日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。

掲載誌:Biotechnology Reports

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

培養肉の高コストをどう下げるか

動物の細胞を育てて食品にする「細胞性食品(いわゆる培養肉など)」は、シンガポールや米国で販売が承認され、社会での実用化が進みつつあります。一方で、製造コストの高さが普及の大きな壁になっています。細胞培養に使う医薬品・研究用グレードの材料や設備は、一般的な食品グレードの同等品に比べて数百倍から数千倍も高価になりうると論文は指摘しています。

研究チームが注目したのは、培養皿などの表面に塗って細胞を貼り付きやすくする「コーティング剤」です。多くの細胞は足場に接着しないと増えないため、コーティング剤は培地に次いで基本的な材料です。著者らは、世界中で手に入りやすく、食品として長い使用実績があり、安価な食品用ゼラチンを原料に選びました。ゼラチンには、細胞表面の受容体と結びついて接着を助けるアミノ酸配列(RGD配列)が、加熱後も残ることが知られています。

ただし、原料を安くするだけでは不十分です。細胞培養には雑菌のない状態(無菌性)が求められ、従来は高価な「除菌フィルター」でろ過する工程に頼ってきました。また、医薬品の製造では超純水が使われますが、食品工場では地域によって硬度の異なる飲用水や井戸水が使われます。そこで研究チームは、食品工場の一般的な設備で無菌性を確保できるか、さまざまな水質で安定して作れるか、そして既存の食品規制のもとでこの製品をどう位置づけるか、という技術と規制の両面をまとめて検討しました。

缶詰と同じ「最終加熱殺菌」で作り、性能を比べる

著者らが採用したのは、缶詰やレトルト食品で広く使われる「最終滅菌(ターミナル滅菌)」です。容器に密封した後でまとめて加熱し、中身を殺菌する方法です。実験室で食品工場の工程を再現し、食品用の豚ゼラチンを0.1%の濃度で水に入れて耐圧ガラス容器に密封し、121℃で20分間加熱しました。この加熱でゼラチンの溶解と殺菌を同時に行います。こうして作ったコーティング剤は「iCoater」と名付けられています。比較対象として、同じ濃度のゼラチンを除菌フィルターでろ過したものや、市販の研究用ゼラチン溶液2種類も用意されました。

無菌性は、試料を寒天培地にまいて菌が育つかどうかで確かめたほか、熱に非常に強い細菌の芽胞を使った指標で殺菌効果を検証しました。さらに、細菌由来の発熱性物質であるエンドトキシンや、細胞培養でしばしば問題になる微生物マイコプラズマの有無も調べています。細胞の性能評価には、主にアヒルの胚の肝臓から採った細胞を使い、培地や細胞をはがす試薬まで食品グレードの材料でそろえた培養系で、接着と増殖の様子を市販品と比べました。

主な結果:無菌性、培養性能、水質への強さ

論文によると、iCoaterの69個の試料すべてで菌の増殖は検出されず(0 CFU)、芽胞を使った試験でも芽胞が完全に不活化されたことが確認されました。

培養試験では、アヒル肝臓由来の細胞を播種して72時間後の細胞数に、iCoaterと市販の2種類の試薬との間で統計的に有意な差はありませんでした。4時間後から72時間後までの細胞数の増加倍率は、iCoaterが12.72倍、市販試薬がそれぞれ16.81倍と13.10倍で、この増殖率についても有意差は認められなかったと報告されています。4℃で少なくとも12か月保存した試料でもこうした性能は保たれ、iCoater上で育てた細胞を継代(植え継ぎ)することもできました。マウス由来の筋芽細胞C2C12とヒト由来のHEK293T細胞でも、iCoaterが培養を支えることが示されました。

iCoater自体は酸性寄りで(pH 4.9〜5.4)、溶液の濃さを示す浸透圧も非常に低く、そのままでは細胞培養に適した性質ではありません。しかし、塗布後に余分な液を取り除いて培地を加えると、培地のpHと浸透圧は生理的な範囲に保たれていたと著者らは報告しています。なお加熱によって、ゼラチンの分子量はやや小さい側へ移る変化が見られた一方、粘度は加熱しない場合と同程度でした。

水質については、硬度1.0 mg/L未満の軟水から1468 mg/Lという非常に硬い水まで、さまざまな水を使ってiCoaterを作りました。いずれの水でも無菌性が確保され、エンドトキシンは検出限界(0.01 EU/mL)未満で、マイコプラズマも検出されませんでした。研究チームは、試した硬度の範囲ではiCoaterが無菌性と細胞接着性能を保つと結論づけています。

規制上の位置づけと、この研究が示すもの

iCoaterは「細胞培養用の資材」であると同時に「食品」でもあるという二つの顔を持ち、既存の規制でどう分類・表示すべきかが曖昧です。著者らは、食品規制の専門家や行政関係者と相談しながら、日本の食品表示法と食品衛生法に照らして検討しました。製造工程は「清涼飲料水製造業」の営業許可の範囲に収まるため、技術的には「清涼飲料水」と表示することも可能でした。しかし、飲むことを目的としない製品にその名称を付けるのは実態とかけ離れるとして、主原料にもとづく「ゼラチン加工食品」と表示するのがより現実的だと結論づけています。製造の許可と製品の表示が食い違う問題は日本に限らず、米国などでも共通の構造が見られると論文は述べています。

一方で著者らは、この加熱殺菌の方法には限界があることも認めています。熱に弱いビタミンやアミノ酸を含む培地や、タンパク質でできた成長因子には適用できません。そのため、材料ごとの性質に応じて製造工程を使い分けることが大切だと論じています。魚由来のゼラチンでも同様の性能が得られたことから、熱に強いほかの食品原料にも応用できる可能性があるとしています。今回の検討は実験室規模で行われたもので、工業規模での検証や、より詳しい品質評価は今後の課題とされています。なお、著者は全員、この技術を開発し事業化を目指す企業の従業員です。

この研究は、細胞性食品のコストを下げるには安い原料に置き換えるだけでなく、食品工場の既存工程で品質を保証する方法と、現行の規制の中での位置づけをあわせて考える必要があることを、一つの具体例で示したものといえます。

原著論文の著者・所属:Hiroaki Hatano(IntegriCulture Inc., Shonan Health Innovation Park (Shonan iPark), 2-26-1, Muraoka-Higashi, Fujisawa, Kanagawa, 251-8555, Japan)、Misaki Sawada(IntegriCulture Inc., Shonan Health Innovation Park (Shonan iPark), 2-26-1, Muraoka-Higashi, Fujisawa, Kanagawa, 251-8555, Japan)、Naomi Nakamura(IntegriCulture Inc., Shonan Health Innovation Park (Shonan iPark), 2-26-1, Muraoka-Higashi, Fujisawa, Kanagawa, 251-8555, Japan)、Misaki Kitsukawa(IntegriCulture Inc., Shonan Health Innovation Park (Shonan iPark), 2-26-1, Muraoka-Higashi, Fujisawa, Kanagawa, 251-8555, Japan)、Azusa Hayakawa(IntegriCulture Inc., Shonan Health Innovation Park (Shonan iPark), 2-26-1, Muraoka-Higashi, Fujisawa, Kanagawa, 251-8555, Japan)、Hiroaki Kondo(IntegriCulture Inc., Shonan Health Innovation Park (Shonan iPark), 2-26-1, Muraoka-Higashi, Fujisawa, Kanagawa, 251-8555, Japan)、Ikko Kawashima(IntegriCulture Inc., Shonan Health Innovation Park (Shonan iPark), 2-26-1, Muraoka-Higashi, Fujisawa, Kanagawa, 251-8555, Japan)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Hiroaki Hatano, Misaki Sawada, Naomi Nakamura, et al. Terminal sterilization of food-grade coatings for cellular agriculture: robustness against water quality and regulatory feasibility. Biotechnology Reports 2026-08-04. DOI: 10.1016/j.btre.2026.e00976. 原著ライセンス:CC BY.