日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。

掲載誌:Journal of Food Measurement & Characterization

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

温暖な地域でサケ類を夏まで出荷するために

日本は温帯にあるため、サケ類の海面養殖は水温に強く制約されます。とくに宮崎県の沿岸は暖流が流れ、国内でもサケ養殖には厳しい水温条件にあたるため、海水での養殖期間は12月から4月ごろまでと短く限られます。そこで同県では、海水温が上がる前に魚を淡水の施設へ戻して飼育を続けるという、きわめて珍しい養殖方法が行われてきました。これにより、生食用サケの出荷を夏まで延ばすことが可能になっています。

この養殖方法について、研究チームは食品成分の観点からの評価がほとんど行われていない点に着目しました。海水から淡水へ飼育環境を切り替えた後、食用となる筋肉の栄養成分や品質がどう変化するのかを明らかにすることが、この研究の目的です。

海水期の4月から産卵期の10月まで追跡

調査対象となったのは、宮崎県内で育てられたサクラマスです。淡水の池でおよそ1年育てた魚を12月に海面のいけすへ移し、翌年4月末まで約4か月間海水で養殖したうえで、再び淡水の水槽へ戻して10月まで飼育しました。

サンプリングは、海水養殖期にあたる4月に1回、淡水飼育期の5月・6月・8月・9月・10月に計5回行われ、各回5尾から背の筋肉を採取しました。9月以降は婚姻色がはっきり現れ、性成熟が進んでいたことが確認されています。

採取した筋肉について、研究チームは脂質の量と脂肪酸の組成、体内で赤い色素として働くカロテノイド、うま味などに関わる遊離アミノ酸、筋肉中でpHの調節に関わるイミダゾールジペプチド、そしてうま味成分であるイノシン酸などの核酸関連物質を測定し、月ごとの変化を比較しました。

8月までは高水準、産卵期に大きく減少

論文の報告によれば、筋肉の脂質量は4月から8月まで比較的高い水準に保たれ、海水から淡水へ移った直後の4月と5月の間にも大きな変化は見られませんでした。しかし産卵期にあたる9月から10月には有意に減少し、産卵期には1グラムあたりおよそ45ミリグラムまで下がりました。著者らは、これを性成熟に伴う生殖腺への脂質の移動や、産卵行動に伴うエネルギー消費によるものと考えています。

脂肪酸では興味深い差が見られました。エイコサペンタエン酸(EPA)は産卵期に著しく減少した一方で、ドコサヘキサエン酸(DHA)の減少は比較的小さく、統計的に有意ではありませんでした。研究チームはここから、脂肪酸が一律に使われるのではなく、利用されやすいものから順に動員される段階的な仕組みがあることを示唆しています。

サケの身の赤みをつくる色素であるアスタキサンチンは、測定したカロテノイドのなかで最も含量が高く、5月に最大値を示した後、9月から10月にかけて有意に減少しました。既往の報告では、成熟が進むと筋肉に蓄えられたカロテノイドが皮膚や生殖腺へ移動することが知られており、今回の結果もこれと一致すると著者らは述べています。

筋肉中のpH緩衝などに関わるアンセリンは、海水条件下の4月に最も高く、淡水条件下では減少する傾向を示しました。海水から淡水へ移した後のサクラマスで筋肉中アンセリンの変化を示したのは、著者らの知る限り本研究が初めてだとされています。また、筋肉の主要なうま味成分であるイノシン酸(イノシン5′-一リン酸)は9月まで比較的高い水準が保たれましたが、10月にはかなり減少しました。

この結果が示すこと

これらの結果から研究チームは、海水から淡水へ戻す今回の養殖方式が、夏までの出荷期間を延ばすだけでなく、産卵期を迎える前までは海水養殖期と同程度の食味や栄養価を保ちうることを示していると結論づけています。

言い換えれば、環境を切り替えること自体が身の質を損なうのではなく、品質の大きな変化をもたらすのは産卵に向けた成熟の進行だということになります。水温の制約が厳しい温暖な地域でサケ類を育てるうえで、飼育環境の切り替えという選択肢を食品成分の側から裏づけた報告といえます。

著者:KEN UENO(Interdisciplinary Graduate School of Agriculture and Engineering at the University of Miyazaki, Gakuen-Kibanadai-Nishi-1-1, Miyazaki, 889-2192, Japan)、Katsuhisa Uchida(Course of Marine Life Science, Faculty of Agriculture, University of Miyazaki, Gakuen-Kibanadai-Nishi-1-1, Miyazaki, 889-2192, Japan)、Ryusuke Tanaka(Course of Marine Life Science, Faculty of Agriculture, University of Miyazaki, Gakuen-Kibanadai-Nishi-1-1, Miyazaki, 889-2192, Japan)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):KEN UENO, Katsuhisa Uchida, Ryusuke Tanaka. Seasonal variation in the nutritional composition of muscle in masu salmon (Oncorhynchus masou masou) during the freshwater transition and spawning period. Journal of Food Measurement & Characterization 2026-09-15. DOI: 10.1007/s11694-026-04962-y. 原著ライセンス:CC BY.