著者の所属・活動拠点の国は、インドネシアです。
掲載誌:Jambura History and Culture Journal.
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
サゴ中心の通説を問い直す
スマトラ島東岸は湿地が広がる地域で、ヤシ類と結びつけて語られてきました。そのため、7世紀以降のムラユ・シュリーヴィジャヤ期を含むヒンドゥー・仏教期の人々は、サゴヤシから採れるでんぷん(サゴ)を主な食料にしていたという見方が広まっています。
しかし著者らは、この見方が限られた民族植物学(人と植物の関わりを調べる学問)の資料に頼っていると指摘します。地域ごとの生態の違いや、花粉・植物の微細な化石・でんぷん粒といった顕微鏡レベルの証拠が十分に考慮されていないというのです。
そこで研究チームは、大規模な僧院(マハーヴィハーラ)だったと解釈されているムアラジャンビ寺院遺跡群の周辺に注目しました。在来の稲と、田を指す地元の言葉「ウモ(umo)」を手がかりに、当時の食料源について別の解釈の可能性を探ることが、この研究の目的です。
農家の記憶、稲の形態、田の地形を調べる
研究では三つの方法を組み合わせました。一つ目は、地域の人々が共有する記憶から、栽培されてきた在来稲の種類や土地利用の歴史を聞き取る歴史民族植物学の手法です。二つ目は、現在も栽培されている在来稲の形の特徴を記録する生物学的な調査です。三つ目は、農業に関わる地元の言葉を分析する民族言語学の手法です。
まず、文献や碑文の翻訳資料を検討しました。続いて、遺跡周辺の5つの村の伝統的な農地を観察し、農業を主な仕事とする45〜70歳の8人に聞き取りを行いました。在来稲については、茎・葉・穂・もみの特徴を、植物遺伝資源の特性評価の手引きに沿って記録しています。
16種の在来稲と、川や湿地に合わせた田
地域の人々の記憶には、16種類の在来稲が残っていました。現在の農地では、県から配布された草丈約1メートルの現代品種と在来稲が並んで栽培されています。在来稲は草丈が最大で約2メートルに達し、同時に植えても現代品種より生育が遅いと報告されています。在来稲は主に家庭で食べるために作られ、種もみは家族からの継承や農家同士の物々交換で受け継がれてきました。ただし、すでに栽培されなくなり、種もみだけが保管されている品種もあります。
形態を調べた7種の在来稲では、茎の高さがおよそ115〜167センチ、穂の長さが23〜35センチでした。葉の長さや茎の太さ、もみの色などにも品種ごとの違いが見られました。
田の立地は一か所に限られていませんでした。バタンハリ川の岸辺の斜面、湿地、水が引いた川筋という三つの場所が使われ、場所ごとに植える品種も異なっていました。岸辺の田では、水位が下がる時期に稲を植え、トウモロコシやナス、サツマイモ、ラッカセイもあわせて育てていました。一方で、アブラヤシ農園への転換や河川の堆積によって、在来稲を育てる土地は減りつつあると報告されています。
言葉の面では、聞き取りに応じた全員が田を「ウモ」と呼び、昔から受け継がれたムラユ(マレー)語だと答えました。ところが著者らが辞書と照らし合わせると、ムラユ語や同じ州のクリンチ語で田を表す語とは形が一致しませんでした。
食の歴史を一つの作物で語らないために
著者らは、在来稲の存在と「ウモ」という言葉から、ヒンドゥー・仏教期のムアラジャンビの暮らしの中で、稲が大きな役割を担っていた可能性を示しました。また、周辺の稲作は、南アジアの灌漑水田や東アジアの棚田とは異なり、川と湿地の水環境に合わせた形をとっていると論じています。
ただし、当時の稲の遺物などの直接的な証拠はまだ見つかっていません。そのため、この研究は過去の食を確定したものではなく、サゴ一辺倒だった語り方を見直すための新たな解釈の余地を示したものです。著者らは、地域の環境や在来の知識、言葉に目を向けることで、過去の食がより多様だった可能性が見えてくると伝えています。
原著論文の著者・所属:Aryanto, Rofi Surya(Universitas Gadjah Mada)、Padilah, Nurul(Universitas Jambi)、Ramadhan, Muhammad Farhan(Universitas Jambi)、Kiranti, Dwi Lani(Universitas Jambi)、Yehezkiel, Stevano Timothy(Universitas Jambi)、Asmoro, Ilham Budi(Universitas Jambi)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Aryanto, Rofi Surya, Padilah, Nurul, Ramadhan, Muhammad Farhan, et al. Rekontekstualisasi Penafsiran Pangan Hindu-Buddha Sumatera : Perspektif Etnobotani Historis. Jambura History and Culture Journal. 2026-08-10. DOI: 10.37905/jhcj.v8i2.38473. 原著ライセンス:CC BY.