著者の所属・活動拠点の国は、ロシアです。

掲載誌:Medical alphabet

ライセンス: CC BY 4.0 確認元: 論文掲載ページ

なぜ微量栄養素と妊よう性に注目するのか

経済的に発展した国々では出生率の低下が続いています。そのため、生殖に関わる健康のうち、本人や医療の働きかけで変えられる要因を見つけることが重要になっています。著者らは、ビタミンやミネラルなどの微量栄養素の状態をそうした要因の一つと位置づけ、女性と男性の妊よう性(妊娠に至る力)との関わりを総説として整理しました。

論文によると、微量栄養素は卵子の成熟、受精、着床、精子がつくられる過程(精子形成)に関わっています。また、抗酸化作用をもつ成分は、細胞を傷つける酸化ストレスから卵子や精子、胚を守る役割を担います。不妊と診断された人では一部の微量栄養素が推奨より低い水準にあることが報告されており、一般の生殖年齢の女性にも同様の状態が見られるといいます。

妊娠前に栄養バランスのよい食事をとることは、より高い妊娠率と関連づけられています。ただし著者らは、社会経済的、教育的、文化的、遺伝的な要因が重なるため、新鮮な食品が手に入りやすい国でも健康的な食事を続けるのは難しく、生殖年齢の多くの人で微量栄養素が不足していると指摘しています。そのうえで本論文では、特にイノシトール類、葉酸、クロムを取り上げ、既存の研究結果をまとめています。

イノシトール:インスリンと卵巣・精子の働きをつなぐ物質

イノシトールはビタミンに似た物質で、細胞の中でインスリンの信号を伝える役割を持ちます。代表的なものがミオイノシトールとDカイロイノシトールです。著者らは、ミオイノシトールが卵胞を育てるホルモン(卵胞刺激ホルモン)の信号伝達にも関わり、卵胞の発育や卵子の質に影響するという知見を紹介しています。

論文は、インスリンの効きを高めることで卵巣の働きを改善し、男性ホルモンが過剰な状態を和らげる手段として、イノシトールが多内分泌代謝性卵巣症候群(PMOS)の治療に用いられていると述べています。紹介された無作為化試験の一つでは、体外受精を受けるPMOSの女性が刺激開始前の2か月間、ミオイノシトール4000ミリグラムと葉酸400マイクログラムを毎日とったところ、70%で排卵が回復し、受精率は58.4%と、偽薬群の42.7%を上回ったと報告されています。また、ミオイノシトールとDカイロイノシトールを40対1の比率で組み合わせると、卵巣機能や糖代謝、ホルモンの状態の回復に役立つとする知見も挙げられています。

男性については、ミオイノシトールが精子のエネルギーを生み出すミトコンドリアの働きを高め、精子の運動性を改善したり、DNAの損傷を減らしたりしたとする試験管内や臨床での研究がまとめられています。さらに、過去に胎児の神経管閉鎖障害(脳や脊髄のもとになる構造がうまく閉じない先天異常)を経験した女性を対象とした予備的な試験も紹介されています。この試験では、ミオイノシトールと葉酸をとった35件の妊娠で再発がなかったのに対し、葉酸のみの22件の妊娠では3件の神経管閉鎖障害が記録されました。

葉酸とクロム:遺伝的な違いや代謝との関わり

葉酸はビタミンB群の一つで、DNAの合成や細胞分裂に欠かせません。妊娠前後の葉酸摂取が神経管閉鎖障害のリスクを下げることはよく知られています。著者らはこれに加え、葉酸の不足が繰り返す流産などと関連していることや、精子のDNA損傷や運動性の低下に関わる可能性があることを紹介しています。葉酸の代謝に関わるMTHFRという遺伝子に特定の型を持つ人では、体内でそのまま使える活性型の葉酸(メチル葉酸)が適している場合があると論文は述べています。また、この遺伝子型を持つ男性では葉酸の補給が精子の指標を改善したとする報告も取り上げられています。

クロムは、ごく微量で働く必須の元素で、インスリンの効きを高める働きがあります。紹介された研究では、PMOSの女性100人を対象に、クロム(ピコリン酸クロム)1000マイクログラムまたは偽薬を6か月間投与しました。その結果、クロム群では体格指数(BMI)と空腹時血糖が下がり、排卵や規則的な月経が起こる見込みが高まったと報告されています。別の研究では、クロムの効果が糖尿病治療薬メトホルミンと同程度で、より副作用が少なく使いやすかったとされています。一方で、男性の妊よう性に対するクロムの影響はまだはっきりせず、その仕組みも十分には解明されていないと著者らは述べています。

この総説が示すこと

著者らは、イノシトール類、葉酸、クロムが、生殖に関わる健康のうち変えられる要因として重要であるとまとめています。そのうえで、微量栄養素の状態を適切な範囲に戻し、食事全体を整えることが妊よう性によい影響を与えうるという考えを提示しています。

ただし論文自身が、これはあくまで仮説であり、効果の確認や適切な量の決定には、生殖の結果を長期間追跡する大規模な無作為化比較試験が必要だと明記しています。この総説は、栄養状態を妊娠しやすさに関わる要因の一つとして捉え直すための、これまでの知見の整理として読むことができます。

原著論文の著者・所属:S. V. Orlova(Peoples’ Friendship University of Russia named after Patrice Lumumba)、E. A. Nikitina(National Medical Research Center for Therapy and Preventive Medicine; Peoples’ Friendship University of Russia named after Patrice Lumumba)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):S. V. Orlova, E. A. Nikitina. Micronutrient status as a modifiable determinant of fertility: from epidemiological rationale to clinical perspectives. Medical alphabet 2026-10-25. DOI: 10.33667/2078-5631-2026-22-37-42. 原著ライセンス:CC BY.