この研究は、ブルガリア、フランスの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Processes

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

伝統食の「多様性」を技術に結びつけるという問い

ヨーグルトやチーズ、パン、ワインなどの発酵食品は、微生物とその酵素が食品の成分を変化させることで生まれます。工場での大量生産では選び抜かれた少数のスターター(発酵の種となる微生物)が使われるのに対し、家庭や小規模な工房の伝統的な製法では、自然発酵や、前回の発酵物の一部を次の仕込みに加える方法が今も受け継がれています。そのため伝統食には、その土地の環境に適応した多様な微生物が蓄積しています。

今回紹介する論文は、新たな実験の報告ではなく、既存の研究を整理し検討する総説(ナラティブ・レビュー)です。著者らは、ブルガリアとフランスの伝統的な食文化を互いに補い合う事例として取り上げました。伝統的な発酵食品にすむ乳酸菌や酵母と、料理に使われるハーブ・スパイスなどの植物資源を組み合わせ、新しい発酵技術や、天然由来の手段で食品を傷みにくくする「バイオプリザベーション」に生かせるかを検討しています。著者らは、両国の多様性の豊かさを比べて順位をつけることは目的ではないと明記しています。

両国の発酵食品にすむ微生物

ブルガリアについては、ヨーグルトや白いブライン(塩水漬け)チーズ、穀物発酵飲料のボザ、ザワークラウトなどの発酵野菜、サワードウが取り上げられています。ヨーグルトでは、ブルガリクス菌とサーモフィルス菌の2種が互いの生育を助け合う関係にあり、発酵の速さや食感、香りを左右すると説明されています。家庭で作られる製品では、規格上の組み合わせよりも多様な微生物が見つかることが多いとされています。

ボザについて論文は、乳酸菌が1ミリリットルあたりおよそ10の5乗から10の9乗個という高い密度で優勢になることが多く、最終的なpHは3.5前後になると報告されていることを紹介しています。酵母はアルコールを少量(体積比でおよそ0.01〜0.8%)と二酸化炭素をつくり、軽い発泡をもたらします。ボザからは、でんぷんを分解できる乳酸菌の株も分離されています。また、ブルガリアの研究では、自然発酵した穀物から選んだ乳酸菌を組み合わせたスターターでサワードウを作りました。96時間発酵させたサワードウを通常7〜10%加えると、小麦パンやライ麦を混ぜたパン、スペルト小麦のパンの体積、形の安定性、組織、香りが対照より改善したと報告されています。

フランスについては、1000種類を超えるチーズ、とくに産地や製法が保護された原産地呼称保護(PDO)チーズや、サワードウ、ワイン、シードルが取り上げられています。チーズの微生物の構成は、産地や乳の種類、製法に強く影響されるとされます。著者らはこれを、土地ごとの風味を表す「テロワール」になぞらえた「微生物のテロワール」という考え方を支える知見として紹介しています。ワインでは、酵母によるアルコール発酵に加え、乳酸菌がリンゴ酸を乳酸に変える「マロラクティック発酵」が酸味を和らげ、風味を複雑にします。

植物資源と「選択的な相性」という仮説

もう一つの資源は、香草や薬用植物です。ブルガリアではセイボリー、オレガノ、タイム、ミント、ディル、フランスではローズマリー、セージ、タラゴン、ローリエなどが挙げられています。著者らは、同じ植物種でも含まれる成分の組成が異なる型(ケモタイプ)があると強調しています。そのため、植物名だけでは抗菌作用を予測できません。産地、使った部位、収穫時期、乾燥や抽出の方法、成分の分析値、試験条件といった情報がそろって、初めて意味のある比較ができるとしています。

この総説の中心となる仮説は、多様性そのものではなく「選択的な相性」が伝統資源と新技術をつなぐ鍵になる、というものです。つまり、植物の抽出物や精油が、実際の製造で使える濃度で、食品を腐らせる菌や病原菌を抑えます。その一方で、発酵に役立つ乳酸菌や酵母の生育や働きはほとんど妨げず、味や香りも受け入れられる範囲に保つ、という組み合わせを指します。

安全性についても、著者らは慎重な姿勢を示しています。伝統食から得た菌株が試験管内の試験で胃腸の環境に耐える性質などを示しても、それは健康効果の証明にはならず、ほかの菌株に当てはめることもできないと述べています。新しい菌株を産業に使う前には、株ごとの同定と、毒性因子や移りやすい抗生物質耐性遺伝子、ヒスタミンなどの生体アミンをつくる能力の確認が必要だと整理しています。

分かっていること、まだ足りないこと

著者らの評価では、個々の微生物や植物資源の性質については比較的しっかりした証拠があります。一方で、組み合わせたときの相乗効果を数値で示した研究や、実際の食品での検証、保存中の安定性、試験的な規模での製造性能、規制上の実現性、経済面や環境面の利点については、証拠がまだ弱いとしています。そのうえで、伝統的な多様性を、再現性があり安全で規模を拡大できる発酵食品や保存技術へ段階的に移していくための枠組みを提案しています。

この総説から読み取れるのは、伝統食の豊かな微生物や身近なハーブは技術の宝庫になりうるものの、「伝統的だから役立つ」とは限らないという点です。菌株ごと、植物の成分ごとの性質と、その組み合わせの相性を一つずつ確かめていく必要がある――著者らはそのことを両国の事例を通じて示しています。

著者:Mari-Kristin Nemska(Department of Wine and Beer Technology, University of Food Technologies, 26 Maritza Boulevard, 4002 Plovdiv, Bulgaria)、Polina Zapryanova(Department of Wine and Beer Technology, University of Food Technologies, 26 Maritza Boulevard, 4002 Plovdiv, Bulgaria)、Mihaela Pavlova(Department of Wine and Beer Technology, University of Food Technologies, 26 Maritza Boulevard, 4002 Plovdiv, Bulgaria)、Kristina Ivanova(Department of Industrial Ecology, University of Food Technologies, 26 Maritza Boulevard, 4002 Plovdiv, Bulgaria)、Bogdan Georgiev Goranov(Center of Competence AgriFoodSystems and Bioeconomy, 4000 Plovdiv, Bulgaria)、Vesela Nevelinova Shopska(Center of Competence AgriFoodSystems and Bioeconomy, 4000 Plovdiv, Bulgaria)、Rositsa Stefanova Denkova-Kostova(Center of Competence AgriFoodSystems and Bioeconomy, 4000 Plovdiv, Bulgaria)、Yan He(BioDyMIA Research Unit, IUT Lyon 1, Technopole Alimentec, Université Lyon 1, ISARA Lyon 155 rue Henri de Boissieu, F-01000 Bourg en Bresse, France)、Nathalie Barakat(Ecole d’Ingénieurs de PURPAN, Site de Toulouse, 75 Voie du TOEC—BP 57611, Cedex 3, F-31076 Toulouse, France)、Nadia Oulahal(BioDyMIA Research Unit, IUT Lyon 1, Technopole Alimentec, Université Lyon 1, ISARA Lyon 155 rue Henri de Boissieu, F-01000 Bourg en Bresse, France)、Pascal Degraeve(BioDyMIA Research Unit, IUT Lyon 1, Technopole Alimentec, Université Lyon 1, ISARA Lyon 155 rue Henri de Boissieu, F-01000 Bourg en Bresse, France)、Georgi Atanasov Kostov(Center of Competence AgriFoodSystems and Bioeconomy, 4000 Plovdiv, Bulgaria)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Mari-Kristin Nemska, Polina Zapryanova, Mihaela Pavlova, et al. Biodiversity from Traditional Bulgarian and French Foods: Microbial and Plant Resources for Innovative Fermentation Processes. Processes 2026-10-05. DOI: 10.3390/pr14193189. 原著ライセンス:CC BY.