたり約0.10 pmol/Lの低下でした。ただし著者らは、空腹時インスリンは人によって数十pmol/L単位で異なるため、この推定値は集団内のばらつきに比べてごく小さいと述べています。HbA1cや2型糖尿病といった、より先の段階の指標では関連が見られませんでした。
残る3つは、不健康型の得点が高いほど収縮期血圧、拡張期血圧、HbA1cが高いという関連です。ただし著者らは、この結果は特に慎重に解釈すべきだとしています。選別後に残った目印は2個だけでした。そのうち1個はカフェイン摂取との結びつきが強く、不健康型の食事パターンよりもコーヒー摂取量をはるかによく説明していました。そのため、観察された関連は食事パターン全体よりもカフェインの影響を反映している可能性が高いと論文は述べています。もう1個は、指標によって効果の向きが一貫しませんでした。
受容体型の目印は、従来型に比べて社会経済的要因などの交絡に関わる経路との関連が少なく、そうした要因と関連して除外されたものはありませんでした。一方で、選別後に残った数は健康型で7個、ペスカタリアン型で4個にとどまり、不健康型と肉中心型ではゼロでした。これらを使った解析では、いずれの組み合わせでも明確な関連は認められませんでした。著者らはその主な理由を、統計的な検出力の不足と考えています。味覚・嗅覚の受容体変異は個々の食品の好みには比較的強く関わります。しかし、多くの食品を合成した食事パターンではその影響が薄まり、説明できる差が小さくなるためです。
この研究が示すこと
研究チームは、食事以外の要因をできるだけ切り離して解析すると、広い意味での食事パターンが心血管・代謝の健康に与える直接的な影響は、あったとしても控えめなものにとどまると結論しています。今回はっきり支持されたのは、ペスカタリアン型と空腹時インスリンの低さとの関連だけでした。著者らはこの結果を、食事が多くの要因の絡む病気の過程の中で一つの原因として働いていることと矛盾しないと位置づけています。
また、味覚・嗅覚の受容体遺伝子という生物学的な根拠を持つ目印は、交絡の影響を受けにくい点で利点がありました。しかし、複合的な食事パターンを十分に説明するには力が足りませんでした。食事に特化し、しかも十分に強い遺伝的な目印を見つけることの難しさが、この研究から浮かび上がっています。
原著論文の著者・所属:Phoebe S C Hui(Institute for Molecular Bioscience, The University of Queensland , Brisbane,)、Brooke L Devlin(School of Human Movement and Nutrition Sciences, The University of Queensland , Brisbane,)、David M Evans(Frazer Institute, The University of Queensland , Brisbane,; Institute for Molecular Bioscience, The University of Queensland , Brisbane,; Medical Research Council Integrative Epidemiology Unit, University of Bristol , Bristol,)、Liang-Dar Hwang(Institute for Molecular Bioscience, The University of Queensland , Brisbane,; Monell Chemical Senses Center , Philadelphia, PA,)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Phoebe S C Hui, Brooke L Devlin, David M Evans, et al. Comparing genome-wide significant and chemosensory variants as instruments for dietary patterns in Mendelian randomization. International Journal of Epidemiology 2026-08-14. DOI: 10.1093/ije/dyag186. 原著ライセンス:CC BY.